夕焼け空か
玉座の間へと広い廊下をガチャリガチャリ音を立てて歩く。全身鎧だから静かには歩けないのだ。
……やろうと思えば、足の裏にガムテープを何重にも貼って静かに歩くことはできるのだが、剥がすのが大変だ。自慢ではないが、私は体が硬いのだ。
剥がした後もしばらくネチャネチャが持続してしまう。――関係ないがな。
「魔王様、魔王様!」
玉座で居眠りしていた魔王様が、私の声で目覚められた。
「なんだ、どうした。敵襲か?」
「敵襲ではございません。魔王様にご質問がございます」
「寝ているところを起こしていきなり質問とは……。デュラハンとて無礼なるぞ」
「お許しください。ぶっちゃけですが、魔王様、食堂のメイドを寵愛されておりまするか?」
ゆっくり……ゆっくりと魔王様の頬が赤くなっていく。
約一時間くらいかけて……魔王様の頬っぺたは、青紫色から桜色へと変わった。
「な、な、どこでそんなデマを聞いたのか、デュラハンよ!」
「サッキュバスからです。それよりも魔王様、赤くなる時はもっと早く赤くなってください」
ポッと一瞬で赤くなってください。血流の循環がマイマイのようにございます。普通であればここまで待つことがなく、誰も魔王様の淡い恋心になど気付けませぬ――。
「予は……こんな気持ち初めてなのだ」
「私もこんな気持ち、初めてです」
胸が苦しく……呼吸困難になるような気持ち。スイカの種を嚙み潰した時のような甘酸っぱい気持ち……。
「卿の気持ちなど聞いてはおらん。スイカは種ごと食べればよかろう」
「――!」
魔王様はワイルドでいらっしゃる。
「デュラハンよ。そこで頼みがある」
「……幾らですか」
面倒くさい願い事にはそれに見合った報酬を用意してもらわなくては割に合わない。
「金の話をすぐに持ち出すでないバカ者」
「申し訳ございません。何なりと御命じ下さい」
「耳を貸せ」
「耳は……ありませぬ」
首から上が無いから……。
「ええい、近くへ来い! はよ!」
……。
仕方なく魔王様の口元に顔のありそうな部分……肩の上あたりを寄せる。
「食堂のメイドに、予の事をどう思っておるのか、それとなく聞いてきて欲しいのじゃ」
でた! 嫌な役回し……超パワハラ大盛り。
「御自分の耳で聞いてきてはよろしくて?」
「頼む。な、な、このとおりじゃ。予は……魔王じゃぞよ。食堂のメイドに『予のことを好いとるのか』と聞けるわけがなかろう?」
「……」
考えさせてほしいぞ。
そりゃあ、魔王様が直接聞きにいけば、「好きです。ポッ」と半ばパワハラ成立でめでたしめでたしだろう。だが、私が聞きに行き真の答えが、「えー、冗談は顔だけにしてね」とか言われたりすれば……。
それを魔王様に報告する義務が私にはある。
――酷過ぎるではないか! ――なんという試練なのか!
「年末ジャンボと同額を支払ってもよいぞよ」
当たり額のことでいいのだろうか……一枚分の値段なら三〇〇円だ。安過ぎる――。
「……」
金で釣ろうとする魔王様は……まさに鬼だ。魔王だ。
「それとも、女性用の鎧を魔王城内にたくさん飾ってやってもよい」
「――!」
「もちろん卿の好きな、『胸小さめ』の全身鎧だ」
「う、うう……」
――魔王様、卑怯にございます! そんなことをされれば、魔王城内を姿勢正しく歩けなくなってしまいます!
――カッチカチで! 全身金属製だから――!
「それとも、魔王の座を譲ってやろうか?」
――!
どさくさに紛れて……魔王様は今、なんと申された? ドキッと心臓が大きく鼓動を打ち、喉仏がゴクリと音を立てる。
「予が何も知らぬとでも思っていたか?」
「い、いいえ。滅相もございません」
「欲しいのだろ……魔王の玉座」
「も、勿体のうござ……じゃなく、私めにはとてもとてもとても――」
はっはっはと悪い笑い声をあげ、魔王様はまた玉座へと座った。
「魔王になりたければ、予よりも強い魔の力を手に入れ、世に知らしめねばならぬ」
「魔の……力?」
魔力か? 私には魔法は使えない。
「魔の力は魔法の力などではない。何事にも耐えうる力であったり、時には権力であったり、そのすべての力を統制し支配抑制する力である」
「すべての力を支配抑制する力……」
「さよう。その力を得るためには……」
「得るためには――」
食い入るように聞き返してしまった。私になくて魔王様にある魔の力――。絶対に手に入れたい魔の力――。
「メイドに予が好きかどうかを聞くことぐらい、容易いことであろう」
「……」
話に食い付いてしまった一瞬前の私が……情けなさ過ぎる。
「さあ! 行くがよい、宵闇のデュラハンよ! 行って魔の力を高めるのだ」
「……御意」
もーしらない。
聞いて後悔するくらいなら、聞かずに後悔する方がいいと思ったのだが。
もーしらないもん! 涙目になっているのは内緒だもん!
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