164話 しばしの別れ
師匠が二日後には帰国しなければならないというので、俺とヒナ、それにキアは師匠と一緒に転移魔法で帰る事となった。
急な話だが、シアと一緒に過ごせるのは後一日となってしまった。
ユナはヒナと一緒に俺達の国に来るのかと思ったが、『巫女』だった少女達のケアをするためにシアと共にこの国に残る事にしたそうだ。
ヒナはせっかく会えた姉と離れる事をさみしがったが、ユナの事情を聞いて納得した。
それにヒナは学校に通う前に両親を失って里子に出されてしまったので、学校に通った事が無い。
学校に通う事に対しては憧れを抱いていたらしい。
知らない土地に一人で行くのは不安だったが、俺が一緒に学院に通うと言ったら、それならぜひいきたいと言って、この話を受け入れてくれたのだ。
ビビも、しばらくはこの国で少女たちのケアを手伝ってくれるそうだ。
ほんとはすぐにこの国を立ち去って行方をくらましたかったそうだが、シア一人に押し付けるのは気が引けると言って、手伝ってくれる事になったのだ。
この数日でシアとビビの間には不思議な連帯感が生まれていた。
同じ『亜魔女』同士といのもあるのかもしれない。
魔女は他の魔女とつるむ事が無いという話だったが、『亜魔女』はそうとは限らないだろうか?
二人とも元々魔女オタクという共通点もあるが、ビビが、なんだかんだ言っても、お人よしだという事もあるのかもしれない。
俺とシアは出発までの一日を一緒に過ごすと決めた。
この国の王都に来てから二人でゆっくり過ごす時間が無かったので、今日は二人で王都を散歩した。
雪に閉ざされた寒冷地でありながら、潤沢な魔力によって快適な気温を保たれたこの王都は、『巫女』による地下迷宮の魔物の発生が途絶えた状況で、これからどうやってこの環境を維持していくのだろうか?
そんな疑問を投げかけたらシアが答えてくれた。
「すでに目覚めた巫女の何人かは、この国に残って仕事として『巫女』を続けるそうです」
「いいのか?それは?」
「彼女たち本人の希望です。彼女たちは自分の祖国に居場所が無い子も多く、出来ればこの国で仕事を見つけて生活したいという希望も出ていたんです。そこで彼女たちに仕事として給料を払って『巫女』をやてもらうという提案を出したところ引き受けてくれる事になったんです」
「再び『柩』に入って危険な事は無いのか?」
「彼女たちは既に覚醒済ですので、もう一度『柩』に入ってもリスクはありません。単なる魔力供給減として『柩』に入ってもらうのですが、ちゃんと時間を区切って交代制で対応する事にするみたいですよ」
「本人たちが納得しているのならいいんだが」
「王室としても、これまでの謝罪も含めて結構高額なお給金を支払うそうです。代わりに膨大な魔力が得られるのですから、それだけの価値があるみたいです」
「まあ、それなら冒険者たちも失業しないで済むわけだし、誰も損はしない訳か」
「・・・ただ、目を覚ました巫女の全員がその様に前向きな考えというわけではありません。精神を病んでしまったままの子もたくさんいます」
「そりゃそうだよな」
巫女の殆どが不幸な過去を背負った子ばかりなのだ。
「そういう子はヒナみたいに記憶をごっそり書き換えちゃだめなのか?」
「・・・ヒナちゃんが無事に意識を取り戻したのは本当に運が良かっただけです!とても危険な事だったんですよ」
「そうだったな・・・シアとビビが頑張って記憶の整合性を合わせてくれたからヒナが目覚めたんだったな」
俺が余計な事をしたばかりにシア達に大変な負担をかけてしまったのだ。
「・・・それに、ある意味では、あの子はもう本当のヒナちゃんではありません」
「どういう事だ?」
「・・・人の人格は歩んできた人生の経験で決まるものです。本来の人生とあれだけ大きく異なる人生を歩んでしまったら、それはもう別の人間といえるかもしれません」
「つまり、本当のヒナはもういなくなってしまって、今のヒナは別のヒナになってしまったって事か?」
「はい、以前の記憶の後に新たな経験を積んだのならまだしも、ヒナちゃんの場合は一旦消滅してしまった記憶を再生する段階で、異なる経験をしてしまっているので、全く別の人格に育ってしまいました」
「つまり・・・本当のヒナを俺が殺しちまったって事だよな・・・」
「ごめんなさい!ゲン!そういう意味じゃないんです!結果的に今のヒナちゃんはとても前向きで、これから幸せな人生を歩んでいけるようになったんです。今のヒナちゃんに素晴らしい未来を与えたのはゲンなんです!」
「俺は何もわからずに好き勝手やっただけだ。本当にヒナを救ったのはシアやビビだ」
「とにかく、これから私たちに出来る事は、今のヒナちゃんが幸せに生きていけるようにお手伝いする事だけです」
「そうだな・・・消えちまった本来のヒナのためにも今のヒナを守ってやらなきゃな」
「だから他の子たちは、かわいそうですけど本来の記憶を持ったまま目覚めさせて、それから地道に心のケアをしてあげるしかないんです」
「そうだな、それが良いか悪いか決めるのは自分自身だからな。人が勝手に変えちゃいけなかったんだな・・・」
「それに!ヒナちゃんと同じ事をしてしまったら、全員がゲンに恋をしてしまいます!ゲンは全ての女の子を受け入れるつもりですか!」
「いや、さすがにそんな事は無いだろう?」
「いえ!そんな事はありません!ゲンに助けてもらったら必ず恋に落ちます!私が保証します!」
・・・いや、そんなところを力説されても・・・
「とにかく、ヒナとの関係には気を付ける」
「でも無理に拒むのもだめですよ!恋する女の子は傷つきやすいんですから!」
「・・・難しそうだが、何とかしよう」
「・・・でも・・・もし・・・ゲンも本気でヒナちゃんの事を好きになってしまった時は、ごまかさないで正直にわたしに言って下さい。その時は・・・・潔く身を引きます・・・」
シアは少し俯きながらそう言った。
「そんな事にはなんねえよ。俺はずっとシアの事が一番好きなままだ」
俺はそう言って、シアの唇に唇を重ねた。




