226話 少女の行方
・・・今・・・俺の目の前で何が起きている?
俺は自分の目で見ている光景が現実に起こっている事だと理解できなかった。
ヒナの体が腹から切り裂かれ、二つに分かれた上半身と下半身は、別々に倒れている。
その断面からは大量の血が流れ出していた。
・・・ヒナが・・・死んだ・・・?
俺がとどめを刺す前に、風の魔物はヒナに刃を向けていたのか?
俺がもう一瞬、早く倒していればヒナは助かった?
俺の判断が遅かったためにヒナを死なせてしまった?
頭の中を無数の思考が駆け巡る。
その時、下半身と別れたヒナの上半身は左手を俺の方に伸ばし、僅かに顔を持ち上げて俺の方を見ようとしていた。
まだ生きてる!
俺は瞬間的に意識を呼び戻しヒナに向かって走った!
「ヒナーーーっ!死ぬなっ!」
完全に死んでいなければ、シアや師匠なら助けられるかもしれない!
一縷の望みにかけて、俺はヒナの元へ走った!
俺の声に気が付いたのか、ヒナは僅かに顔を上げ、俺と目が合った!
その瞬間、ヒナの体は魔法陣の中に沈み始めた!
何だと!何が起きてる?
先に下半身が魔法陣の中に飲み込まれた。
周りに飛び散った血も魔法陣に浸み込んでいく様に消えていく。
「・・・ゲン・・・さま・・・」
上半身だけになったヒナは、かすかに聞こえる程度の声で俺の名を呼んだ。
その上半身も、魔法陣に沈み続けている。
ヒナは虚ろな目で俺と見つめ合ったまま、魔法陣の中に沈んでいった。
あと一歩というところで間に合わなかった。
ヒナの体を完全に飲み込んだところで魔法陣は消滅した。
「ヒナーーーーーっ!ヒナーーーーーっ!」
俺はヒナの消えた地面を叩いてヒナの名を呼んだが何も起きなかった。
ヒナはどうなった?
今すぐ治療しなければヒナは死んでしまう。
「ゲン!ヒナはどうなったの!」
そこにユナとサヤが駆け付けて来た。
「体を真っ二つに切られて、地下に吸い込まれた・・・サヤ、すぐに地下に通してくれ!」
「もうやってます!」
俺が言う前に、サヤは聖域の地下室に入る魔法陣を展開していた。
・・・しかし、魔法陣が発動しない。
「どうした!サヤ!早くしてくれ!ヒナが死んでしまう!」
「・・・だめです、地下室へのゲートが開きません」
「なんだって!どういう事だ!」
「何か・・・強力な封印が掛けられてしまった様です」
「なんだ?それは!」
「わかりません。これ以上は・・・わたしの手には負えません・・・ごめんなさい」
「ゲン!ヒナは!・・ヒナはどうなってしまうの?」
「わからない・・・地下に吸い込まれる直前はまだ息があった・・・だがあの状態では・・・」
「なんで!・・・何でヒナがこんなところで死ななきゃならないの!」
・・・そうだ・・・何でこんな事にならなきゃいけない?
おかしいだろ?ヒナがここで死ななきゃいけない理由なんて・・・
不幸な過去を書き換えて、これから幸せな人生を歩んでいくはずだったんだ!
結局ここで終わりになるんだったら、この数ヶ月は一体何だったんだ!
俺は、何度も、ヒナを飲み込んだ地面を殴り続けた。
「そうだ!シアならヒナを助けられる!今すぐシアを目覚めさせるぞ!」
俺は言うと同時に走り出していた。
シアの待つ第八階層へ続くゲートへと。
とにかく事は一刻を争う。
第八階層へのゲートを抜けた俺は聖域へと走った。
第八階層は聖域のみがある何も無い空間だ。
聖域へと一気に駆け付けた俺は、何度も見た聖域の地下に降りる魔法の魔法陣をイメージして魔法を発動した。
・・・どうやったのか自分でもわからないが、奇しくも魔法は発動し俺はそのまま聖域の地下に勢いよく落下した。
いつもはゆっくり降下して行くのだが、俺が最速で降りる様にイメージしたためにそのまま落下したのかもしれない。
落下しながら、俺は目の前に『柩』を捕捉していた。
着地して受け身を取りつつ、そのまま柩へ駆け寄った。
そしてノンストップでそのまま中に飛び込んだ。
予想通り、そこにはシアが眠っていた。
数カ月ぶりの再会だ。
だが、感動の再会どころではなく、俺はシアを抱きしめて叫んでいた。
「シア!今すぐ目覚めてヒナを助けてくれ!ヒナが死んじまう!」
・・・しかしシアは何の反応もなく、人形の様に脱力したままだった。
「シア!頼む!目を覚ましてくれ!」
・・・何度叫んでも反応は無かった。
こんな事で目を覚ますのならとっくに目を覚ましていただろう。
「シア!こうしている間にもヒナが死んじまうんだ!本当に頼むから目を覚ましてくれ!シア!」
叫びながら俺はシアに口づけした。
シアの柔らかい唇は俺の唇が触れても何も反応が無かった。
・・・やはりだめだった。
少しは反応があるかと思ったのだか、全く反応が無かった事に、俺は少しだけショックを感じていた。
だが、そんな事を気にしている場合ではない。
俺は、すぐにヒナからもらった魔法陣の紙を思い出した。
急いで紙を広げて、そこに描かれた魔法陣を頭の中でイメージしつつ、前に巫女たちにやった様にシアの記憶の中に入る事をイメージした。
魔女にしか使えない高度な魔法のはずだ。
こんなアバウトな方法で発動するのか分からなかったが、何が何でもシアの精神の中に入ってやると強く念じた。
・・・すると、本当に魔法が発動したのだ!
「シア!今からそっちに行くぞ!そして何があってもすぐに連れ戻すからな!」
俺はシアを抱きしめたまま、意識だけがシアの精神世界へと入っていったのだった。




