強敵
魔王城内に夜が訪れた……。
廊下をいつものように巡回点検していたのだが、メイドカフェの前でピタリと足を止めた。中からゴソゴソと音が聞こえたのだ。
「誰だ、そこで何をしている」
ランプの炎で音のしたところを照らすと、メイドが一生懸命券売機の中から千円札を鷲掴みにして袋に詰めている……。
「今日の売り上げを数えるのよ。券売機に札が詰まって……困っちゃう」
「……」
札……入れ過ぎ……。金の亡者だったのかと頭が痛くなるぞ。
本当に元女神だったのか……怪しいところだ。
「メイドよ、お前に聞きたいことがある」
「なにかしら」
……ひょっとすると聞かなくても分かっているのかもしれないが……。
「お前の真の企みは……なんだ。金ではあるまい」
知らずのうちに剣に手を掛けていた。あどけないメイド服にヘーゼルの瞳から……一瞬の隙も見出せない。
「それを聞いて、どうするの?」
「答えによっては……」
もしもそれが魔王様や魔族に危害を加えるような行為であるとすれば……切る――!
いや、インスタントコーヒーを高値で何杯も何杯も飲まされたモンスターや四天王のことを考えてみると、実害が発生している――。
私も魔王様と四時間も行列に並び、一杯二千円のインスタントコーヒーを奢らせられる羽目に遭った。つまり、遠回しに危害を加えられたと言っても過言ではない。
さらには、今日まで繁盛していた魔王城内の珈琲専門店が売り上げを大幅に落とし、がっかりしているのは言うまでもない実害!
「わたしの目的は、世界平和です」
優しく憂い顔をしても無駄だと叱ってやりたい。キラキラした瞳が逆に怪しい。
「言っていることとやっていることがチグハグ、もしくはテレコだ!」
「いいえ、聞きなさいデュラハン」
呼び捨てにしないで! ――跪きたくなってしまうから!
「聞いて……やる。聞いてやるぞ」
ハアハア。なんか、汗が伝い落ちる。
目の前のメイドが……魔王様よりも強く怖ろしい存在に見える――。昔から女子が苦手なのだが……。
「デュラハンよ、あなたが思っている通り、人間、魔族、そしてこの星に生まれし者すべてが平和で平等に生きることなどできないのです」
「当たり前だ」
人間は決して魔族と共存しようと思っていない。前に勇者がきっぱりそう言いやがった。
「でもね、実際に今の現実をごらんなさい」
ふん、偉そうに!
「今日、魔族と人間は誰も戦わず、誰も戦いで命を落としていないわ」
「それは我が魔族の戦略と魔王様のお力の賜物だ」
メイドよ、お前の手柄などではない。っていうか、なんでそんな統計データーが分かるのかと逆に聞きたいぞ。
デマでも確かめようがないではないか!
「デマじゃないもん」
もんとか言っても可愛くない! 隙を見せたらサッキュバスや他の四天王のように骨抜きにされそうで、怖くて怖くて仕方がない。とてもとても可愛いとか考える余裕がない。
「人間が魔族を攻撃してこないよう、ボス級のモンスターを最前線に惜しみなく配備し、逆に最弱のスライムは全員を魔王城内で保護しているのだ。魔王様からは人間どもにちょっかいを出すなと命じられているから、こちらからも攻撃を仕掛けない」
そりゃあ……人間が一人も、モンスターが一匹も死なない日だってあるだろう。
戦ってないんだから!
「そう! なので今日は平和だったのです。魔王様も四天王もわたしのお店でやっすいコーヒーを飲んでいたので、戦うことを忘れていました」
自分でやっすいコーヒーと暴露するなと言いたいぞ。払っている方には高かったんだぞ。
たっかいコーヒーだったんだぞ!
「昨日はどうあれ、明日がどうなるにせよ、今日は平和だったのです。そんな日が一日でも長く続くことこそが永遠の平和の道なのです」
永遠の平和の道……。
「ええ。仲間を裏切るような人間やモンスター。同じ種族同士で戦い合う愚かな者達は、いつの時代にも後を絶ちません。完全にいなくなったりはしないのかもしれません。でも、その者達の数を少なくすることは簡単にできるのです」
「簡単にできる?」
「平和に過ごしたいと皆が願えばよいのです」
……両手を腰に当てて偉そうにドヤ顔を見せるメイド……勝ち誇っている。白と黒のメイド服が……よく似合っているのだが、食堂で働いている時もこの姿だった。目新しさなし。むしろピンクの方が良かったのかもしれない。
「この世界から戦いはなくなりません。でも、戦いの数を少なくすることはできるのです。平和な一日を持続させることはできるのです」
「だがメイド……さん。あなたの話には矛盾がある」
「ありません」
断言するなよ。他人の意見を……。
「ある。なぜなら、メイドカフェでコーヒーを飲むのに、二千円掛かる。それを魔族はどうにか稼がなくてならない。中には人間を襲い、人間から金銭を奪う者も現れるだろう」
……いや、急に困った顔しないでよ。それくらい考えていたんでしょ!
「それは……困るわ。どうしよう」
「どうしようじゃないでしょ。行列だって待てば待つほどイライラが募るし、ハズレのコップも増えれば増えるほどイライラが増す」
「よし、じゃあ、矛盾でいいでしょう」
――矛盾でいい?
ひょっとすると……名言なのかもしれない。
「矛盾の一つや二つ、飲み込めるでしょ」
無理無理、飲み込めない! えずいてしまいそうだぞ。おえっと。
「デュラハンよ、あなたが戦う相手はわたしではありません。わたしに仕えなさい、魔王だけがあなたの師でなくともよいはずです」
「……それはできぬ」
「頭硬い」
カッチーン。
「頭は……見た通り、無いのだ」
首から上が無いのが売りのモンスターなのだ。
「近々わたしは魔王と挙式を上げる予定です。さすれば、わたしにも仕えなくてはならないのでは?」
――!
そんなの許せるわけがない。偽装結婚甚だしいぞ!
しかも、なんの魂胆かと聞けば、世界平和……。凄いね、さすが魔王様とメイド様ですねって?
「そんな馬鹿な話があるかー!」
ベッドから飛び起きてしまった。ハアハアと息を切らしてポタポタと汗が流れ落ちる。
昨日の夜、メイドが最後に言った衝撃の告白……挙式! 鮮明に脳裏に焼き付いている。
魔王様と挙式を上げるだと――! なんでこんなに腹立たしいのか。ひょっとして、嫉妬? 魔王様に? いや、メイドに? いやいや、先を越された嫉妬?
もしかして、なんか……どす黒い禁呪文でも掛けられたのか?
壁際に掛けられた女性用の鎧を見ていると、嘘だったかのように気分が落ち着いていく。
落ち着け、落ち着くんだ。そして今は考えるのだデュラハンよ。
なにが真実でなにが正しく……なにをなすべきかを――。
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ちなみに、次のお話に続く予定です。