227話 記憶の世界
シアの精神に干渉する魔法の発動に成功した俺の意識は、シアの記憶の中へと入っていった。
今、俺の周囲には、シアの過去の記憶が、一瞬一瞬断片的に、そしてランダムに垣間見えている状態だ。
これまでの巫女の治療の時と同じ事をするのであれば、シアの記憶を最初から追いかけていく事になるのだが、あれは巫女の記憶を再構成するためにシア達が意図的に行っていたはずだ。
しかし今はそんな悠長な事をしている時間が無い。
精神世界の中での時間の経過は実際の時間ではわずかな時間だが、そのわずかな時間がヒナの生死を分ける。
そもそも俺にはこれらの記憶を整理して順を追って追いかける事などできない。
そこで俺はシアの一番最近の記憶に接触する様に強く念じた。
シアの最近の記憶と言えば、巫女たちの治療をしていた病院だろうか?
しかし俺には病院の記憶があまりないから、それなら、今シアと俺がいる迷宮の第八階層をイメージした方が確実か?
多少の迷いはあったが、どうやらその効果はあった様で、俺はシアがこの迷宮にかかわってからの記憶の中に出現する事に成功した。
・・・しかし、俺の現われた場所は・・・迷宮の第一階層だった。
どういう事だ?
迷宮なら、シアが今、現実に眠っている第八階層をイメージしたつもりだった。
第一階層をイメージしたつもりは無かったのだが・・・俺の意志とは裏腹にシアから遠ざけられた感がある。
そもそもここにはシアがいない。
シアの記憶の中なのだから、本来シアの主観的なシーンしか存在しないはずなのだ。
何か様子がおかしい。
なぜこうなったのかはわからないが、この迷宮の第八階層まで行けばシアの意識に接触できるって事だろうか?
迷っている時間は無い。
とにかく最速で第八階層を目指すしかない。
俺はストーンブレードを出現させて、シナジーアタックで加速し、第二階層へのゲートを目指した。
現実の第一階層は現在魔物が出現しない様になっていたが、このシアの精神世界の中では夥しい数の魔物が襲い掛かって来た。
第一階層は下級の魔物しか出現しないとは言うものの、この数は半端ではない。
だが、今の俺の速度についてこられる魔物はほとんどいない。
俺は進路上の魔物だけを蹴散らしながら、最短で第二階層の入り口にたどり着いた。
第二階層、第三階層も同じ要領で一気に駆け抜けた。
第三階層には中級の魔物も出現したが、出来るだけ相手をせずに攻撃をかわして走り抜けた。
第四階層には上級の魔物がいるはずだ。
以前第四階層を攻略した時は、あの犬の様な魔物は討伐していない。
鎮静化させて通り過ぎたのだ。
あの時と同じであれば、『大犬の魔物』は聖域で寝ているのかもしれない。
聖域を迂回して第五階層へのゲートに向かえば余計なリスクを回避できる。
俺は、少し遠回りになるが、聖域を通らない経路でゲートへと向かった。
下級の魔物や中級の魔物の遭遇頻度はそれなりに高かったが、目論見どおり上級の魔物には遭遇せずにゲートに到達できた。
これで少しは時間短縮できたはずだ。
第五階層は、ほぼ一本道で迂回路が無い。
先日倒した炎の大蛇を倒さないと先に進めない。
だが、選択肢が他にないならやるしかない。
俺は迷わず溶岩の中の一本道を走り始めた。
下級の魔物を薙ぎ払い、中級の魔物を倒しながら先に進むと、例の炎の大蛇が現れた。
今までは仲間と力を合わせて何とか倒していたが、今回は俺一人で倒さなければならない。
まともにやったら、倒せたとしてもかなりの時間がかかってしまう。
・・・だが、俺には秘策があった。
ここは現実世界ではなく、シアの精神の中なのだ。
つまり、地下迷宮の崩壊を気にする事なく、遠慮なく上級魔法が使えるという事だ。
「『アクアフラッド』」
前にビビが使った上級魔法だ。
念のために魔法陣を覚えておいたのが役に立った。
亜魔女である俺は呪文を詠唱しなくても発動できたのだが、やはり、慣れていない魔法は詠唱した方がイメージが固めやすいのだ。
そして大量に発生た水の奔流が炎の大蛇を飲み込んでいく。
圧倒的な水量に、炎の大蛇は周りの溶岩ごと、冷え固まって動けなくなってしまった。
大量の水は、階層全体に広がっていき、溶岩を冷え固まらせながら蒸発していく。
俺はその隙に動けなくなった炎の大蛇の脇を駆け抜けていった。
・・・実は前回、ビビがこの魔法を使った後に、大きな問題として取り上げられていたのだ。
あの時は運よく迷宮が崩壊せずに済んだが、一歩間違えば迷宮が崩落して大惨事になっていた可能性があったそうだ。
あれ以降、地下迷宮での上級の魔法の使用は絶対に禁止というお達しが出ていたのだ。
だから、先日もこの魔法は使わずに魔物を攻略したのだ。
だがここは、シアの精神の中の世界で現実ではない。万が一地下迷宮が崩壊しても問題は無いはずだ。
・・・多分、シアの精神にも影響は・・・無いよな?
続く第六階層は氷の階層だ。
ここでも例の氷の魔物が最大の難関となる。
「『ヘルフレイム』」
氷の大地があたり一面激しい炎の海と化した。
周囲の氷がヘルフレイムの熱で全て溶けていく。
『氷の大鹿』は『ヘルフレイム』の魔法で跡形もなく溶けて消滅した。
思った以上にあっさりと片が付いた。
『上級の魔法』を勝手に使用する事が禁じられている理由が改めて理解できた。
確かにこれは現実世界で気軽に使っていい魔法じゃねえよな。
ヘルフレイムで、地面を構成している氷も融けて、足場が無くなってしまったのだが、
地面の氷はしばらくすると再び凍結したので先に進む事が出来た。
そして、俺は・・・再び因縁の第七階層にやって来た。




