228話 風の魔物再び
シアの精神世界の中で、俺は再び第七階層にやって来た。
現実世界ではここの聖域の地下にヒナがいるはずだ。
体を真っ二つにされてしまったヒナは、数分もすればに完全に死んでしまう。
その前にシアを連れて行って治療してもらわないといけないのだ。
この、シアの精神世界に入ってから現実世界でどれほどの時間が過ぎたのかわからない。
もしかしたら、ヒナはもう死んでしまっているのかもしれない。
だが僅かでも可能性があるなら諦めたくはない。
今は余計な事は考えずに、一刻も早くシアをヒナの元へ連れて行く事を考えるだけだ!
シアの精神世界の第七階層は、さっきの現実の第七階層と違って下級の魔物や中級の魔物が次々と現れる。
今までの階層と同じ様に、行く手を阻む魔物だけを薙ぎ払って、他は無視して先に進もうと思ったのだが、この階層の魔物は皆、動きが速くて俺の速度に軽々と追いついて来てしまうのだ。
仕方ないので追いすがる魔物の対応もしつつ駆け抜けているのだが、これまでの階層よりも忙しい。
だが、速度を落としてはさらに囲まれてしまうので、俺は速度を落とさず、むしろ上げながら一気に聖域まで駆け抜けた。
この階層の聖域は中央ではなく第八階層へのゲートに近い場所にある。
聖域を抜ければ今度こそシアのいる第八階層にたどり着ける。
そして、これまでの流れからすると、ここではあの『風の魔物』が現れる可能性が高い。
さっきの要領で倒せればいいのだが、ここでは何が起こるかわからない。
油断は禁物だ。
そして・・・聖域に一歩踏み込んだところで、予想どおり、例の『風の刃』が迫って来た!
俺は咄嗟にストーンブレードでそれを跳ね返す。
だが、風の刃の数が尋常じゃなかった。
次から次へを襲い掛かって来る風の刃に、ストーンブレードが見る間に切り刻まれていく。
あっという間にストーンブレードの刃が無くなっていく。
俺はボロボロのストーンブレードを捨てて、新たなストーンブレードを出現させる。
そしてすかさず襲い掛かって来る風の刃を打ち返す。
古いストーンブレードを捨ててから新しいストーンブレードに持ち替えるタイミングが一瞬でも遅れたら、俺の体はバラバラに切り刻まれていただろう。
だが、風の刃の猛攻に、新しいストーンブレードもすぐに削れていく。
ストーンブレードには魔力を通常よりも多めに充填して、強度を増しているはずなのだが、それでも風の刃を完全に跳ね返す事は出来ずに削り取られているのだ。
二倍サイズのストーンブレードを使う事も考えたのだが、風の刃は速度もさっきの現実の物より更に速く、サイズを二倍にした事で反応速度が落ちると捌ききれなくなる可能性があるのだ。
そうなったらおそらく俺は即死だ。
このシアの精神世界の中の死が、どういう扱いになるのか分からないが、おそらく巫女たちやシアの様に意識が戻らなくなるあの状態になる気がしている。
今俺がそうなったらシアもヒナも助ける事が出来ない。
だから俺は絶対にここで倒れる訳にはいかなかった。
しかしこれではいつまでたっても終わりが来ない。
おそらく上級の魔物の本体は聖域の中心にいる可能性が高い。
何とかして聖域の中心まで近づけば勝機があるかもしれない。
俺は、刃こぼれしたストーンブレードを捨てて、新たなストーンブレードを出現させた。
しかしそれは、今までのロングソードサイズではなく。ミドルソードサイズだ。
それを二本発現させて、それを両手に持った。
ヒナやユナと同じ戦闘スタイルだ。
俺は、二本のストーンブレードを駆使して、襲い掛かる風の刃を躱しつつ、前進する事が出来た。
二刀流になって風の刃を捌く事に余裕が出たので、前に踏み出す事が出来たのだ。
普段、二刀流はあまり使わないのだが、最近のヒナの戦闘を見ていて、俺自身もイメージトレーニングは出来ていた。
片腕にかかる負担は大きくなったが、思った以上に二本の剣を使いこなす事が出来た。
風の刃の攻撃は聖域の中心に近づくほど激しくなっていった。
それに、俺を押し返そうとする風圧もかかって来る。
だが、何とかそれをしのぎながら俺は聖域にたどり着いた。
ここに何か大きなものが存在している気配は感じる。
だが、姿は見えず正確な位置が分からない。
俺はさっきやったように、風圧のかかる方向に踏み出し、その気配を感じる位置を剣で切り付けた。
・・・何かを切った手ごたえはあった。
しかし、攻撃が浅く大したダメージを与えられなかったのがわかる。
このミドルソードでは、風の魔物に大きなダメージを与えられないのだ。
やはり二倍サイズストーンブレードで切り付けるしかない。
だが、周囲から飛来してくる風の刃を捌き続けなくてはいけないため、二倍サイズのストーンブレードに切り替える訳にはいかない。
しかし、迷っている時間は無いのだ。
俺は一撃に全てを賭ける事にした。
周囲から迫る風の刃を一気に捌くと、両手のストーンブレードを手放しつつ、前に踏み込んだ。
そして新たに三倍サイズのストーンブレードを出現させた。
思いっきり魔力を注ぎ込み、大きさだけでなく、破壊力と対魔法特性も際限なく強化した。
それを素のまま、さらに加速させて、風の魔物本体があると思われる空間を全力で一閃した!
このまま、風の魔物を一刀両断にして無力化できれば風の刃の追撃も無いはずだ。
まさに捨て身の戦法だった。
そして、俺の目論見通り、三倍サイズのストーンブレードは、確かな手ごたえを捕えていた!
やったか?
そう思ったが、手ごたえは思ったものと違った。
三倍サイズのストーンブレードは、同等の威力を持った剣と真っ向から打ち合ったかの様な衝撃を受けて止められてしまったのだ!
・・・これは・・・風の魔物は、巨大な風の剣の様な物を作って、俺の攻撃を防いだのか?
・・・捨て身の一撃が止められた・・・という事は、すなわち俺の死を意味する。
当然、俺の周囲からは無数の風の刃が迫っている。
しかし、風の魔物の作った風の剣とせめぎ合っている俺は、風の刃に対応できない。
一瞬でも気を緩めれば俺はストーンブレードごと『風の剣』に一刀両断にされるだろう。
だが、このままでも風の刃に切り刻まれてしまう。
・・・終わったか・・・
あきらめそうになったその瞬間・・・
俺の周囲で無数の甲高い金属音が鳴り響いた!
・・・何が起きた?
一瞬状況が理解できなかった。
しかし続けて迫って来た風の刃を再び何かが跳ね返していた。
・・・これは?・・・どうやら俺に襲い掛かる風の刃を何か別の魔法が打ち返している様だった。
・・・何が起きている?
その時・・・この場で聞くはずの無い声が聞こえた!
「ゲンさま!大丈夫ですか?」
振り返るとそこには・・・
ヒナが立っていたのだ。




