雨の日の音楽室~Switch~
ボーイズラブです。
苦手な方はご注意ください。
「し、失礼します……」
そっと僕は古い扉を開けると、微笑んでいる彼がグランドピアノの椅子に座っていた。
「そんな所に隠れてないで、おいで」
彼はそう云いながら、僕に彼の後ろに有るイスを勧めた。
「はい」
僕は、椅子に腰をかける。
ぎこちなく座っている僕に彼は、くすっと笑って見せた。
「そんなに緊張しないでよ。毎日来てるんだからさぁ……ね?」
僕の緊張を解くように、彼は僕の頭を撫でる。
だが、其の仕草は僕にとって落ちつかせてくれないものだった。
……ドクドクドク。
心拍数が速くなっているのは気のせいだろうか?
「はい、すみません」
緊張しながらも僕はしゅんと下を向くと、彼はさっきよりも優しく僕の頭に手をのせてきた。
ドク──……
若しかして此れは病気なのだろうか?
そんな心配が頭によぎるが、彼の言葉で心配は何処かへと消えてしまう。
「木下君はいい子だね」
「そっそんなことないですっ」
今の言葉褒められているのかよく分からない。
だけど、僕はとても嬉しくて、そして唯恥ずかしくて……顔を見られなくて顔の前で手を大きく振った。
僕は毎日この音楽室に来ていた。
彼の日、彼の出来事があってから……。
* * *
偶然僕がリコーダーを忘れたので、音楽室へ行ったときだった。
階段を上っている途中、雨が降っていただけど、音楽室に行くにつれてピアノのくぐもった音が聞こえて……其れが迚も楽しそうな音に聞こえたんだ。
其の楽しそうな音を奏でていたのが彼だったのだ。
「彼のぉ……また此処に来てもいいですか?」
彼は驚いたように、目を見開く。気まずいと彼は僕から目を逸らした。
───いけなかったのだろうか?
僕は目線を床に向け、黙っていた。
聞くのが怖かったのだ。断られるのが恐ろしかった。だが、
「……いいよ。又来てよ。この雨の日の音楽室に」
彼は雨の降っている外を見ながら僕に言った。本当に良いのか彼と目が合わないので、分からないけど、断られなかったと安心する。
「ありがとうございます」
失礼しますと、一礼して音楽室から出ようとした時だ。
「?」
突然後ろから抱き締められた。
えぇ?何が起こっているんだ?と、後ろを振り向くと、彼は複雑の笑みを僕に向けていた。
「また、絶対来るんだよ」
彼は少し抱きしめていた力を緩めた。僕は体ごと彼に向き合う。
「約束」
そう言って彼は、僕に小指を差し出してきた。
戸惑いながらも、「はいっ」と頷く。
ゆっくりと彼の小指と僕の小指を絡める。
彼が僕を待っていると思うと嬉しくて、ドキドキしてきた。
其の気持ちが何なのか未だよく分からないけど、きっと何時か分かる時が来ると───
僕は微笑んだ。
* * *
「木下君、今日は何の曲が聴きたい?」
彼は、分厚い楽譜をペラペラと捲りながら、僕に何れがいいかと訊いてくる。
「えっえっと……」
僕が迷っていると彼は、楽譜を僕の持たせて、彼は何も見ないで曲を弾き始めた。静かなゆったりとした主旋律が流れていて聞き惚れてしまうこの曲。
彼が弾いている曲は、「パッヘルベルのカノン」。僕の大好きな曲だ。
初めて彼が此の曲を弾いてくれた時には、思わず涙が出てしまうほど感動した。彼と出会った時の「雨の日の噴水」もそうだけど、流れていく様な自然な曲が僕は好むらしい。
聴いていると、突然僕の肩に手が触れてピクッと驚いて、体が跳ねた。何時の間にか彼の手は止まっており、勿論曲も流れていなかった。
「木下君はこの曲が本当に好きなんだね」
「はい。春陽先輩が弾いている曲はどれも好きです」
「そう?有難う」
彼──横内春陽先輩は、一寸恥ずかしそうに笑った。
実は春陽先輩は照れ屋なのだなと最近知った。笑った顔がうっすら赤く染まるのだ。
ほぼ毎日一緒に居るのだから知らない顔を知るのだろうけど、其れが嬉しくも悲しくもあった。
僕だけが知ってる、僕だけが知らなかった。
二つの想いが交差する。
「先輩は、なんでピアノを始めたんですか?」
だから僕は問いかける。
先輩を知りたいんだ。
先輩の事を僕だけが知っているという優越感を得たいわけではない。
そう意味じゃなくて、言葉に出来ない様なこの感情をただ知りたかった。
「うん?なんでってまぁ成り行きかな?母親がピアノの先生なんだ」
「そっそうなんですか……」
「うん、母が弾いてたのを小さい頃から聴いてるからかなぁ……僕も弾きたくなっちゃって」
ピアノに触れた時の優しいひんやり感がとても気に入って……と春陽先輩は楽しそうに昔話をする。
ピアノ発表会で緊張して暗譜していた曲が頭の中からスポーン抜けてしまったとか、試験では音が気に入らなくて自分で調律したとか。
楽しく楽しくて、僕は春陽先輩の話聞くばかり。其れに焦れたのか春陽先輩は僕のことを何でも質問してくるようになった。
「木下君、そう言えば下の名前なんて云うの?」
「えっ?あぁ……菜緒です。女っぽい名前で僕は嫌いなんですけどね」
自嘲気味に云うと、春陽先輩はそんなことないとばかりに大きく首に横に振る。
「菜緒って好いい名前だと思うけど、僕、好きだよ?」
「えぇ?……あっはい、有難うございます」
変な意味に捉えそうになって僕は自分を窘める。
───好きだよ?
其の言葉がまるで……恋人の様な、告白された様な気がしたから……
「じゃあ?菜緒君は僕のこと好き?」
「えぇ……はい、好きです」
「そう。じゃあいいよね?」
「えっ?」
そっと近づいてきた春陽先輩の顔が、唇が……僕の唇に触れた。
「せっ先輩!?」
驚いた僕は先輩を押しのけた。だが先輩は平然といた顔で僕を見ていた。
「僕が好きって意味はこういう意味……菜緒君は僕のこと好き?」
あまりに真剣な瞳に僕は暫く口を閉じる事も言葉を発する事も出来なかった。
其れと同時に僕の心の中の”何か”が動き出した。
───此れは、外は薄暗い雲が見え、ポツリポツリ雨が降り始めた頃の出来事だった。
お久しぶりです。彩瀬姫です。
検定やテストで忙しくて全く更新してませんでした。
今回は雨の日の音楽室の続編です。
一応前の話を見なくても分かるように書いたつもりですがどうでしょうか?
久しぶりに書いたので前に書いた漢字が、今回は漢字に変換されていない箇所があるかもしれません。
有りましたら、指摘してくださると嬉しいです。
サブタイトル「Switch」は僕である菜緒のスイッチを入れたということでつけました。
”何かのスイッチ”については多分分かってる人が多いと思いますが…。
いつになるか分かりませんが、また雨の日の音楽室書けるといいなと思っています。
読んでくださって、有難うございます。