僕が僕であるために-1
某月某日―――晴。
風が流れ、うす雲がゆっくりと太陽を覆い、そしてまた陽が差してきた。一瞬感じた肌寒さも、立ちこめる草いきれとともに跡形もなく消えてしまった。
蜂が翔んでいる。
芝生で覆われた丘を静かに風が流れ、土の薫りが地面を這っていく。そして、子猫が欠伸をして起き上がった。子猫は、ゆっくりと伸びをして、そして傍らで寝ている学生の顔を覗き込んだ。学生は、子猫の髭に反応して手を伸ばし、その大きな手で子猫の頭を撫でると、ぐっと胸に抱え込んだ。子猫は爪を立てて抵抗しようとしながらも、撫でられるままに喉を鳴らして目を閉じた。
虻が翔んでいる。
沿道を少女が走ってくる。二人。後ろから何人かの男、ちょっと派手な身なりの学生たち、が駆けてくる。追っていた。互いをかばい合って走る少女の一人が、眠っている男を見つけて、駆け寄ってきた。
「助けて下さい」
男は、揺り動かされて、寝ぼけたように起き上がり、長いばさばさの髪を掻きむしりながら、少女の顔を見た。少女は、悲壮な顔をしていたのだが、男は全くそれに気づかず、寝ぼけた様子で、ぼんやりと少女を見ただけだった。
もう一人の少女が、二人に追いつき、そして男の後ろに身を隠すように廻り込んだ。男は要領を得ないまま、寝ぼけたように辺りを見回した。
「ちっ、ヤバイな」
追いついた学生の一人が呟いた。追いついた連中が、寝ぼけた男と二人の少女を見下ろしていた。
「おい、そいつらを、こっちに渡しな」
「いやっ!助けて」
叫んだのは後から追いついた少女の方だった。先に追いついていた少女は、身を竦めて男の背に隠れていた。
男は、ぼうっとしたまま、頭を数回掻き、そしてぼんやりと見下ろしている学生たちの方に目を遣った。そして、一つ大きな欠伸をすると、ゆっくりと立ち上がった。と、周りにいた全員が驚くほどの長身で、すっくと聳えるように立っていた。
驚いたのは少女たちよりも、むしろ追いかけてきた不良学生たちの方だった。取り立てて何があるというわけではないが、どこか威圧感のあるその風体に圧倒されていた。