リーフェは魔法を覚えたい
今僕は色々な問題に直面している。
まず、王女と付き合い始めた件。
次に、大規模な魔物集団を潰したことによる森林破壊の件。
そして、先ほどの件の途中で拾ってきた”か弱い女性”の件。
以上の件を片付けないといけないのだ。”か弱い女性”には僕の専属メイドとして働いてもらえるよう父に交渉しよう。問題は他の二つなんだよな...どうしよう。王女の件についてはまだ言いくるめられるものの、森林破壊については完全に言い逃れできない。しかも何やら緊急依頼として大規模な魔物集団を討伐しようとした冒険者ギルドの邪魔をしただけではなく、熱風による火傷など少々損害を受けて帰ってきたとのこと。やべぇよ、もう一週間寝たきりコースだよこれ...あの”か弱い女性”...名前ないのめんどくさいな、後でつけよ。それはともかく、なんとかして生存ルートを見出さないと...
うん、面倒なことは後回しに限る。まずは”か弱い女性”ーーいや『リーフェ』の件だ。
「と言うわけで、リーフェを僕の専属メイドとして屋敷で働かせてくれないかな?」
「レンジス...いくらなんでもな...」
まあ否定されるのもわかる。なんたって、身元不明の人なのだから。そんな人を喜んで雇ってくれるところは、リスクを承知で善意で雇っているのか、もしくは何も知らずに雇っているただのバカなのだ。父の判断は正しいと僕は思う。ただ、僕の戦闘相手となるには十分すぎる潜在能力を持っていると僕の直感が見抜いているのだ。僕の直感は昔からよく当たるのだ、バカにはできない。事実、両親もレンジスの直感によって何度も領地を危機から救っているのだ。なので戦力にもなるとレンジスの直感を折り込んで話をし、ようやく父が折れてくれた。
「わかった。まず彼女の身分証を発行する。メイドとしての仕事を覚えるのはそれからだ。今は、生活必需品などを買い揃えなさい。レンジス、お前が一緒に行って、彼女のサポートをするんだ」
父の言葉にホッとしたが、後半の部分を聞くと僕の直感がこれまでにないほど激しく警鐘を鳴らした。これまでの中で一番直感が警鐘を鳴らしていたのは、魔王と対面していた時のことである。あの時はーーってあれ?なんで俺は魔王と戦っていることを覚えているんだ?そもそも俺は魔王と戦ったことがあるのか?いや、今はそれを考えるときではない。問題は直感の警鐘だ。これはおそらく王女様の件だろう。もし見つかったら....顔から血の気が引いてくる。もはやどんな仕打ちを受けるかわかったことこの上ない。
「あの...ご主人様、大丈夫でしょうか...?」
「?ああ、問題ない。心配かけてごめんな」
顔が青くなってしまった僕の心配をするリーフェ。可愛過ぎだろ。あんな悪寒がするくらいならリーフェと付き合いたいわ。そんなことさえも考えてしまうほどに破壊力が高すぎるリーフェの笑顔。こればかりは冗談抜きで、本当に言わせてもらいたい。
”守りたい、この笑顔。”
さて、今は服を買っているところである。女性の服については僕と仲がいい使用人を連れてきて、リーフェの服を選んでもらっている。なんだか嫌な予感がするが気のせいだろう。ん?買い物に参加しろだって?男の僕がどうやって女性の服を選ぶってんだい?しかも選ぶ相手は天使スマイルでこの店に来るまでの人全てのハートを撃ち抜いたあのリーフェだ。無理があるだろう。適材適所ってやつだよ諸君。女性が『どっちがいい?』なんて言う恐ろしい質問をした時は、『どっちも似合っているよ』と言うんだ。出ないと待つは破滅の道だけなんだ。覚えていてくれ初デートを控えている、または非リアたちよ。これは僕からの忠告である。
6時間後。ようやく買い物が終わった。もう歩く気力なんてない。いやはや女子の買い物、恐るべし。王女様の時も経験したが、やはり女子の買い物というのは長い。しかもやたらと僕に『どっちが似合う?』とか『どっちが綺麗?』とか男にとって地獄の質問をしてくる。身体精神共に疲弊しきっており、動けと言われても不可能である。やろうと思えば魔法を使って帰宅することもできるのだが、そんな些事も今となっては無理である。公園のベンチで横たわって休んでいるのだが、リーフェが近づいてくると、僕にものすごい提案をする。
「あの....ご主人様...膝枕、いたしましょうか?」
「是非にお願いいたします」
二つ返事で了承した僕も僕である。
っと、リーフェの膝枕の前に日課をやっておかないとな。
「世界停止...よし!これでおっけ!」
「あの、何がよろしいのでしょうか、ご主人様...」
!!??
は?!世界停止の効果を受けないなんて魔王以来だぞ?!ん?なんで魔王...いやいや今はそんなことじゃない。なんでリーフェが普通に動けるんだ?!
ーー補足程度に説明しておこう。世界停止とは、時魔法では最上位段階のものとなる。前回、魔法の段階については説明したが、最高は十五段階、そこから上は最上位魔法にさらに威力や効果、バフやデバフなどが上乗せされて繰り出される。そして、自分が扱える魔法の段階より上の段階だと、抵抗できない。レンジスが繰り出す世界停止は五十段階、つまり常人では抵抗すらもできずに魔法に巻き込まれるはずなのだ。ーー
さまざまな理由がレンジスの頭を行き交ったが、どれも証明する証拠、可能性がゼロに等しいとして破棄され、最後の一つとして残った案が...
『彼女の扱える魔法段階は俺と同じか、それとも上をいく』
というものだった。
普通、自分が扱える魔法の段階より上の段階だと抵抗できずに食らうと言った。しかし、例外がある。とある逸話には、こう記されている。
『魔王の手により一度は死にかけたが、死の淵より生還した少年が、魔王の空間魔法の干渉を抵抗し、魔王の手から逃れ無事自分の村へと帰った』
と。
つまり、扱えなくとも力が既に目覚めていれば、自分の扱える段階よりも上であっても、潜在的に目覚めている力よりも魔法段階が下であれば、抵抗は可能となる。
その逸話を知っていたレンジスは、驚愕と共に胸から何か込み上げるものを感じていた
(もしかしたらリーフェは俺の実力に匹敵、いや上回るかもしれない...!)
そう思うと、いつかその日がきた時は是非とも戦ってみたいと思ってしまうのが彼の性なのである。
「リーフェ、落ち着いて聞いてくれるかい?」
「?分かりました、ご主人様...」
ご主人様が深刻な表情をするのでもしかすると捨てられるかもしれないと恐れるリーフェ。しかし、帰ってくる言葉は想像の斜め上、いやもう物理法則で測るのがおかしな方向の言葉だった。
「リーフェ、君は相当な魔法使いの素質がある」
リーフェはその言葉を聞いてドキッとした。魔法を使える?私が?しかも相当な素質?彼女の頭は多量の情報の処理により、オーバーヒート寸前だった。しかし、その瞬間に思い出すのが、幼少期の記憶。
「ねぇ、ーーー、私たちずっと親友だからね!」
「ええ、ーーーー。私もだからね!ーーー!」
「うん、ーーー、ーーーー!ずっと一緒だよ!」
ーーーそんな平和な思い出。だが次の瞬間、あたりが血の海に変わる。そしてまた、記憶。
「父さん!母さん!どこなの?!」
「ねぇーーー!返事してよ!」
「ーーーー!私たちずっと一緒じゃないの?!」
両親、そして2人の親友を探す1人の少女。そして見つけたのはーーー
「ああああああああぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!」
「いやぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「どうした?!っ、いや今はそうじゃない。カーチェス!医者を呼んでくれ!リーフェが目を覚ました!」
「っ!はい、ただいま!」
「....?ここはどこですか?」
「ここは僕の部屋だよ、リーフェ。覚えてない?」
「...あの日から、何日経ったのかよく分かりません...」
「リーフェが発狂して倒れてから、3日だよ」
3日という言葉を聞いた瞬間、リーフェは謝ろうとする。3日も寝ていたのだ、ご主人様は相当怒っていらっしゃるに違いない。
「...っ!ももっ申し訳...」
「リーフェ!」
「ふぇっ?!」
しかしレンジスの対応は怒っているのではなく、心配してくれていたのだ。奴隷であるこの私を。瞬間、彼女の心に燃える何かができた。そして、何かが吹っ切れたような気がした。
「リーフェ!君が無事でよかった...!」
「い、いえ...ご心配をおかけして申し訳ございません、ご主人様...」
「あーもう!リーフェ!今度から僕をご主人様と呼ぶのは禁止!」
「ふぇっ!?」
「次からは、僕をレンジスと呼ぶこと!守らなかったらくすぐりの刑だよ!」
「私ごときが、ご主人様の名前を呼ぶだなんて...」
「あっ今ご主人様と呼んだ!くすぐりの刑執行!」
「あっ」
その後はなんとも、罪悪感を生んでしまう笑い方をするリーフェを僕は気まずいながらもくすぐり続けた。くすぐりの刑を執行し終えてしばらくした後...
「リーフェ、今後自分を奴隷のように扱うのは禁止ね」
「え?!」
「そして僕とはタメ口で話すこと!」
「!!??」
「異論は許さないよ!」
「わ、分かりました...」
「やっぱり口癖は直らないか...そうだ。リーフェ、こっちにきてくれる?」
「分かりました...」
リーフェをベランダに連れてきて、領都リーズ、その奥に見える雄大な自然を見せた。僕は見慣れているが、リーフェは初めて見るのだろうか、感傷に浸っていた。
「綺麗...」
「お、やっとタメ口で話してくれた」
「あ!えっと、その...」
多分僕の名前を呼ぼうとしてくれているのだろう。呼んでくれるまでゆっくりと待つ。そして彼女の口が開き、小声で、「レンジス...」と呼ぶ。いや照れてる顔も可愛いな!可愛すぎだよもう!こっちが顔が赤くなりそうだよ!しかし、ちゃんとタメ口で話してくれるのは、もう少し慣れてからになりそうだ。しかし、僕の魔法に抵抗する彼女は相当強くなりそうだ。こりゃメイド修行の片手間で僕が魔法を教えるしかないよね!うん!
「やっと名前を呼んでくれたね、リーフェ」
「や...その...私...」
「わかってる。ゆっくり慣れていけばいい。これからもよろしくな!リーフェ」
「は...はいぃぃ...」
その言葉を皮切りにリーフェは僕の胸に顔を埋め、今まで溜めていた感情を吐き出していた。そんなリーフェを僕は優しく頭を撫で、彼女を労った。
その間医者はというと、僕とリーフェが熱くなっている時に来たので言うにも言い出せず、ただ呆然と立ち尽くし血涙を流していた。そんな医者に気付いたのはリーフェが泣きつかれて眠り、ベッドに寝かせようとした時である。
カーチェスはちゃっかり僕とリーフェの熱い言葉をメモしてやがった。あの使用人何してんだよ。
「精神はだいぶ安定しているようですね。これならもう動いても大丈夫です」
そう診断が下されたのは翌日の朝だった。いやはや、昨日は眠れなかった。自分のベッドに運んだはいいものの、ずっと僕の服の裾を摘んだままだったのだ。だから一緒に寝ざるを得なかったのだが、年頃の女性と2人きりで寝るのだ。しかも相手は無防備。理性との戦いは苛烈を極めた。
「そうですか。ありがとうございます」
こうしてリーフェの精神はレンジスという拠り所を得たのだった。
その日の昼、昼食を食べた後、世界停止を使い世界の時の進みを止めた。これは母対策である。さすがの母も七十段階の時魔法には抵抗できなかったようなのだ。なので屋敷の庭で魔法を研究する時は、必ず七十段階の世界停止を使うのだ。だが、リーフェは僕の予想通りビンビンしている。どうやら潜在能力は七十段階よりも上のようだ。これは鍛えがいがありそうだ。
「リーフェ、前言ったが君には相当な魔法の素質がある。それも僕以上のね」
「そ、そうなんですか?」
あの件が効いたのか、だいぶ砕けた話し方をしてくれるようになったな、嬉しい。
「そうだよ。だから、僕と一緒に僕が毎日やってる日課をやってもらおうと思ってね」
「日課、ですか?」
「そう。これは簡単だよ」
しかし、その前に重要なことを聞かなければならない。
「リーフェは、魔法を使ったことがある?」
そう、魔法は使う以前に体の中にある『魔力』と言うものを感じなければ意味がない。
「使ったことは、ないです...」
やはりか、だとしたら、まずは...
「じゃあ、魔力を感じるところから始めようか、おでこ出してくれる?」
「こ、こうですか...ひゃっ?!」
「驚かない、驚かなーい...」
「ひゃ、ひゃわわわわ...」
勘違いされる前に言っておくが、他意はない。これも彼女が魔法を使えるようになるためだ。
「落ち着いて、リーフェ。おでこから何か熱いものが流れてこない?」
「...?そういえば、何か熱いものが流れてきます...」
「そう。それが『魔力』。これを扱えないと、そもそも魔法が使えないんだ」
「そ、そうなんですね...」
「だからまずリーフェには、魔力を体の中で循環できるようにしてもらおう!」
「?ど、どうやってですか...?」
「まず、体内にある魔力を感じる。そして、その塊を血液のように体内に循環させるんだ」
「わ、わかりました、やってみる」
こうして、レンジス指導のもと、リーフェの魔法特訓が始まったのだった。
長くなったり短くなったり申し訳ない。
ただ、物語は順調に進んでいます。
更新日にまた会いましょう。