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勇者を名のる剣聖の弟子  作者: るふと
第五章 氷雪の国
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152話 少女の記憶

「とにかく!シアちゃん、出来そうだったらやってみて!」



 師匠、無理やり話題を切り替えたな。



「はい、何とかやってみます!」



 俺とシアは少女を棺の中に寝かせた。

 そして、シアは『柩』と『巫女』の少女に意識を集中させていった。


 シアと、『柩』そして少女が光りに包まれる。



 シアは真剣な表情で何か必死に思考を巡らせている様に見える。


 棺に残った少女の記憶や感情を繋ぎ合わせて元に戻すって、一体シアは今頭の中で何をやっているのだろう?


 とにかく、話しかけてはいけない状況なのはわかる。


 シアは僅かに聞こえる程度の小さな声で、何かを早口でつぶやき続けている。


 少女の記憶の繋がりを考えているのだろうか?


 時間の流れがとても遅く感じるほどシアは高速で何かを行なっているのだ。




 そうして、とても長い時間が過ぎたかに思えるが、実際には数分が過ぎた頃に、少女が呻きだしたのだ!


 それに伴って、体を激しく身じろぎ始めた。


「ゲン!この子の体を押えて下さい!」


 押さえろと言われても、『棺』の外から出は手が届かない。


 俺は棺の中に入って少女に覆い被さる形で両手の二の腕を押さえつけた。


 体を丸めて、頭を縮め、少女の顔がシアに見える様にしてやった。


「ありがとうございます。しばらくそのままでこの子が暴れない様に押さえ続けて下さい!」


「ああ、まかせろ」




 シアは再び、高速で何かを呟き始めた。


 近くでよく聞くと、この少女の思い出の断片を読み上げながら整理しているみたいだ。


 途中途中で言葉が詰まるのは、そこで少女の記憶が途切れているからだろう。


 そして、その内容に合わせて少女が暴れようとしたり、脱力したりしているのがわかった。


 シアの記憶整理とこの少女の体が連動しているのだ。




 そうして、シアのつぶやきと少女の体から伝わる反応を感じていたら、俺にも異変が起きた。




 少女の記憶の映像が・・・俺の頭の中にも見えてきたのだ。




 最初は少女の記憶の断片の映像が、脳裏に一瞬垣間見えたような気がした。


 それが次第に頻度を増してきたのだ。



 やがてそれは連続した映像として俺の頭の中で再現されるようになっていた。




 少女の記憶は・・・ひどいものだった。



 貧しい寒村に生まれた少女は物心ついた時から親の愛情はもらえず、幼い頃からきつい仕事を言い渡され、失敗する度に親に殴られていた。


 やがて、奴隷として売り渡され、買われた先でも散々な扱いを受けてきたのだ。


 そうして、数人の買主を渡って来たが、どこに行ってもひどい扱いを受けていた様で、安らぎや幸福を感じた事など皆無の人生を歩んできた事がわかる。




 ・・・こんな記憶、本人も忘れたかったに違いない。


 しかし、シアは、これらの記憶を丁寧につなぎ合わせ再構築しているのだ。


 人の人格は、育ってきた経験や記憶から構築されるものだ。

 これらを一度正しく組み立てないと、この少女の自我は復活しないのだろう。


 シアは、それが分かっていて、この少女にこの様な辛い記憶を復元しているのだ。



 記憶と一緒に流れ込んでくるこの少女の感情は・・・絶望と諦め・・・それだけだった。

 喜びどころか、悲しみや怒りも、最初から存在していなかった。


 物心ついた時から、全てを諦めて生きてきたのだ。


 何度も自ら死ぬ事も考えたが、やがて死ぬ事さえも諦めてしまったのだ。




 そんな少女に転機が訪れた。




 ユナが目の前に現れたのだ。




 ユナは少女を高額で買い取った。


 その時の少女の主は、感情も無く無愛想で役立たずな少女を持て余していた。

 処分を考えていたところに、高額の商談が舞い込んで来たため大喜びで少女を売り渡した。


 少女にとってはいつもの事だった。


 少女を買った主は、しばらくすると少女に飽きて、売りに出すのだ。


 女性に買われたのは初めてだったが、自分の実の母親と同じ様に、散々こき使って、その後売りに出すに決まっている。


 そう思って、いたのだが・・・




 今回は違っていた。




 ユナは少女を風呂に入れ、体をきれいに洗うときれいな服を着せてくれた。

 そしておいしい食事をごちそうしてくれた。


 これからは今までの様な雑用や、嫌な主人の相手をしなくて良いのだと言われた。


 あなたは特別な人間で、これからある国に行って、その国で重要な仕事に就く事になる。

 それまでは、この様にきれいな服を着て、おいしい料理を食べて過ごしていれば良いのだと優しく言われたのだ。




 人生で初めて人から優しくしてもらった少女にとって、ユナは女神に見えたのだ。


 


 この国に着くまでの旅の間、ユナは姉の様に、母の様に、少女に寄り添い、慈しんでくれたのだ。


 この時間は少女にとってかけがいの無い幸せな思い出となった。




 そしてこの国に到着し、ユナから、例の研究施設に引き渡された。




 少女はユナから、自分はこの国の多くの人々の役にたつ、とても名誉な仕事を任されるのだと言われて、ユナと別れた。


 ユナと別れるのはさみしかったが、自分が多くの人に必要とされているのであれば、それに報いる事がユナへの恩返しになると思って受け入れた。




 研究所の人たちは、ユナと違って少女を道具としてしか見ていなかった。


 少女にとってはその方が普通の事なので、特に気にしなかった。




 やがて、何かの薬と魔法を使われて、自分の意識が遠のいてくのを感じていた。




 次に意識が目覚めたのはこの『棺』の中だった。




 何かに自分の頭の中を手掴みでひっかきまわされる様な感覚が襲ってきた!


 自分が内部からグチャグチャにされる様なひどい感覚だ。


 無理やり自分が自分でない別の何かに作り替えられていくのがわかった。


 このまま、自分は自分で無くなると悟った時、自分はユナに騙されたのではないかと気がついた。




 ・・・だが、それでもいいと思った。




 ユナと過ごした時間は本当に幸せだったのだ。


 ユナと出会わなければ、自分は幸せというものを知らずに死んでいったに違いない。




 少女は最後の瞬間に、ユナへの感謝の気持ちを抱きつつ、自分の命と意識を放棄したのだった。



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