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僕が僕であるために-3

 6時間目の音楽が終わり、ばらばらと生徒たちが散っていった。その中で、千津子は授業の終わりのころから、窓の向こう、テニスコートの反対側に立っている男のシルエットに目を奪われていた。

「どうしたの、チーコ」

隣にいた石川優子が声を掛けると、千津子ははっと顔を優子に向け、そして、

「ねぇ、あれ」と言いながら、男を指さした。優子は珍しいものでもあるのかと、覗き込んだが、千津子が何を指し示しているのかわからず、もう一度千津子の顔を見た。千津子は、ほら、あの人、と言いながら、また指さした。今度は優子も千津子が何を指し示しているか了解でき、そしてそのシルエットが昨日の男に似ていると感じた。

「チーコ、あれ昨日の?」

「そう思わない?」

「うん。似てる」

二人は教科書とリコーダを携えたまま音楽室を出て、テニスコートの方へ向かった。

 テニスコート横の生け垣沿いの小道を通り抜け、土手の上の道に立っている男は、予想通り、大島だった。千津子の顔にも優子の顔にも、笑顔が浮かんだ。それでも、大島は二人に気づかず、野球部のグラウンドから、その向こうの林や城仙公園の方を見やっていた。二人は、ゆっくりと土手を上がり、大島に近づいた。と、大島の視線が二人に向けられた。一瞬、冷たいような印象を受けたのは優子だけではなかった。千津子の足も止まった。しかし、次の瞬間には、あの穏やかな笑顔が向けられた。

「やあ」

二人は安堵して、土手を上がった。

「こんにちは」

「昨日はありがとうございました」

二人の言葉にもニコニコしているだけで、何も答えなかった。

「あの、この学校に何か用ですか?」

「ん。まぁね」

「もしかして、転校してきたんですか?」

「ん、いや。学校が終わるのを待ってたんだ」

「あ、そうなんですか…?でも、どうして」

「あ、ちょっと、人を探してるんだけなんだけど」

「よかったら、あたしたち一緒に探しましょうか?」

「誰なんです?何年ですか?」

「あ、いいよ。もうすぐ、案内してくれるだろうから」

「誰が?」

大島は、ニコニコしているだけで何も答えなかった。

「あのぉ」千津子が小さく問い掛けた。

「昨日のお礼したいんですけど、待っててもらえません」

優子が驚いて千津子を見た。千津子は上目遣いに大島を見ていた。大島は、ニコニコしたまま、断った。

「ごめんね。今日は用があるから」

「じゃあ、明日。明日はどうです?」

「んー、わかんないな。明日のことは」

「じゃあ、…じゃあ、あの、今度の日曜日とか」

「わかんない。そんな先のことは」

「…そうなんですか」

「もう、この辺りにいないかもしれないし」

「そうなんですか」

「まぁ、気にしなくてもいいよ。たいしたことしてないし」

「そうですか…」

千津子は小さく肩を落とした。

「あの、電話番号かメルアド教えて下さい」

優子が代わりに言った。

「あらためて、都合のいい日教えてもらえたら、そのときでも」

「ないよ」

「え?」

大島の答えに、二人はほとんど同時に反応した。

「じゃあ、家の電話番号でも…」

「家はないよ。電話も、だから、ない」

「でも……、そんな……」

「俺は、これだけ」

大島は足元のザックを抱え上げてみせた。二人の少女は理解できないまま、ニコニコしている大島を見ていた。

「また、どっかで会うかもしれないけど」

「でも、でも、どこで寝てるんですか?」

「そのへん」

「どうやって、食べてるんですか?」

「金ならあるから」

狐につままれたような顔で、二人はきょとんとしたまま、大島を見るだけだった。

「どうやら、来たみたいだ」

北側から、何人かの学生がやって来た。

「じゃあ、またね」

大島はニコニコしながらそう言うと、ザックを持って学生の方へ近づいていった。それを見送ると二人は土手を降りて行こうとした。その時、優子が気づいた。

「ね、あれ、昨日の不良じゃない?」

大島は三人の学生と何か言葉を交わしていた。その相手は、やはり昨日、二人を追いかけてきたグループだった。二人は素早く土手を降りて、教室に急いだ。どうして、と問いかける千津子と、わかんないわよ、と言い捨てる優子の心にはある疑念が沸いてきていた。

 ―――昨日の出来事は、仕組まれていたのかもしれない。

しかし、大島は、二人に何の見返りも要求していない。ただ、一緒に家まで送ってくれただけだった。そして今日も、何も要求しない。

「グルだったのかも」

そうは言ってみたものの、優子自身心の中では否定していた。

「そんなことないよ。だって」

千津子の言葉に優子も納得していた。でもどうして、という疑問だけは、二人とも打ち消せなかった。もう一度、戻ってみたいとも思った。しかし、昨日の連中が怖くてそれはできなかった。どうしてという思いを抱いたまま、二人は帰宅の途に着いた。


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