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恋人検定に合格しないと長谷川さんとは付き合えないらしい。因みに俺は、満点で合格しました

作者: 墨江夢

 長谷川菜乃花(はせがわなのか)、16歳。私立春ヶ崎高校に通う女子高生だ。

 所属クラスは2年D組で、出席番号は22番。クラスの中心人物としてのポジションを有しており、男女問わず人気が高い。


 容姿は非常に整っていて、色白の肌や艶のある長い黒髪は男心をくすぐる。

 スタイルも悪くない。細身が故に凹凸が強調された体躯は、しばしば男子の視線を集めるのだった。


 勉学に関しては、言うことがない。

 長谷川は学年首席だ。全国模試でも、常に上位にその名を連ねている。

 かつては苦手科目だった国語も、授業が終わるたびに担当教師のところへ質問をしに行き、わからない箇所を都度解決していくことで、苦手意識を克服していく。

 高二の冬となった今では、苦手だった国語が得意科目に一転している。


 運動神経も抜群だ。

 体育祭では春ヶ崎高校の陸上部のエースを徒競走で負かしているし、球技大会のサッカーではハットトリックを達成した。


 うわついた話がないというのも、長谷川の高評価に繋がっている。「勉強が恋人」とでも言うかのように、告白してくる男子を軒並みフっているそうだ。


 以上は俺・吉祥寺晃太(きちじょうじこうた)の知り得る長谷川菜乃花という人物に関する情報なのだが、しかしながら、今述べたものは俺の知る長谷川の情報の一端に過ぎない。

 俺はこの半年長谷川のことを徹底的に調べ上げており、今ではノート2冊がびっしり埋まる程の情報量を有している。


 ではなぜ、俺がこんなストーカースレスレの行為に及んでいるのか? その理由は、長谷川のある宣言にあった。

 数多の男子生徒からの告白に嫌気がさした長谷川は、ある日こんなことを言い出したのだ。


「私のことをよく知りもしないで「付き合ってくれ」とか、信じられない! 少なくとも長谷川菜乃花についての全てを詰め込んだ試験、『恋人検定』に合格してから告白してきなさいよ!」


 そんなことを言われたら、だったら長谷川のことを隅から隅まで調べ上げてやろうという気になるってわけさ。


 好きな日本史なら何時間でも休憩なしで試験勉強が出来るくらい、集中力には自信がある。

 誤解のないよう念の為に言っておくが、数学や英語といった苦手科目は無理だぞ? 5分と保たず寝落ちする。


 つまり異常なまでの集中力と積極性を発揮するのは、好きなものだからなのであって。勿論それは「好きな物」だけでなく「好きな者」にも適用される。

 俺が惚れている長谷川のことを調べ尽くすのなんて当たり前のことであり、そこには何の苦労もないのだ。


 万全を期して受験した『恋人検定』。結果はというと……半年の努力が実を結び、文句なしで満点合格。俺は晴れて、「誰よりも長谷川のことを知っている男」という名誉ある称号を得ることが出来たのだった。





 俺は長谷川のことをよく知っている。合格率が宅建のそれを下回ると専ら噂の『恋人検定』に満点で合格したのだから、自信を持ってそう豪語することが出来よう。

 しかし長谷川のことを全て知っているわけではない。

 長谷川の偏差値もスリーサイズも、生まれた時の体重まで把握しているわけだが、そんな俺を彼女がどう思っているのかまでは皆目見当がつかなかった。


 ……普通に考えたら俺みたいなストーカー予備軍、好きになんてならないよな? 気持ち悪いと思うよな?

 下手をすれば生徒指導室行き。最悪交番でお巡りさんと緊急二者面談だ。


『恋人検定』に合格して長谷川の彼氏になり得る最低条件をクリアしたものの、肝心の告白する勇気が俺にはなかった。


 長谷川に好きだと伝えたい。だけど彼女の前に立つと、緊張してとてもじゃないが告白なんて出来ない。

 チキンな俺が一人心の中で葛藤している間も、『恋人検定』の合格者は増えていく。

 そしてとうとう、俺に匹敵するレベルのストーカー予備軍が現れた。

 しかも驚くことに、そのストーカー予備軍とは、俺の親友だった。


「聞いてくれよ、晃太。僕もようやく『恋人検定』に合格したんだよ。しかも90点で」

「あの難解な試験で90点を取るなんて、凄いじゃないか。まぁ俺は満点だったけど」

「うわぁ、すごい嫌味。だけど晃太は満点を取っても、告白する気がないんだろう?」

「それは……」


 告白する気がないんじゃない。告白する勇気がないだけだ。なんて、そんなの同じことだよな。


「僕はさ、長谷川さんに告白するよ」


 ヘタレな俺とは違い、親友は顔も行動もイケメンだ。『恋人検定』に合格したその日の内に、彼は長谷川に告白すると誓う。


「告白って……もっと時間を置いて、覚悟を決めてからにした方が良いんじゃないか?」

「時間を置いたら、どっかのヘタレみたいにいつまでもズルズル引きずることになるじゃないか。こういうのは、勢いが大切なのさ」


 ……ハハハ。言ってくれる。


「良いよね?」と問われるも、俺に「ダメ」と言う資格はない。

 親友の恋が成就して欲しい気持ちが3割。長谷川に彼氏が出来て欲しくない気持ちが7割。

 悪いがその恋だけは、応援出来ないぞ。





 放課後。

 告白予定の親友を置いて下校しようとする俺に、長谷川が話しかけてきた。


「吉祥寺くんは帰るの? これからアルバイトかしら?」

「まぁな」

「確かファミレスのホール担当だったわよね? 接客なんて、私には到底無理だわ」

「いやいや。お前のその完璧すぎる外面なら、接客なんてわけないだろ? よっ、学校一の猫かぶり!」

「何ですって? よく聞こえなかったんだけど?」


 それ絶対聞こえている奴のセリフじゃん。怖いから、もう二度と猫かぶりとは言いません。


「冗談はさておき、長谷川が接客に向いていると思うのは本当だぞ?」

「ふーん。その心は?」

「だってお前、人と会話するのが苦手かもしれないけど、嫌いじゃないだろ?」

「それは……確かに、その通りね」

「休み時間も友達とお喋りを楽しんでいるし、中学の頃なんて会話の中心だったんだろ? そんな人間が接客に向いていないわけねーよ」

「……流石は『恋人検定』を満点で合格した男。よく理解しているわね」


 あれ? もしかして俺、喋りすぎちゃった?

 表面上の賞賛の中には、俺に対する嫌悪感も含まれているのではないかと心配になった。


「ところで吉祥寺くん、私に何か言うことはないかしら?」

「言うこと? えーと……また明日?」

「えぇ、そうね。また明日会いましょう。さようなら!」 


 なぜか早口かつ怒りながらこの場を去っていく長谷川。

 機嫌が悪いみたいだが、それももう少しの辛抱だろう。あと小一時間もすれば、彼女もリア充の仲間入り。最高の幸福を味わうことになる筈だ。


 だってあんな魅力的な男に告白されるんだぞ? 普通の女の子なら、即OKするって。

 無論、俺にとっては本意ではないけれど。


 しかしそんな俺の予想は見事に外れる。

 一時間後、親友から送られてきたメッセージには、「玉砕」の二文字が書かれていた。


「玉砕って……フラれたってことか? 一体どうして?」

「僕が長谷川さんのことをよく知っていても、長谷川が僕のことをあまり知らないかららしいよ。相手のことをろくに知らないで付き合うなんてあり得ないっていうのは、彼女自身にも言えることだったんだね」


『恋人検定』に合格しても、勇気を出して告白しても、長谷川に好きになって貰わなければ恋は愛に変わらない。

 恋愛とは、なんとも難儀なものだろうか。





 その日の夜。俺は自室のベッドで寝転がりながら、長谷川の恋愛観について考えていた。


 好きならば、その相手のことを徹底的に調べ上げるべきだ。そう考えている長谷川が、親友のことを大して知らなかった。

 それは長谷川が彼に興味がない何よりの証明で。


 だったら長谷川は、俺のことをどのくらい知っているのだろうか? それがわかれば、彼女の俺に対する好感度も自ずと判明する筈だ。


 親友に触発されたわけじゃないけれど、この際俺も長谷川に思いの丈を伝えてみるとしよう。告白は勢いが大切なのだ。


 長谷川の連絡先なら知っている。ストーカー予備軍ナメるなよ。


 俺が電話をかけると、2コール目で長谷川は出た。


『もしもし、吉祥寺くんかしら?』

「あぁ。突然電話して悪いな」


 と、何気なく会話してみるも、よく考えたら今のっておかしくないか?

 俺は長谷川と連絡先を交換した覚えがない。あくまで俺が勝手に彼女の連絡先を入手して、一方的に電話しているだけだ。

 だから長谷川のスマホの画面に映し出されているのは、未登録の番号である筈で。開口一番俺の名前が出るわけがないのだ。


『吉祥寺くん? どうかしたの?』

「どうかしたのっていうか……何で俺からの電話だってわかったんだ?」

『私はね、結構好き嫌いが激しいタイプなの。興味のないものに対しては何も知ろうとしないし、好きなものに対してはとことん知りたくなる。だから彼のことはあまり知らないし、逆に――あなたのことは、何でも知っている』


 言われてみれば、長谷川は俺の電話番号だけでなく、アルバイト先まで知っていた。他人に興味がないと言っているくせに、俺のことを知りすぎている。


「……ストーカーが」

「あなたにだけは絶対に言われたくないわね」

「ていうかお前、俺のこと好きすぎだろ?」

「あなたこそ、私のこと大好きなんでしょ?」

「あぁ、そうだよ。大好きだよ」


 だから『恋人検定』で満点なんていう点数を叩き出せたのだ。


 半年かけてもわからなかった、長谷川の俺に対する気持ち。ようやく判明したその気持ちは、俺の理想通りのものだった。

 

 俺は世界中の誰よりも長谷川のことを知っている。そんな俺でも、この先もっと彼女について知りたくなるだろう。

 別に、それで良い。知りたいことがあるならば、臆さず聞いてみれば良いのだ。

 

 同時に俺のことも、もっともっと知って貰おう。そうして愛を育むのが、真のカップルの形ではないだろうか?


 取り急ぎ長谷川には、俺がどれだけ彼女に惚れているのか嫌というほど知って貰うとしようかな。


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