203話 旅の再開
「養女になったって!どういう事?」
ユナがヒナに詰め寄った。
俺も突然の事に驚いたが、貴族の養子縁組なんてそんなにすぐに決まるものなのか?
「もちろんお姉ちゃんも一緒ですよ」
「そんな、勝手に!どいう事ですか?」
ユナは領主を問い詰めた。
「ヒナさんから聞きましたが、あなた方二人は、元はこの国の南方の領地の貴族の娘だったそうですね?領地が魔物に襲われ、そのどさくさで領地と家督を他の貴族に奪われたと」
「そのとおりよ。でも、もう貴族の身分には何の未練もないわ」
「だが今回の件は貴族になれば適用されなくなり、自由に国外に出る事が出来る様になります。あなた方のとっては損な話では無いと思いますが?」
「それはそうですが・・・あなたには何のメリットがあるのかしら?」
「この様な美しい娘が二人も出来るのです。それだけでもメリットだと思いますが?」
「あたしたちを政略結婚の駒にでもするつもりですか?そんなのまっぴらですから!」
「それは先ほどヒナさんから条件に出されました。あなた方二人は自由意志で結婚相手を選んで結構です。それにヒナさんはもうお相手が決まっているとか」
・・・それは、誰の事を言ってるんだ?
「だとしたら、ますますあなたのメリットがわかりません」
「そうですね・・・信じて貰えないかもしれませんが・・・わたしは以前、ヒナさんとよく似た、同じ名前の少女をひどく傷つけた事がありました。その罪滅ぼしがしたかったのです。その時の少女はおそらくもうこの世にはいないでしょう。ですから、代わりにあなた方のために何かしてあげたいと思ったのです」
「にわかには信じられないけど・・・ヒナはこの人が信じられると思ったわけね?」
「はい、じっくりと話し合いましたが、領主様の言っている事に偽りは無いと思います」
ユナはヒナを見つめてしばらく考えてから口を開いた。
「そう・・・ヒナがそこまで言うのならあたしもそれで構わないわ」
「そうですか、前向きに検討して頂けて助かります」
「でも、手続きには時間がかかるのではないですか?」
「今の時点で承諾が頂ければ事後処理という事で、国境の通過を許可する事はすぐに可能です。急ぎの要件があると伺いましたので」
「それは助かるが、ユナもヒナも、それで本当にいいのか?」
「はい!今はシアさんを一刻も早く助ける事が最優先ですから!」
「あたしもヒナがそれでいいなら構わないわ。後でもう少し条件を詰めたいけどね」
「はい、用事が終わってからで構いませんので、もう一度ここへ戻って来て頂きたいと思います」
「わかったわ。今はそれに乗るしかないみたいね」
「すまない、ユナ、ヒナ。シアのためにこんな事になってしまって」
「いいんです!ゲンさま。わたしはシアさんに助けてもらわなかったら、今こうして生きていなかったかもしれないんです。命に代えても恩返しするのが当然ですから!」
「あたしも同じよ。どんな犠牲を払ってでもシアさんには恩返ししたいの」
「ありがとう、二人とも」
俺はユナとヒナに頭を下げた。
「さあ、皆さん、お急ぎの御様子ですから馬車を用意します。国境を越えて隣国の町までお送りいたします」
「いえ、そこまでして頂かなくても」
「何を言ってるんです。二人ともすでに私の娘なのですよ。娘たちに安全に旅をさせるのは父親の務めです」
「本当にありがとうございます。このご恩は後で必ずお返しします」
ヒナが領主に深々と頭を下げた。
「いいんですよ、もう十分に頂きましたから。さあ、馬車の用意が出来たみたいです。お急ぎください」
俺達は執事の案内で馬車のところまで向かった。
「では、お気をつけて」
領主に見送られて馬車は出発した。
途中、俺達を探している例の太った男とその部下たちを見かけたが、さすがに領主の馬車に乗ってるとは思わないだろう。
それに、ヒナが領主にあの男の話をしたところ、領主の方で手を打ってくれる事になったらしい。
とりあえず、あの男の件は解決したと思っていいだろう。
俺達は無事に国境を抜け、隣国に入る事が出来たのだ。
ヒナは疲れているのか、馬車に乗ったらすぐに眠ってしまった。
今は、寝息をたてて気持ちよさそうに寝ている。
「結局、ほとんどヒナが一人で解決してしまったな」
俺はヒナを起こさない様に小声でユナに話しかけた。
「ええ、ヒナにここまでの行動力があるなんて思わなかったわ」
「ああ、だが、最近のヒナはだんだんと行動が大胆になって来ていたからな」
「そうみたいね、記憶が書き換わったと言ってもここまで性格が変わる物なのかしら」
それについては俺も同じ事を考えていた。
人の生まれ持った性格なんて、そう簡単に変わる物じゃない。
ヒナの過去の記憶を見てしまった俺からしても、今のヒナはまるで別人だ。
・・・というか、今のヒナは師匠と重なって見えるのだ。
こんな時、師匠ならこうするだろうなと思った行動をヒナがとる事が結構多いのだ。
実際、ヒナと一緒に行動していると、時々師匠と一緒にいると勘違いしてしまいそうな時がある。
「まあ、俺の知る限り、一番幸せそうに生きてる人と似て来てるんだから、それでいいんじゃねえかとは思ってる」
「それって・・・ララさんの事でしょ?」
「なんでわかんだよ」
「あたしだって、あんなポジティブに生きてる人、他に知らないもの。確かにあんな風に生きられたら幸せでしょうね」
「まあそうだな。でも師匠だって、これまで背負ってきた重さがあってこそ、あの生き方が出来てるんだと思う。そう言う意味では、ヒナもこれまで辛い経験をしてきたんだ。たとえ覚えていなくてもそれ以上に幸せになる権利があるはずだ」
「そうよね、ゲン君が頑張ってヒナを幸せにしてあげてよね!」
「いや、俺にはシアがいるし・・・」
「そんなもん、二人まとめて幸せにしてやるくらいの度量を持ちなさいよ!男でしょ!」
「・・・無茶を言うなよ・・・」
ユナとそんな話をしている内に、馬車は隣国に入って最初の比較的大きな町に到着したのだった。




