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紅茶の美味しい喫茶店


「なに? メイドカフェだと……」

「別にあってもいいんじゃないか」

「シー、声が大きいぞサイクロプトロールよ」

 ここは魔王城内の喫茶店だ。メイドカフェができれば、恐らくはライバル店になるだろう。店員に聞かれていないか冷や冷やしてしまう。

 小さな白いカップに注がれた香りのよいコーヒーを口元へと運びながら、四天王の一人、巨漢のサイクロプトロールが答えた。

 喫茶店の一席に四天王を集め、これから緊急会議を開くのだ。

 店の奥からはレコードで「悲愴」が流れてくる。ゆったりとしたメロディーに時折プチ、パチとノイズ音が混じるのだが、そこが逆に味わい深い。落ち着いた雰囲気の喫茶店は、面倒な仕事をするのにちょうどいい。メイドカフェではとてもそんな仕事の話などできやしないだろう。


「風紀の乱れって……古いぞデュラハン。どうせコーヒー一杯に五百円も払うのなら、俺はむしろそっちへ行きたいね」

「そうそう、どうせコーヒーの味は分からん。コーヒーと紅茶ですら分からん」

 それはどうかと思うぞソーサラモナーよ。舌にもカビが生えているのではないのか。

 ソーサラモナーは……好きだろうなあ……メイドカフェ。ハマりにハマって毎日入り浸りになるかもしれない。


「お待たせ。みんな早いわね」

 サッキュバスが喫茶店へ入ってくる。酒が入っていない時は、歩き方も颯爽(さっそう)としている。仕事のできるキャリアウーマンのようだ。

 女性からの的確な意見を聞くために、コーヒー一杯奢るからと声をかけたのだ。

「忙しいところをすまない」

「いいのよ。ちょうど朝風呂から上がったところだから喉乾いていたし。マスター、瓶ビール」

「はいよ」

 ――まだ午前中だぞ!

 ビールは勤務中に飲むなと言いたいぞ!

 というか、風呂上りに喫茶店で瓶ビールを注文するな! おっさんか!


「サッキュバスよ、魔王様が城内にメイドカフェを設けたいとおっしゃっているのだが、どう思う?」

「え、いいんじゃないの? わたしもメイドカフェで働いてみたいわ」

「――!」

 まさかの肯定意見に驚いてしまうぞ。だが、「働いてみたい」って言葉には賛同できない。

「働くって……四天王がメイドをする気か?」

「悪い? 可愛いじゃない。ピンクのメイド服」

 ああ……頭の中にミニスカでピンクのメイド服を着たサッキュバスがヒラヒラと歩く姿を想像してしまう。ピンクのスカートから黒いモフモフの尻尾がクネンクネンとお客を誘うと……本気(ガチ)で可愛いかもしれない。

「――いや、メイド服は白黒だ!」

「そうだそうだ! 絶対に白黒以外は認めん――!」

 急に立ち上がって反論を始めるソーサラモナーとサイクロプトロールは、いったいどんな想像をしていたのか!

 ……なにかこだわりがあるのか。

「いいえ、白黒なんていやよ! やっぱりピンクよ。白いニーソックス穿いたら絶対に可愛いんだから」

「白黒にエプロン! そこは譲れない!」

「スカートも短くては駄目だ!」

「だったらわたしはやらないわ!」

 おいおい、ちょっとちょっと、四天王同士で喧嘩はやめようよ。

「誰もお前がやれとは言ってない!」

「メイドというより女王様だぞ」

「ひどーい!」

 ……危ない。思わず笑ってしまいそうになった。

「皆落ち着け。そもそもメイドは使用人であろう。であれば、あまり目立ってはいけない。四天王には四天王の仕事があり、カフェで働くわけにもいかないだろ」

 なんとかサッキュバスがメイドカフェで働くのを阻止しなくてはならない。

「バラエティー番組の黒子のように、メイドはあまり目立ってはいけないのだ。サッキュバスがピンクのメイド服姿で城内を歩けば……魔王様より目立ち、キャーキャーもしくはウオーウオーと黄色い声援が飛んでくるだろう」

「いいじゃないの」

「サッキュバスはいいかもしれないが、そのせいでまた魔王様から無理難題な注文が私の方へ押し寄せるるのだ」

 予もキャーキャー言われたいだとか、ナウでヤングだとか……。


 機嫌を損ねてしまったサッキュバスはビールをクイっと一気に飲み干すと、次はタピオカミルクティーを注文した。この店で一番高い飲み物だ。支払いは……経費でなんとかしたいぞ。

「デュラハンよ、お前はどうしてそこまでメイドカフェに反対したのだ」

「……実は……魔王様には言えなかったのだが、『第三の理由』があるのだ」

「第三の理由?」

「なによそれ」

 周りを一度見渡し、他のモンスターが近くにいないのを確認すると、テーブルの中心に顔を寄せ合った。

「魔王様が……あるメイド一人を御ひいきになさっているのだ」

これは嫉妬ではない。断じて違う。


 そのメイドは数か月前に入った新入りのメイドで、食堂でいつも明るく朗らかに仕事をしている。皿洗いや床掃除をするのにも嫌な顔一つ見せない。リアルシンデレラのような娘だ。そんな入って早々のメイドに多くの地位や名誉……ではなく、店舗を与えようとしているのが悔しいのではなく、なにかしらの不安要素を覚える。

 ……やっぱ、悔しいのもある。悔しい!


「なにゆえに魔王様が御ひいきなさるのか……真相が分からない」

「ひいきだと?」

「ああ。魔王城内で働くすべてのメイドが働ける場所としてメイドカフェをオープンするのなら大した問題はない。私だって強く反論するつもりはなかったのだ」

「意味が分からない。メイドとメイドカフェで働くメイドは違うのか?」

 サイクロプトロールが不思議そうな顔で見る。

「それは違うでしょう。アニ声とかのスキルが必要になるはずよ」

「そんなスキルが必要なのか――!」

 鼻にかかる声で、「お帰りなさいませ、御主人様」と言えなければならないのか――。

「書類審査や面接でメイドカフェで働きたいモンスターを決めるのであれば、ぜんぜん反論する気はなかったのだ」

「それで、どいつなの。その魔王様がひいきしているメイドって」

 口紅を塗り直すサッキュバス……彼女なりの戦闘態勢なのだろうか。

「食堂のメイドだ」

「え? あの新入りメイドなの?」

 唇を「んまんま」しながら驚きの顔を見せる。

「その子なら知っているぞ。可愛いよなあ、あの子」

「うんうん」

 ソーサラモナーの「可愛い」発言には危険が潜んでいそうで怖い。

「魔王様とそのメイドが二人っきりで話をしているところを見たことはないのだが、普段の様子から分かってしまったのだ。それに、以前はメイドカフェを作ろうなんて言い出すような魔王様ではなかったのだ!」

 思わずテーブルをげんこつで叩きそうになった。なぜ私はこんなにも怒っているのか。

 鉄分とカルシウム不足なのだろうか――。


「だがよく気が付くなあデュラハンは」

「当たり前だ」

 人生におけるほとんどの時間、私は魔王様の横に突っ立っているのだ。他の四天王とはディメンジョンが違う。是非羨ましがって貰いたいものだ……交代してやるから。

「だが、その新入りメイドだけひいきしているって、どうして分かるんだ」

「朝ご飯を食べた後だ。これまで魔王様は、『ご馳走様』としか言わなかった。ここ何百年もの間」

「ほうほう」

「それが、あのメイドが入って来た途端、『ご馳走様でした』に変わったのだ!」

 魔王様が「でした」とか言うか? 一番偉いのだぞ――。

「……微妙だな」

「……たったそれだけのことかよ」

 ソーサラモナーとサイクロプトロールは椅子にのけぞる。

「たったそれだけで魔王様の寵愛(ちょうあい)を受けているとは思えないわ」

 ストローでタピオカミルクティーを飲むサッキュバス。だが、ストローの中をタピオカが上がったり下がったりを繰り返している。食べ物で遊んではいけませんと、小さい頃ママに言われなかったのか!

「あ、また胸元ばかり見てるんでしょ?」

「……そんなものには興味ないのだ」

 いつもいつも同じことばかり言わないで欲しいぞ。

「あーつまんない。わたしもちっぱいに生まれたらよかったのかしら」

「……」

 全身鎧を着ていなければ、私の好みのタイプには到底なれないがな。

「いや、それよりも寵愛だと。……寵愛って……なんだ?」

 ――イミフだぞ?

「寵愛よ、寵愛。そりゃあ魔王様だってわたし以外にも愛して止まない女がいるに決まっているわ」

 おいおい。

 わたし以外って言い切るなサッキュバスよ。毎晩、魔王様がサッキュバスの部屋に入り浸っているように聞こえてしまうではないか……。

 魔王様は奥手なのだ。夜もナイトキャップを被ってたった一人、自室で眠っておられるのだ。

「そう思っているのはデュラハンだけかもよ~」

「な、な、なんだと!」


 もしや、魔王様……。夜は、夜の魔王様になっているというのか――!

 サッキュバスはともかく、魔王城内のメイドやメスのスライム……略してメスライムを部屋に呼んで、プニプニとここでは言えないような禁断の大人遊びをしているのか――!


 鼻血が出そうになるぞ……首から上は無いのだが……。


「――事の真相を確認する必要がある」

 椅子から立ち上がると、キィイイイーっと寒気のする擦れ音が椅子から響き渡った。

「えー、やめなさいよデュラハン。嫌われるわよ魔王様に」

「四天王が三天王になってしまうぞ。別にいいけど」

「いいものか。厄介事の処理がこっちに回ってくるだろうが」

 ソーサラモナーは聡明だ。本来、厄介事は四天王で四分割しなくては割に合わない。


「武勲を上げた訳でもないのに、たった一人のメイドのために魔王城内に店舗を作るのであれば、やはりメイドカフェには反対しなくてはならない。そこのところはハッキリ白黒付けなくてはいけないのだ」

 机を立つと、レシートをサッキュバスが私に手渡してくれた。

「ありがとう」

「……あんたも面倒くさい性格ね」

 サッキュバスがタピオカミルクティーを吸うと、ンポポポポとストローから口の中へとタピオカが吸い込まれていく。

「褒められたと思っておこう――」

「……」


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