224話 第七階層の悪夢
翌朝、ぐっすり眠ってしまった俺が、少し早く目が覚めてリビングに行くと、そこには先に起きていたヒナがいた。
「おはようございます!ゲン様」
「おはようヒナ。昨日はよく眠れたか?」
「はい、疲れていたのかぐっすり眠る事が出来ました」
「そうか、それは良かった」
「今日はついにシアさまに再会できますね!」
「ああ、そうだな、ここまでこれたのはヒナのおかげだ」
「ふふっ、二人とも私の恩人ですから、これくらいの恩返しではまだ全然足りません」
「いや、もう十分だと思うぞ」
「まだ、全てが解決したわけじゃありませんから」
そうだな・・・どうやってシアを目覚めさせるのか、その方法が見つかっていないのだ。
「それ、ゲンさま、これを渡しておこうと思います」
ヒナは一枚の紙を差し出した。
それには魔法陣が描かれている。
「これは?」
「それは人の精神世界の中に介入する魔法の魔法陣です。シア様達が私達の治療に使用したものです」
「これを、どうして俺に?」
「わたしはまだその魔法を発動する事が出来ません。でもおそらくゲンさまなら、その魔法陣をイメージして魔法を発動しようと強く念じれば、その魔法を使える可能性があります。過去にわたしの精神世界に介入した事がありますよね?」
「・・・知っていたのか?」
「はい、さすがにあれが現実の記憶ではない事くらいわかります。ゲンさまは精神世界で過去のわたしを助けてくれたんですよね?」
「ああ・・・本当はあんな風に介入してはいけなかったらしいのだが・・・」
「でも、わたしは本当に嬉しかったんですよ?」
ヒナは本当に嬉しそうに微笑んだ。
「そうなのか?それなら良かったが」
「はい!わたしが今、とっても幸せなのはゲンさまのおかげです!だから今度はシアさまを助けてあげて下さい。おそらくシア様は精神世界で自分の殻に閉じこもっているのだと思います」
「どうしてそんな事に?」
「おそらく、大勢の巫女の不幸な記憶に直接触れてしまったせいだと思います」
・・・確かに、巫女の大半は耐えがたいほどの不幸な過去を持っていた。
俺のせいで忘れてしまっているはずだが、ヒナも精神が崩壊してしまうくらい辛い経験を背負っていたのだ。
ヒナの場合、幸運にも辛い過去を忘れた上で精神が崩壊しなかったから、今の様な天真爛漫な性格に変る事が出来たのだが、本当にこれは運が良かったに過ぎない。
一歩間違えれば俺のせいで廃人になっていたかもしれないのだ。
「わたしたちが手伝えるのはゲンさまをシアさまの元に連れて行く事だけです。そこから先はゲンさまがシアさまを救い出さなければなりません」
「・・・そうだな、俺が必ずシアを助け出す」
「はい!わたしも精一杯応援しますね!」
本当に、ヒナのこのポジティブさにどれだけ救われた事か?
・・・いつの間にか、ヒナは俺にとってなくてはならない存在になってしまった気がする。
シアが目覚めたら・・・けじめをつけないといけないよな?
みんなが起きて準備が整ったところで、俺たちは地下迷宮の第七階層に向けて出発した。
第七階層は見渡す限りの草原になっている。
何の遮蔽物もないので、魔物が現れたら遠くからでもわかる。
大人数のパーティーを組んで、入り口付近で待機していれば、ある程度安全に魔物を狩る事が出来たそうだ。
ヒナは長年にわたってこの階層の魔力供給減として柩に入っていたのだ。
考えてみたらとんでもない魔力量だよな。
それが今は全く使えないのはどういう事なんだろう?
「魔物が出現していませんので、シア様はこの階層ではなく第八階層にいると思われます。この階層は安心して素通りできるはずです」
サヤが説明してくれた。
「この階層の上級の魔物はどんな奴だったんだ?」
そういえば、この階層の魔物とは戦った事が無かったな。
「この階層の上級の魔物は姿の見えない風の魔物です」
「風の魔物?」
「はい、実体のない風魔法と戦っている様だったそうです。討伐したという話は記録に残っていません。近づいた者は風に翻弄された挙句に空気の刃で体をばらばらに切り刻まれるとか?危険なので通常は聖域に近づかずに、入り口付近で下級の魔物や中級の魔物を倒すのみだったそうです」
「それは対策が難しそうだな」
そもそも、そんな奴をどうやって倒せばいいんだ?
「その魔物はヒナの魔力で作られていたんだよな?」
「そうみたいですが・・・わたしには全くわかりません」
そうだよな、巫女は単なる魔力供給源にすぎないんだからな。
・・・確か前回は聖域の機能を強制停止させたと聞いているが・・・そのせいでヒナの精神は一度完全に壊れてしまったんだったな。
「でも、今は巫女が不在でその魔物は出現しませんから問題ありません。今のところ、この第七階層に適合しているのはヒナさんだけですから」
「そうですよ!さっさと通り抜けてシアさまのところに行きましょう!」
ヒナが先陣を切って草原の中を進み始めた。
「ヒナ!危ないぞ!一人で先に行くな!」
「ゲンさまも早く来て下さい!ゲンさまとシアさまの再会シーンを早く見たいんですから!」
「・・・何言ってんだ?ヒナ」
俺は仕方ないので走ってヒナを追いかけた。
ヒナの装備と髪の色は草原に入ると保護色になって溶け込んでしまうな。
ヒナを追いかけながらそんな事を考えていた。
やがて草原を抜けて聖域にたどり着いた。
おそらくシアはこの第七階層の聖域ではなく第八階層にいるはずだ。
聖域の向こうに第八階層に続くゲートが見える。
「ゲンさま!早く来て下さい!」
ヒナは聖域真ん中でぴょんぴょん跳ねながら笑顔で元気よく手を振っていた。
・・・ほんとにヒナは元気いっぱいだな。
こういう時のヒナは本当に可愛い。
そんなヒナを微笑ましく見ながら、少しペースを落としてヒナの方へ向かっていた。
・・・その時・・・
ひゅっと風を切るような音がした。
音はヒナのいる方から聞こえた。
ヒナの方を見ると・・・何かがぼとっと音をたててヒナの足元に落ちた。
・・・それは・・・切り落とされたヒナの手首だった。




