第一話 飛行機
いつかどこかで君がこの小説を読んで、懐かしんでもらえたらと思う。
どうやら「ぶきよう」な俺にはこんな告白しかできないみたいだ。
俺は今、空の上にいる。
大阪伊丹空港発、長崎空港行きの飛行機の中だ。
残念ながら、憧れの飛行機で、少年心を踊らせる余裕はない。
今は大学受験の帰り。
正直、試験の感触は悪い。この俺が落ちてしまうのか。
頼む受かっていてくれ……。
天に祈るような気持ちで、空を飛んでいる
「皆様、ただ今長崎空港に到着しました」
機内アナウンスが流れて飛行機から降りる準備を始めていると
機体の後部座席の方から、荷物を持った人たちがゾロゾロと通路を歩いていく。
すると後ろからよく知った声が僕の名前を呼んだ。
「加賀美くん! 」
俺の名前、加賀美 俊太の苗字を呼んだのは、
同じ高校に通う夢咲 澪だ。
「おぉ、夢咲さん! 」
俺はその声に応える
夢咲さんは俺と同じ大学を受験していたから、帰りが同じ飛行機になることは不自然ではない。
声の方を見上げると、俺の目に写ったのは
いつもの夢咲さんではなかった。
髪をおろしている、黒のワンピースを着た姿が
髪を結んだ、制服姿しか見たことのない俺には
新鮮で、妙に魅力的に感じた。
あまりに嬉しそうに笑顔で手を振ってくるものだから
俺もつい、試験の憂鬱を隠しながら
少し照れたような笑顔で手を振り返した。
それからは特に会話もなく
通路を進んでいく夢咲さんを
後ろからただ見つめるだけ。
飛行機から降りて空港を出ると
近くの駐車場に母が迎えにきていた。
「お疲れ様、受験どうだった?」
「まあ、よくわからんな」
「あの子誰? あんたに手を振ってるけど……」
道の向かい側を歩く夢咲さんが俺に手を振っていた。
「あの子が夢咲さんだよ。ほら……同じ大学受けるって言ってた……」
「あの子が夢咲さん! ? 」
この母の驚きには少々理由がある。俺の受けた大学は
自分で言うのもなんだが、結構な難関大学だ。
長崎の自称進学校に通っている俺と夢咲さんは
学校の中で常に5本の指に入るくらいの成績をとっている。
地元の短大卒の俺の母は、賢い大学に行く女子が
全員地味なメガネ女子とでも思っているのだろう。
まあ俺も、母の言うことが全くわからないわけではない。
夢咲さんは確かに、ガリ勉とは思えない程に愛想が良い。
「可愛い子ね」
母は嬉しそうに俺に言う。
母の運転する車に乗って家に帰りながら
さっきのことを考えていた。
いつにも増して夢咲さんが可愛いかったことは間違いない。
それでも俺は女子を好きになることはないという
確固たる自信がある。
というのも俺が高校でトップクラスの成績を取り続けた要因は
高校三年間、一切恋愛を断ち、女子にうつつを抜かさなかったことに間違いない。
恋愛なんぞ勉強に勤しむ学徒にはもってのほか!
そんな意識で高校生活を走り抜けた。
そんな俺とあろうことが、さっきの夢咲さんが頭から離れない。
しかし、まだ別の大学の試験は残っている。
ここで気を抜けば今までの努力が水の泡だ。
夢咲さんの姿を必死に頭から追い出そうとしながら
車の窓から真っ暗になった外を眺めた。
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