2話 謎の少女
一歩前に踏み出してから、振り返ってにっこり微笑んだその顔は、見た事もない程のとんでもない美少女だった。
その顔を見て俺は一瞬ドキッとした。
そのわずかな時間、ここが戦場である事さえ忘れていた。
少女というか、少女から大人の女性へと変化する途中といったところか?
歳は自分より少し上ぐらいではないだろうか?
輝くような金髪を器用に編み上げてまとめており、瞳は澄み渡る空の様に蒼い。
そして女性特有の甘くていい匂いが鼻をくすぐる。
身長は、13歳になったばかりの俺よりも低く、手足は細い。
どう見てもこの状況にいるのは似つかわしくない存在だ。
それなのに全く動じていないこの余裕と存在感は一体何なのだ?
「いや、あんたの方こそ、早く逃げろ!」
言っている自分の口に違和感を感じる。
この人に自分が言える立場なのか・・・?
安堵と信頼と僅かな好意、それに恐怖と畏怖が入り乱れた滅茶苦茶な感情が頭の中を駆け巡る。
この存在が何なのか?正しく認識できない。
「ふふっ、すぐ終わるからね!」
女性はにっこり微笑むと、甘い香りだけを残して消えていた。
直後に『鬼』の角が2本とも切り飛ばされていた。
(もうあんなところに!)
移動する彼女が見えなかった!
そのまま落下しながら『鬼』の胴体を切り裂いていく。
見る事にだけ集中してやっと追いかけられるかどうかの速度だ。
瞬き一つする間に何回の剣戟を繰り出している?
『鬼』の胴体は細切れになり、みぞおちから大きな魔結晶が転がり出していた。
俺が駆け付けるより先に討伐は完了していた。
彼女は上から落ちてきた魔結晶を受け止めると、駆け付けた俺に手渡した。
「はい!これ!君にあげるね!」
にっこり微笑んで俺の手に大きな魔結晶を握らせた。
「いや、受け取れねえよ!」
「私が来るまで持ちこたえてくれたご褒美だよ!」
俺の手を包み込む彼女の指は細くてしなやかだった。
「馬車の方にまだいるね」
そうだった!
まだ、『小鬼』が残っていた。
またしても目の前から消えるであろう彼女に後れを取らない様に俺も全速力で馬車に向かう。
(『小鬼』が増えてる!)
馬車の周りは10体以上の『小鬼』に囲まれていた。
だが彼女は俺よりも早く馬車に到着して、すでに『小鬼』の半数を切り伏せていた。
俺はかろうじて一瞬遅れてたどり着き、1体を切り倒す。
「馬車の方をお願い!」
彼女に言われて馬車の方を見ると2体の『小鬼』が馬車の上に登ろうと手をかけようとしていた。
俺は手前にいた一体を切り倒し、返す刀でもう一体も切り伏せた。
その間にも、彼女は残り全ての『小鬼』を倒していた。
「へぇ!すごいね!きみ!」
「いや、俺が一瞬でも遅れたら全部あんたが倒してたよな?というか、俺が来るのがわかっててあえて残しただろ?」
俺は肩で息をしながら、呼吸一つ乱れていない彼女に話しかけた。
「諦めないその気持ちが大事なんだよ!」
彼女は始終ニコニコしていて、なんか緊張感が無くなる。
いや、違うな。
常に全方位に注意を払っていて、その上での余裕なんだ。
・・・俺は、彼女の正体に気が付き始めていた。
「そうだ、馬車の人、大丈夫か?」
俺は馬車に乗っていた二人の安否を確認するために馬車に向かった。
「私は剣士の人たちを見てきますね」
彼女は馬車の外にいた剣士の方に向かった。
馬車の中を見ると、二人の少女が抱き合って泣いていた。
貴族の令嬢は俺と同じ年くらい、ピンクブロンドの髪に金色の瞳をしている。
侍女の方は2~3歳上だろうか?
「もう大丈夫だ。手を貸そうか?」
手前にいた令嬢の方に手を伸ばすと、俺の顔を見て安心したのか表情が緩んだ。
「ありがとうございます。あなたが助けて下さったんですね?」
「いや、俺というか、もうひとりがな・・・」
令嬢は微笑むと俺の方に手を伸ばして立ち上がろうとした。
(この子はこの子でかなり可愛いな)
先程の女性に比べるとまだ幼さが残るが、この令嬢も相当な美少女だ。
王都ってのは美少女しかいねえのか?
しかし令嬢は立ち上がろうとした途中で何かに気が付いて慌てて座り直した。
顔が真っ赤になってうつむいている。
ふと見ると、馬車のデッキの足元が濡れていた。
「ちょっと待ってな、用を思い出したんで別のやつを呼んでくる」
俺はさっきの女性の方に走った。
女性は馬車から少し離れたところで怪我をした剣士の手当てをしていた。
「わりい、馬車に乗ってた女の子が訳ありで、ちょっと面倒見てもらえねえか?」
「・・・?はい、わかりました。では彼らの手当てをお願いします」
俺の説明で何か察してくれたらしく、交代してくれた。
剣士の手当てをしながら話を聞いた。
馬車にいたのは中級貴族の令嬢で、王都に戻る途中魔物に襲われたそうだ。
護衛の剣士が対応したが、なぜか魔力が使えずに窮地に陥っていたらしい。
しばらくすると、女性3人がこっちに歩いてきた。
令嬢は別の服に着替えていた。
「先ほどは恩人であるあなたに対して、失礼な態度をとってしまいました。申し訳ありません」
令嬢は俺に向かって頭を下げた。
「何のことだ?俺にはわかんねえが」
令嬢は少し赤くなって微笑んだ。
「申し遅れました、わたしは第5階位の貴族の娘でシアと申します」
「俺はゲンだ」
「あらためまして、ゲン様、助けて頂いてありがとうございました」
「いや、助けたのは俺じゃなくてその人だよ」
「いえ、お話は伺いました。あなたが魔物を引き付けて時間を稼いでくれたおかげで私たちは助かったのです。このお礼は改めてお返しいたします」
馬車の方は屋根が壊れたが走行には支障が無い事が確認できた様で、シアたちは先に王都に戻っていった。
「ありがとうございました。ゲン様!『勇者様』!」
馬車の上からシアが振り返って再度お礼を言った。
(・・・『勇者』?)
「あんた、『勇者』だったのか?」