158話 妹の記憶
「あたしは何をすればいいの?」
ユナはシアに問いかけた。
「ユナさんには妹さんに呼びかけ続けてもらいたいのです。おそらく普通に目覚めさせてしまうと、意識が混乱して魔力が暴走し、自分も周囲も破壊してしまう可能性があるのです」
「ええ、他の巫女もそうだった。強力な催眠魔法で封じ込めておかないと魔力が暴走して歯止めが効かなくなってたわ」
「巫女の少女たちは自我が無くなって本能だけになってしまったので、暴走を止める事が出来なかったのです。その少女たちも、今は記憶が復元出来てきますので、目覚めれば自我が戻っているはずです」
「自我が戻るのであれば、魔力の暴走は無いのでは?」
「他の子たちはほとんどが『中級魔法士』レベルの魔力です。暴走の危険はありますが、『結界』などで封じこめる事が可能です。それにその程度の魔力であれば自我を取り戻せば暴走する事は考えにくいのです」
「ヒナは・・・妹は、そうじゃないって事?」
「ヒナさんはおそらく『上級魔法士』レベルの魔力量を持っています。でも、膨大な魔力に目覚めてしまいましたが、魔力を制御する術を知りません。今まで魔法を使った事の無い人がいきなりそれだけの魔法を発動してしまうと正気を保てなくなる可能性が高いそうなのです」
「つまり、いきなり『上級魔法』を暴発するかもしれないって事?」
「『上級魔法』そのものを発動する訳ではありませんが、同等の威力の魔力暴走が起こる可能性も十分考えられるという事です」
「シアさんが目覚めた時も催眠魔法をかけていなかったらかなりやばそうだったものね」
「いえ、その子の場合は、催眠魔法をかけていなかったら普通に意識を取り戻していたでしょう。むしろ催眠魔法の指示の出し方次第で、意図的に『上級魔法を』使う危険性があったという事です」
ビビが話に加わった。
「わたくしの場合もそうでしたが、完全な状態で覚醒した場合は普通に自我を保ったまま目覚めるのです」
「あなたは・・・自我を持ったまま覚醒して、そのまま逃亡したのですよね?あなたが、逃亡しなければ・・・妹がこんな事にはなっていなかったかもしれないのに」
「わたくしが犠牲になれば良かったと?冗談ではありません」
「・・・そうですね・・・あなたも被害者でしたね」
「わたくしは自分が被害者だとは思っていません。むしろこの結果には感謝しています。でも私はたまたま運が良かっただけです。大勢の不幸な少女を生み出すこの迷宮は破壊すべきです」
「・・・それは同感です」
「この迷宮をどうするのかはとりあえず後で考えるとして、今はヒナさんを助けましょう!」
シアが話を戻した。
「そうだったわ。それで、あたしはどうすればいいの?」
「私が魔法でヒナさんの意識を少しづつ呼び起こします。ユナさんはその間、耳元でヒナさんに呼びかけ続けて下さい」
「名前を呼び続ければいいの?」
「はい、出来ればヒナさんが安心する様な事を色々話しかけて頂けると助かります。急激に目覚めさせると混乱するので、ヒナさんには現状を理解してもらいながら、ゆっくりと目覚めてもらう必要があります」
「わかったわ」
「ゲンはまた、ヒナさんが暴れ出した時のために体を押える準備をしておいて下さい」
「了解した」
俺はベッドに乗り、ヒナに覆いかぶさった。
「妹に変な気起こさないでよね」
ユナが俺を睨みつけた
「当たりまえだろ、これは医療行為だ」
「その人は女性の裸が大好きだから、ちょっと危険ですね」
「誤解を招くような事を言うな!ビビ」
「ゲンは紳士ですから大丈夫です!ちょっと・・・エッチなだけです」
シア・・・それじゃ大丈夫に聞こえないだろ?
「まあいいわ、妹に変な事をしたらただじゃおかないから」
「しねえよ!」
俺はどれだけ信用が無いんだ。
「では、ユナさんはヒナさんの頭側に付いて下さい。準備が出来たら始めます」
「いつでもいいわ」
ユナはヒナの耳元に語りかけられる位置に待機した。
「では、ヒナさんの覚醒を始めます」
シアが魔法を発動した。
ヒナの深層心理に働きかける魔法らしい。
精神の奥底に籠ってしまったヒナの自我を少しづつ外側に引き出すのだそうだ。
その際に、古い記憶から順にたどっていく事で、正しく自我が復活するらしい。
そのために記憶の復元が必要だったのだ。
とは言っても、シアの復元した記憶は完ぺきではない。
欠損部分はシアの推測で繋いである状態だ。
その差分で、ヒナの人格形成に支障をきたす可能性も残っている。
そこでユナに話しかけてもらう事で、幼少期のユナと一緒に過ごした時間の記憶の精度が改善される事を期待しているのだ。
シアの魔法が発動してしばらくすると、またしても俺の脳裏にヒナの記憶の映像が現れた。
それは前回よりも鮮明だった。
どうやら、ユナが昔の思い出を語りかけているため、それが加わって記憶がより鮮明に修復されている様なのだ。
そして、前回は、ただの記憶だったのだが、今回俺が見ているヒナは、ただの記憶ではなくヒナ自身の自我なのだ。
そう、これはヒナ自身が過去の記憶を再び体験しているところなのだ。
ユナとヒナの二人の記憶は、本当に幸福に満ちた記憶ばかりだった。
俺は微笑ましい気持ちでその様子を眺めていた。
このまま何も起きずに、この幸福な時間がずっと続けばいいのに・・・
俺はそう思っていた。
だが、これはあくまでも過去に起きた出来事なのだ。
・・・そして、その時はやって来た。




