新装開店メイドカフェ
急ピッチで工事が進められ、壁はほぼベニヤ板の安っぽいメイドカフェが魔王城内にオープンした。
オープン初日は魔王城内外から大勢のモンスターが物珍しさに集まってきて、廊下には長い長い長蛇の列ができていた。
早速魔王様とメイドカフェに来たのだが……。
「え、この行列に並ぶのですか?」
「並ぶのだ」
魔王様なのですぞ! このメイドカフェも、魔王様の物なのですぞ。
四天王ならまだしも、魔王様くらいは特権で行列を飛ばし、先に店に入れてくれてもいいだろう?
列を譲ってくれるモンスターがいてもおかしくないだろう。
「そのようなチート魂はならぬ。それに、待てば待つほど楽しみとは膨らむものだ。トイレも我慢すればするほど出すとき心地良かろう」
「膀胱炎になりまする」
「……」
仕方なく待つことにした。ざっと四時間。
今日も暇なのだ。魔王様も……私も。
「お帰りなさいませ、ご主人様」
「おお、コレコレ。よい出来ではないか! 萌え萌えするぞよ」
「……」
人感センサーが反応して機械音声で「お帰りなさいませ、ご主人様」と言われても、ぜんぜん嬉しくない。ぜんぜん萌えない……。
分かりやすく書くと「オカエリナサイマセ、ゴシュジンサマ」だぞ――!
入口に大き目の模造紙が貼ってあり、マジックで手書きされている。字は魔王様と同じくらい汚い。さらに丸文字で小さ目。
①入口でコーヒー券を買う。
②券のバーコード部分を固定されたバーコードリーダーで読み取る。
③紙コップにコーヒーが注がれる。
④空いている席を探して座る。混雑時は相席しろ。
……大丈夫か、こんな店で。
⑤コーヒーを飲み干す。
⑥飲み干したコップの底に「当たり」と書かれていれば、メイドがあなただけに特別サービスを御奉仕しちゃうぞ!
⑦ハズレの方はさっさと帰って下さい。
――まさかのハズレ付き!
「出ましょう! これは詐欺です、きっと」
あのメイドの本性が分かってきたぞ――。
絶対に詐欺グループの手先だぞ――!
「四時間も待ったのだぞよ。ここで引き返す訳にはいかぬ」
「……」
「予は丸腰じゃ……」
……。
「お金持って来なかったと言いたいのですね」
「さよう」
さようではありませんぞ!
渋々財布をポケットから取り出し、券売機にお金を入れる。金属製の全身鎧にもポケットくらいはある。
シュッ! と千円札が勢いよく吸い込まれていく。……合計四枚吸い込まれ、小さな紙切れが二枚出てきた。一杯二千円のコーヒーか……。
しかもハズレ付き。本当は「当たり付き」なのだろうかと考えると……身の毛がよだつ。ブルル。
コトンと落ちてきた紙コップに安っぽいインスタントコーヒーがジョロジョロと注がれる。当たりかハズレかは……見えなかった。ピーピーと出来上がりの音が鳴る。
空いている席を見つけると、魔王様と二人で座り、必死にフーフーし熱いのを我慢して一気に飲み干した。
何も書いてない……つまり。
ハズレ?
もう二度と来ないだろう。近々閉店することだろう。なぜだかホッとしてしまう。
「魔王様、いかがでしたか?」
そっと魔王様の紙コップを覗いてみると、底には溶け残ったインスタントコーヒーの粉がべっとり付いている。
「ザラザラした食感と苦味が口一杯に広がって……うまいぞよ。他の珈琲店ではこの味はなかったぞよ」
溶け残りを称賛しても、この店の行く末は変わりませぬぞよ。
魔王様の紙コップも、底には何も書かれていなかった。壁の張り紙に、「なにも書かれていない紙コップは『ハズレ』です」と書かれているのが……腹立たしい。
「まあ、宝くじもそう易々とは当たらぬのだ。残念だが次回にチャレンジするか」
「――次回ですと」
いやいや、こんな怪しい店はありません!
オープン早々、長蛇の列で魔王様にもサービスゼロ! さらには当たりよりもハズレが多い一杯二千円のインスタントコーヒー! そしてなにより、あのメイドが一切姿を現さないではないか――! 宝くじの当たりの確率って……どれだけ少ないのか魔王様はご存知ですか~!
「こんな店は絶対に――」
「――当たったわ!」
私の声がかき消されてしまった。周りからはどよめきが起こる。
声の中心では紙コップを高らかに上げ……サッキュバスが立っている。紙コップの底に黒色の字で「当たり」と書かれている。
たぶん、太字のマッキーで書かれている!
「さあ、当たったんだからさっさと出てきて姿を見せないさい、食堂のメイドよ! 特別サービスっていうのをしっかり確かめさせてもらうわ!」
どんなサービスを期待して来ているのだろうか。サッキュバスが座っていたテーブルには紙コップが数十個重ねて置いてある。何杯飲んだのか怖くて聞けやしない! 飲み終えた紙コップに……口紅が薄っすら付いている。
カフェ奥の黒いカーテンがサーっと開くと……、中から出てきたのはメイドではなく、真っ黒の正装を身にまとった執事の姿をした……やっぱりメイドだった。だが、髪がピシッとセットされていて、
まるで魔宝塚過激団の男役のように凛々しい……。さらにはヴァイオリンによる弦楽四重奏が聞こえてくる――。
「お嬢様、おめでとうございます」
低くて通る男のような、それでいて美しい声。
「……」
サッキュバスはたぶん……クレーマーになるつもりで来ていたのだ。メイドカフェに猛反対していたから。だが、もう目がうっとりしている。
「やだ、素敵……」
サッキュバスが……乙女になっている――!
優しく差し出された手を恐る恐るサッキュバスが握ると、突然抱きしめられ、顎を細い指先でクイっと引き上げ――、
唇を重ねた――。キス魔にキスした~――!
私は咄嗟に魔王様の両眼を手で遮った――。見てはなりませぬ! 魔王様にはお刺激がお強いです――!
「「おおおお!」」
「こらデュラハンよ、見えんぞよ! っていうか、無礼だぞよ!」
――ちょっと黙って、いいところだから。
「「ザワザワ!」」
ザワザワと言うな、皆の者よ!
店の中があっけにとられ、サッキュバスの顔が頬から耳にかけて赤くなる……。
ちゅーは反則だ――! メイドカフェでそんなサービスを提供してはならない!
なんか、見ちゃいけない物を堂々と見せつけられた感が――感情を激しく揺さぶる――!
そっと唇が離れると、お互い見つめある二人……。
「今日は僕のために来てくれてありがとう」
「……いえ、そんな……」
心の底から嬉しそうな顔をするんじゃないサッキュバスよ! キスくらいならあちこちでしているではないか! そんなうっとりした顔をしていれば……酔った勢いでキスされた他のモンスターが……嫉妬するぞ!
「また来てください」
「え……ええ」
ニコッと最高の笑顔を見せ、執事に扮したメイドは奥の部屋へと戻って行った。
骨抜きにされたサッキュバスは、ユラユラと立ち上がると、また行列の最後尾へと並びに向かった。
――これは……やばいのではないか?
よく見ると、店内には飲み干した紙コップを数百個机に並べているソーサラモナーとサイクロプトロールがいる。さらには珈琲色に染まったスライムや珈琲色に染まったスケルトン。
……スケルトンのあばら骨からコーヒーが床にドボドボ零れている!
しかしこの日、次なる当たりを引いた者は、誰一人いなかった。魔王様とずっと見ていた……。
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