183話 剣術大会の少女
ついに剣術大会の当日を迎えた。
ヒナにとってはデビュー戦であり、俺にとってはシアとの将来の懸かった運命の日でもある。
すっかり国外遠征が多くなってしまった師匠も、この日だけは国内にとどまる様に日程を調整したらしい。
剣聖であり、この剣術大会の最高責任者でもある師匠は、さすがにこの日に不在という訳にはいかない。
そんな師匠の挨拶で大会が始まった。
「うー、緊張します!」
ヒナは一般部門からの参加だ。
他にも学院の剣士講座の面々が揃っている。
剣士を目指す生徒は、この大会で上位の成績を残して、下級剣士試験の受験資格を得る事が、講座の目的でもあるのだ。
実力が満たない者も強制的に参加させられる。
学院に中途で編入し、更に途中から剣士講座に参加したヒナは、いつの間にか剣士講座の中でも上位の腕前になっていた。
今日の大会でもかなりいい結果を残せるに違いない。
「いつも通りやれば問題無いだろう。それにヒナが本当に頑張らなきゃいけないのはこの剣術大会じゃなくて、魔法士試験の方だからな」
「わたし、もう魔法使いじゃなくて、剣士として生きていきますから、魔法士の試験は受けなくていいって事のならないですか?」
「・・・なるわけないだろ。いいから、今は試合に集中しろ」
「はーい、がんばりまーす」
ヒナは少し気の抜けた返事で、試合会場へと向かった。
ちょっと緊張感が足りない様だが、今のヒナならそれでも好成績が期待できるだろう。
それよりも俺の方こそ、気が抜けねえな。
この大会で好成績を出せなかったら今年は上級剣士になる道が絶たれてしまうのだ。
そんな事になったらシアは別の誰かと婚約させられてしまう。
俺はこの大会で絶対に負ける訳にはいかねえ!
そしてヒナの第一戦が始まった。
大会の規定では二刀流は特に規制されていないので、ヒナはショートソード2本を構えたいつものスタイルだ。
相手はガタイのいいおっさんだったが、小柄で可憐なヒナ相手にどうしていいか困惑している様だった。
そんなおっさんに、ヒナが先制攻撃を仕掛けた。
おっさんはヒナの素早い攻撃に一瞬怯んだが、咄嗟に対応して、ヒナのショートソードを何とか受け止めた。
しかし、そこにヒナの二本目のショートソードが迫る。
おっさんは一本目のショートソードごとヒナを押し戻し、距離を稼いで何とか二本目のショートソードの攻撃を躱した。
おっさんはここで、ヒナの実力を悟った様で、それまでの戸惑った様な表情から真剣な表情に変わった。
今度はおっさんの方から打って出た。
おっさの打ち込みをヒナは片方のショートソードで受け流しつつ、流れる様に反対側からもう一本のショートソードを打ち込む。
さすがにおっさんもこれは読んでいたようで、僅かに体を後ろに反らしながらも、腕を伸ばして、ヒナの一本目の剣をそのまま押し切ろうという作戦だ。
大柄で腕も長くロングソードのおっさんは圧倒的にヒナよりもリーチが長い。
それを利用してきたのだ。
ここで後に下がればおそらくヒナは負けていただろう。
しかしヒナは更に前踏み込み、おっさんの懐に入ったのだ!
後ろ手におっさんのロングソードを受けつつ、もう一方のショートソードでおっさんの胴体に切りつけ、勝負が決まった。
おっさんも意外と強かったが、ヒナはそれ以上に成長していた。
ヒナの可憐な容姿と、それに似合わない強さに会場が湧いていた。
続く二回戦も、それなりに強い相手だったが、ヒナは安定した強さを発揮して勝利した。
会場の観客は次第にヒナの試合に注目し始めていた。
それからも、ヒナは順調に勝ち残り、ついに決勝戦を迎えた。
相手は同じ学院の同級生の女子だ。
普段の講座での模擬戦では互角の勝負をしている相手だった。
試合開始と同時に激しい打ち合いが始まった。
お互いに手の内を知り尽くしている相手だ。
探り合いの必要もないので、どちらも遠慮なく技を繰り出している。
ヒナにも相手にも隠し技がない事はお互いにわかっている。
純粋に今の実力で勝敗が決まる。
相手はレイピアを使用した高速戦闘タイプ・・・要は剣聖である師匠に憧れて師匠の戦闘スタイルを模倣した戦い方だ。
もっとも、武器の種類を同じにして技の形を似せているだけで、その本質の習得には、まだまだ程遠い。
一方でヒナは、ショートソード二本を使用してはいるが、基本的な戦い方は師匠や俺から受け継いだ、相手の先を読む事を真髄とした剣術を習得しつつある。
ヒナはその卓越した記憶力で、俺やこれまで戦った相手の全ての戦闘パターンを全て記憶し、その経験を元に相手の次の行動を予測するため、戦闘経験数に比例して強くなっているのだ。
だから、ヒナに勝つためには、これまで見せた事の無い技をその都度編み出していかないと、行動が読まれてしまう。
俺はヒナとはまだ圧倒的な実力差があるため、模擬戦で負ける事は無いが、いずれヒナに敗れる時が来るのではないかと考えるほどだ。
相手はスピード重視のため、一般部門のレベルを超えた高速の戦いが繰り広げられている。
一方でヒナの方はそれほど高速で動いているわけではないのだが、先読みを駆使して、相手のスピードに対応している。
その動きは、だいぶ師匠に似て来て、無駄のない美しい動きになってきていた。
一見ヒナが押されて防戦一方に見えるが、ヒナは着実に相手の攻撃を全て捌いている。
そして、無駄のないヒナの動きに対して、スピード重視の相手は次第に疲労が見えてきた。
その剣筋にブレが発生したところをヒナは見逃さなかった。
ヒナは二本のショートソードをクロスさせて相手のレイピアを絡めとったのだ。
勝負の決着がつき、場内は大きな歓声に包まれた。
「『剣精』だ!『剣精』の再来だ!」
「あの可憐さであの強さ!確かに『剣精』みたいだったな!」
「先の『剣精』」は今や『剣聖』となったし、『剣精』の称号はあの子の物でいいんじゃないか!」
・・・『剣精』というのは師匠のかつての二つ名だ。
異様な盛り上がりにヒナ自身は困惑していたが、会場内の熱気はいつまでも冷めなかったのだ。




