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遠想  作者: 彩瀬姫
3/7

雨の日の音楽室

ラブとまでいきませんが、「ボーイズラブ」要素があるので、苦手な方はご注意してください。

 うわぁーー……。音楽室にリコーダー忘れたぁ……。


 明日、リコーダーのテストがあるから、家に持って帰ろうとしたら探してもなかったのだ。今日授業で使ったのを思い出し、三階にある音楽室へ歩いていた。

 雨、すごい降ってるなぁ……。

 窓の外を見てみると、雨が降っていた。風も吹いていて、夏でも少し肌寒い。


 僕は雨が嫌いだ。ジメジメしていて、何故か僕を憂鬱な気持ちにさせるから。雨のザァーと言う音は雑音にしか聞こえないし、時にその音は僕を惨めにするから。

 音楽も同じだ。僕には雑音にしか聞こえない。豊かな気持ちなんかならない。苦手な意識がある僕にとって音楽は苦でしかない。


 音楽室に近づくにつれ、雨以外の音が聞こえた。

 くぐもった音。

 れは何の音だろう?

 音楽室の前に着き、僕は恐る恐るドアを開けてみた。すると優しく軽やかな、そして楽しそうな音が聞こえてきた。


 ―――ピアノの音?


 音楽室の真ん中にあるピアノを弾いているのは綺麗な男の人。

 ピアノの音っていうか、ピアノと一緒に歌っているみたいだ。


 しばらく聞いていた。

 彼は僕の視線に気付いたのか、ピアノを弾いていた手を止め、此方に振り向いた。

 僕の存在に気付いた瞬間、顔を真っ赤に染めた。まるで夕陽の様。其の顔を見た僕の方が恥ずかしくなってしまって、彼に問いかける声が変に上擦ってしまった。


「あっ、あの……すみません。リコーダー、ピアノの近くに有りませんでしたか?」

「えっ……と、一寸ちょっと待ってて」


 彼はピアノの周りを見渡した。


「もしかしてこれかな?」


 彼の手に握られていたのは僕のリコーダー。


「はいっ其れです。有難う御座います」


 そう云って帰らない僕を、彼は不思議そうに見ている。

 帰りたくなくなったのだ。さっきのピアノの音が名残惜しくて……。


「あのっ!今弾いていた曲、何て云う曲名なんですか?」


 彼は一瞬驚いた顔をしていたがその後、すぐに微笑んだ。


「此の曲はギロックの『雨の日の噴水』綺麗な曲だろう」


 彼はまた、ピアノを弾き始めた。

 最初は小雨でポツポツ降っている感じがした。段々聴いていると緩やかな流れが速くなっていく。 

 

 何でだろう……。

 其の流れが僕の中にまで流れて行く。伝わってくる。

 ザァーとした感じが嫌いだったのに、其の音は不快なものでは無い。なんとも不思議な感じだ。


「君、音楽は好きかい?」

 

 突然の彼からの質問。

 僕は首を横に振った。

 

「じゃあ君は、音楽が嫌いかい?」

 

 其の質問にも僕は首を振った。

 嫌いなはずなのに、嫌いだったはずなのに……。何時の間に僕は音楽を嫌なものだと感じなくなった。雨もそうだ、不快に感じなくなった。

 彼はうっすら笑った。其の笑みはとても嬉しそうだ。


「弾いてみる?ピアノ」


 僕は慌てて断る。


「無理……無理です!!僕、音楽苦手だし下手だし……其れにみんな嗤うから。絶対に」


 怖かったのだ。音楽が、雨が。だって音楽は僕をわらい物にするから。

 僕が歌を歌えば皆、嘲笑う。僕がリコーダーを吹けば皆、僕の方に唾を吐く。

 何がいけないんだろうって考えてみた。

 でも、何も頭に浮かばなくて………僕はただただ一人で泣くことしか出来なかった。そんな時にばかり雨は降っていて、僕を余計に空しくさせる。


「嗤わないよ。そんな風に君を」


 何時の間に、彼はピアノを弾いていた手を止め、僕の前に立っていた。

 彼の目にはとても強い意志の様なものが秘められていた。


「音楽は怖くない。大丈夫」


 彼の勢いに押されて、うん……と自信なさげに僕は頷いた。

「一寸来て」と連れて来られたのはピアノの前。


「ここ押してみて」


 僕は躊躇いながらもゆっくり人差指で、鍵盤を押してみる。


 ポーーーーーーン


 音が出た。たった一つの音だけなのに、何故か涙が落ちてきそうだ。

 僕にもこんなに綺麗な音が出せるのかと。僕にもこんなに心に響く音が出せるのかと。


「いい音だろ?」

「はい……」


 彼は僕に諭す様に、静かに語り始めた。


「ピアノは誰にでも出来る訳では無い。楽器って云うモノは人の感情を表す道具……って云いかたは僕は好きじゃないけど、人の感情を表す『鏡』だから。きっと今の君の気持ちが其処そこに表れたんだよ。君の『こころ』がね」


 彼は最後の言葉を強調して云った。

 僕のこころ……?

 そう訊くと、彼は大きく頷く。


「そう。君の『こころ』。その音は僕には出せないし、君以外誰一人出せる者は居ない」


 僕の音。僕自身の音。それは誰にも出せないし、僕だけのものだ。

 他人の評価を気にするなとは言わないが、他人の評価ばかりを気にしているのはいけない。僕が納得する、自分の音が出せれば其れで良いと思う。

 僕が、僕自身の音を信じていなければ、決して良いと音は出ない。僕自身が僕を信じていなければ、僕を否定していることと同じだと今、気付かされた。

 僕の嫌いだった音楽に。僕の嫌いだった雨に。


「たとえ誰かが君の音を嗤ったとしても、きっと今降っている雨が嫌な事全部流してくれるよ」

「そうですね」

 

 僕は窓の外を見ながらそっと微笑んだ。

 また音楽室に来よう。雨が降っている時の、この音楽室に。きっと嫌な事を、「音楽」が「雨」が全部流してくれるから……。


 そして……彼のピアノを聴く為に。彼に会いに行く為に……。

 僕は「雨の日の音楽室」に来るのだろう。




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