153話 二人目の記憶
「・・・シア・・・・・終わったのか?」
「はい、成功です。ありがとうございました、ゲン」
俺は少女の腕を放して『柩』から出た。
シアは相当疲れたみたいで、汗でびっしょりになっていた。
「今、こいつの記憶が見えた」
「はい・・・ゲンにも記憶が共有してしまったみたいですね」
「これでもう、大丈夫なのか?」
「この子は最後に安らかな気持ちになっていましたので、しばらく眠って体力が回復すれば大丈夫だと思います」
「・・・本当に、大丈夫なのか?こいつは生きる事を諦めていたぞ?」
「・・・そうですね・・・ですから、目を覚ました後にやってあげる事がたくさんあります」
シアは疲労の限界ながらもにっこりと笑った。
「他の少女も・・・同じ様なものなのか?」
「はい、ほとんどの少女が不幸な生い立ちを背負っていました」
・・・シアは・・・全ての少女のアフターケアまでやるつもりなんだな。
「ユナは・・・何がしたかったんだろうな?」
「・・・多分・・・自分の仕事をしていただけなのだと思います」
「何がユナの本質なのかわからなくなっちまった」
「それでも、多くの少女がユナさんに感謝していたのは事実みたいです」
「大方、自分の罪悪感を誤魔化すためにやっていたんでしょう」
そうか・・・ビビも少女たちの記憶を見ていたんだよな。
当然、ユナのやっていた事も知っていたはずだ。
「後で、ユナさんにも話を聞いてみる必要がありそうだね」
師匠がシアのところにやって来た。
「シアちゃん!お疲れ様。無理そうだったら途中で交代しようかと思ったんだけど、最後までやり遂げたね!」
「ありがとうございます!でも思った以上に大変でした」
「その様ですね。申し訳ありませんが、正直わたくしは、この作業はやりたくありません」
ビビは『棺』を使った治療を行う事を拒絶した。
「そうだね、無理強いはしないよ。シアちゃんも疲れたでしょう?あとは私がやるから休んでていいよ」
「いえ!大丈夫です!わたしにやらせて下さい!」
・・・シアは少女たちのために何かしたくて仕方ねえんだな。
「でも、これ以上無理をすると・・・」
魔法じゃ精神の根本的疲労までは治らねえからな。
「シア、次の第六階層まで俺が運んでやる。その間に休んどけ」
俺はシアを横抱きに抱きかかえた。
・・・いわゆるお姫様抱っこってやつだ。
「ゲン!そんな!ゲンだって疲れてるでしょ?」
「これくらい大した事ねえ。それにシアが軽すぎて筋トレにもなんねえよ」
「もうっ、ゲンったら・・・」
シアは顔を赤くしている。
「ふっ、見せつけてくれますね」
俺が歩き出すと、ビビも俺達についてきた。
「ビビは手伝わねえんじゃねえのか?」
「次の第六階層は複数の少女を治療しなくてはいけないのでしょう?わたくしが抜けると治療に時間がかかって成功率が下がりますよね?」
「ビビさんも手伝ってくるんですね」
「・・・わたくしがやらないとあなたがもっと無理しそうじゃないですか?」
「ありがとうございます!」
「あなたがお礼を言う事ではありません」
「・・・その代わり、次は・・・わたくしを運んで頂きますからね!」
ビビが、少しだけ顔を赤らめて俺に言った。
・・・何で俺がビビを運ばなきゃなんねえんだ?
「仕方ありませんね、その時は少しだけゲンを貸してあげます」
シアが笑いながらそう言った。
・・・俺は物じゃねえぞ。
そうして俺達は第六階層の聖域にたどり着いた。
第六階層の棺を使った少女は二人だ。
ちなみに少女たちは先にレン達が運んでおいてくれた。
レン達は聖域には入らずに待機している。
「では今度はわたくしがやりましょう」
ビビが名乗り出た。
「いえ、先にわたしにやらせてください」
「あなたはまだ疲れが残っているのでは?」
「ゲンに運んでもらっている間に回復しました。さっきの感覚を忘れないうちにもう一度やっておきたいんです」
「わかりました。ではお先にどうぞ」
「ありがとうございます」
俺とシアはこの階層の棺に入った少女の一人を棺の中に寝かせた。
「今度は最初から体を押える準備をしておく」
俺は少女と一緒に棺に入って少女に覆いかぶさった。
これなら少女が暴れ出してもすぐに抑える事が出来る。
「ありがとうございます。お願いします」
「ああ、いつでもいいぞ、始めてくれ」
「では始めます」
シアと少女、それに棺が光りに包まれると、シアはさっきと同じ様に、何かを呟き始めた。
今度はさっきと違って最初から俺の頭の中に少女の記憶が現れた。
さっきは、ある程度シアが修復してから見え始めたのだが、今回はまだ記憶の断片がばらばらに散らばった状態だ。
ぼやけている記憶も多い。
シアはそれを何度も並べ替えては、再びばらして、再度並び替えている。
そして、不足している個所があると、『柩』の残留思念を読み出して、その微弱な記憶を増幅して補正し、本来の鮮明な記憶として再現していたのだ。
その気の遠くなるような緻密で繊細な作業を、シアはとんでもない高速で繰り返しているのだ。
そして、次第にバラバラだった記憶が整理されて、欠損部分も次々と埋まっていったのだ。
・・・俺は魔法というのはもっと漠然としたイメージを頭の中に浮かべればそれで発動するものだと思っていた。
実際、俺が使っている魔法はそんな感じだった。
そもそも、魔法陣と詠唱が正確なら、イメージが無くても発動出来てしまうのだ。
もちろん発動後の制御となると話は別だが。
俺を含め一般的な魔法士が同時に一つの魔法しか使えないのはそのためだろう。
シアの様に同時に複数の魔法を高度に制御できる魔法士・・・つまり『魔導師』を目指すには、今シアがやっている様な、高度な思考演算が必要になるという事なのだ。
シアは、記憶の断片の並び替えを複数個所同時に行ない、更に並行して、『柩』の残留思念の復元も行なっているのだ。
多重思考とでもいえばいいのだろうか?
まるで複数人で分担して仕事をしているような状況を一人でこなしているのだ。
やがて少女の記憶のほとんどがきれいに修復された。
・・・この少女は比較的裕福な商家に生まれ、幼少期は幸福な生活を送っていた。
しかし、親が悪人に騙され、財産は没収され、両親は死罪。
少女は借金のかたに娼館に売られて何人もの男のなぶりものにされていた。
そして、人生に絶望し自ら死を決意した時にユナによって買い取られたのだ。
最初はユナの事を信用していなかったのだが、献身的なユナの態度に次第に心を開いていったのだ。
しかし、研究施設に引き渡され、この棺に入れられた時に、ユナの献身はまやかしだったと悟ったのだ。
そしてユナへの憎しみと絶望を抱えて意識が無くなっていったのだった。
「終わったのか?」
「・・・はい」
「そうか・・・色々あるんだな?」
「ええ、これまでの少女も、ユナさんへの感情は千差万別でした」
「・・・頑張ったな。シア」
「はい、ゲンもお疲れ様でした」
ユナの行動は全く一緒だったのだが、最後の瞬間にユナに対する感情は全く違っていたのだ。
同じ事をされても人によってこんなに受け取り方が違うのか・・・
・・・そして、シアは、この三日間、こんな記憶を無数に見て来たのか。
「シア、俺も疲れた、少し一緒に休もう」
俺は少女を棺から出して寝かせると、シアを抱きかかえて、少し棺から離れた場所に腰を下ろした。
「では、二人は少し休んでいて下さい。次はわたくしが治療します」
「じゃあ、私がサポートに入るね」
ビビと師匠は二人目の少女を棺に納めた。
そして治療を開始したのだろう、ビビと棺が光りに包まれていた。
「シア、少しの間眠っておこう」
俺はシアと手を繋いで横になった。
「はい、しばらくこうしていていいですか?」
そう言ってシアは俺にしがみついてきた。
・・・俺もシアの背中に手を回して抱きしめた。
「ふふっ、こうしていると安心します」
静かに閉じたシアの瞼は、少しだけ涙で濡れていた。
そしてシアは、寝息を立て始めた。
それを聞いていた俺も、次第に意識が遠のいていったのだった。




