192話 彼の地の出来事
「シアが大変な事になったって、どういう事だ!」
「お姉ちゃん!シアさまに何があったんですか?」
俺とヒナは同時にユナに詰め寄った。
「まあまあ、皆さん、まずはお客人に座って頂いてはいかがでしょうか」
バトラーが俺とヒナを制して、ユナを席に案内した。
・・・
「ありがとう、執事さん」
ユナはバトラーに礼を言って席に着き、メイドが用意した飲み物を口にした。
一息ついたユナは、一回深呼吸してから話し始めた。
「まずは順を追って話すわ」
ユナの話はこうだった。
俺達がこの国に帰った後、シアとユナ、それにビビは、巫女だった少女たちの精神のケアに尽力していた。
多くの少女が心に傷を抱え、精神を閉ざしていたのだが、三人の手厚い介護のおかげで次第に心を開き、多くの少女が救われて行ったそうだ。
そのまま順調に行けば、全ての少女のケアが終わるのはそう遠くないと思われていた。
しかしそこに、かつてのビビが従えていた盗賊団の被害にあったという貴族の依頼で、ビビの捜索をしていた役人たちがビビの所在を突き止めてやってきたのだ。
ビビはすっかり心を入れ替えて、巫女たちの救済に力を注いでいたのだが、盗賊の被害にあった者たちにとってはそんな事は関係なく、ビビを引き渡す様に要求してきた。
シア達は何とかビビを保護しようとしたのだが、その努力もむなしく、ビビの身柄はその役人に引き渡される事が決まってしまった。
しかし、その引き渡しの当日、ビビはどこへともなく姿を眩ましてしまったのだ。
確かにビビの魔力をもってすれば、役人から逃れるなど造作もない事だった。
しかし、そこで、ビビの逃亡に加担した疑いがシアとユナに掛けられてしまったのだ。
シアとユナはしばらくの間、身柄を拘束され、尋問が続けられた。
シアが、本気を出せば、逃げ出す事など簡単だったのだが、そうする訳にもいかず、疑いが晴れるまで、軟禁状態となってしまったのだ。
そして数週間の後、ようやく疑いが晴れて釈放された。
しかし、その間に、ケアが出来なくなっていた少女達は、折角快方に向かっていた症状が再び悪化してしまっていたのだ。
シアは、そんな少女たちを助けようと、それまで以上にペースを上げて、少女たちのケアに当たっていった。
しかし、以前はビビと二人で分担して行っていた処置を全て一人で行う事になってしまったために、シアの負担は一気に増大した。
重症の少女から優先的にケアを行なっていたのだが、その間に他の少女の症状が悪化してしまうのだ。
シアはそれこそ寝る間も惜しんで少女達のケアを続けていった。
しかし、それでも追いつかず、再び完全に心を閉ざしてしまう少女が現れ始めてしまったのだ。
そこでシアは、最後の手段をとる事にしたのだ。
・・・それは・・・俺がヒナにやった方法だった。
少女の過去の記憶に入り込み、悲しい記憶を丸ごと改ざんし始めてしまったのだ。
だがこの方法は、ヒナの時にシア自身も言っていたのだが、大変なリスクを伴う方法だ。
失敗すれば少女は廃人になってしまうかもしれないのだ。
しかも、ヒナの時は、俺が記憶の中に介入している間、シアとビビがサポートをしてくれたおかげでリスクがかなり軽減されていたのだが、今回は、俺もビビもいないため、シア一人で全てをカバーしなければいけなかった。
ここから先の話は、ヒナに真相を知られるわけにはいかないので、ユナは内容を濁しながら話していたのだが、俺には状況を把握する事が出来た。
「そうしてシアさんは、少女の達の治療を続けていたのだけど、その治療方法はシアさんの消耗も著しく、日に日に疲労が蓄積していくのがわかったわ」
「シア・・・そんなにしてまで・・・」
シアならそうするであろう事が俺には手に取る様に理解できた。
・・・だが・・・
「シアさんには何度も休息をとる様に言ったのだけど、聞き入れてもらえなくて・・・少女たちが苦しんでいるのに自分だけ休むわけにはいかないって・・・」
「シアさま・・・やっぱり本当の聖女様です・・・」
「そして、最後の重症の少女の処置を行なった後・・・・・今度はシアさんがこん睡状態から目覚めなくなってしまったのです・・・」
「それで!・・・それでシアは今どうなってるんだ!」
「その後、色々試したのですが、目が覚める事は無く、症状からしておそらく、巫女の少女たちと同じ状態になってしまったのではないかと思います」
「それじゃあ、治療のためには・・・」
「そうです。シアさんの治療が出来るのは、ララさんか、ビビしかいないのです。ビビはおそらく消息を掴む事が無理だと思って急いでここまで来たんです」
師匠でなければシアを助けられないって事か・・・
・・・しかし・・・
「師匠は今、遥か遠方の未開の大陸に向かっちまった。おそらくすぐに帰って来る事は難しいだろう」
「連絡は付かないのですか?」
「師匠の方から連絡してこない限り無理だろうな」
師匠の連絡を待っていてもいつになるかわからない。
「あの・・・わたしとゲンさまで治療出来ないでしょうか?」
ヒナが俺に問いかけた。
「俺とヒナでか?俺はあの魔法は覚えてねえぞ」
「わたしの治療に使ったという魔法の魔法陣は教えてもらったので覚えています。ゲンさまに教えればゲンさまも使えると思います。それに、わたしが魔法を使える様になれば私にもできるかもしれません」
シア達が巫女の治療に使っていた魔法は魔女か亜魔女にしか使えない。
俺かヒナが使う事が出来ればシアを助けられるかもしれないのだ。
「師匠の帰りを待っていたら手遅れになるかもしれねえ、ヒナ、俺と一緒にシアのところへ行ってくれるか?」
「はい!もちろんです!」
こうして俺とヒナは、シアの眠る氷雪の国に行く事になったのだ。




