魔王様、魔王城にメイドカフェは無理です
「なぜだ――」
玉座の間に魔王様の声が響き渡る。
「なぜだーではございません魔王様!」
「なぜ魔王城内にメイドカフェが作れぬのだ。理由を申してみよ」
建築基準法に違反するなど多々ありますが……、
「第一に……」
「シャラップ――黙れ、デュラハンよ」
「――!」
理由を申してみよと……聞こえた気がしたのですが?
金銀亜鉛メッキの玉座からゆっくりと立ち上がる魔王様から怒りのオーラがヒシヒシと伝わってくる。
「予は魔王なのだぞ。四天王より偉いのだぞよ」
「御意」
「予の無限の魔力を開放し、真の力を使えば……、この魔王城にメイドカフェを出店させることくらい、
赤子と手を繋ぐくらい容易いのだぞ」
――赤子と手を……繋ぐ! こんにちは赤ちゃん? 微笑まし過ぎるだろう。
「しかし、魔王様!」
「シャーッラップッ!」
「ップ」のところで魔王様のお口から唾がほとばしり、顔にかかりそうでヒヤヒヤする。
……首から上は無いのだがヒヤヒヤする~。
「卿はいっつもそうだと何回言わせれば気が済むのか!」
忘れていた。魔王様に反論するのは御法度。ここは一度肯定してその後、私の意見をオブラートに包んで自然な感じで反論し、最後には私の意見の方が正しかったと誤認識に御認識して頂く作戦に切替えよう――。
「ははあー。さすが魔王様ですね。うわー凄い! メイドカフェほっすい~」
「……」
「しかし、魔王様!」
「早いわ! ぜんぜん一度も肯定しておらぬのがバレバレじゃわい!」
――!
魔王様、もしかすると他のモンスターの心を読み取るスキルでもあるのだろうか。だとすれば……さすが魔王様。魔族の王だ。
「そんなスキルはないわい! 卿の軽率な態度や表情、浅はかな発言の数々からバレバレなのだ」
「私の発言から――でございますか」
「……」
魔王様、なんかがっくりしている。
「……卿の『しかし』が早過ぎる。どれほど相槌をうっておいても、その会話直後に『しかし』などと言えば、予の言いたい事に肯定していないことなど数秒でバレるのだ」
「ははあー! さすが魔王様、ご名答にございます」
「……はあ~。では、申してみるがよい。卿のくだらぬ正論の反論を」
魔王さま、ため息混じり。
「反論する点は三つございます」
ガントレットの手で、人差し指、中指、小指を立て三つを強調して見せる。
「三つもじゃと――!」
玉座から少しずり落ちないで頂きたい。それほどダメージが大きかったのか。
「はい。まず第一に、メイドカフェではなく喫茶店は既に魔王城内に数店舗あります」
「予もそれは心得ておる」
「心得ていらっしゃるのならば、メイドカフェを出店するのが簡単に魔王軍年間投資計画会議……略して魔会議で通らないことなど、容易に想像できるはずです」
「そこをなんとか」
手を合わせてウインクしてもダメ!
「できませぬ。魔王様はいっつも流行りの喫茶が出るたびにゴネるではありませぬか。魔ドトールに始り、魔オートバックス……じゃなくて魔スターバックス! さらには魔タリーズに魔コメダに魔ベロチュー」
指を折って数えるが、片手で足りなくなる。
「さらに最近は魔王城内の魔コンビニでも手軽に本格コーヒーを提供するサービスが始まり、魔王城内の廊下はコーヒーの香りが充満しております――」
魔王城はもっとこう……血塗られた香りが必要なんです?
「ドブのような臭いより……よいのではないか?」
「……そうですね。血塗られた臭いよりもたぶんマシです。……いや、マシなんですけど、こんなに沢山のコーヒー専門店は要りませんと言いたいのです」
他にも必要な店や、吊り天井のような罠を仕掛けた部屋が必要なハズです。このままでは魔王城が……土日に大勢の人が押し寄せる「イオン」みたいになってしまいます。陽イオンや陰イオンとは関係のないイオン……。
「悪くない」
「悪い。……そもそも、コーヒーの味の違いなど、本当に分かるのですか?」
「わ、わ、分かるもん!」
もん! とか言う時点で怪しさ倍増です。以前、ブ□ックスの『十銘柄コーヒーお試しセット』を飲み比べし、一つも当たらなかったではございませんか。
「卿の方こそ、一つしか当たらなかったではないか!」
「さようにございます。私は首から上が無いモンスター。コーヒーの味や香りは分かりません。それでも魔王様の全ハズレよりはマシにございます。運も実力でございます」
自慢して良いのだろうか。どうやって飲んでいるのかは内緒だ。
見えないところで飲んだり食べたりしているのだ。
「しかし、しかしじゃ! メイドカフェは珈琲専門店とは違うのだ。卿が言うように、珈琲専門店が多過ぎるのであれば……、
……一店舗くらい潰してしまい、メイドカフェに改築すればよかろう」
指を一本だけ立てるのはやめて欲しい。しかも、人差し指じゃなくて中指。
魔王様……今世紀で一番悪い顔をしていらっしゃる。悪いお顔にキュンキュンしてしまいます。
「――しかし魔王様、そこで二番目の反論です」
「……」
魔王様の悪い顔が……ヒクヒクと引きつっている。
「メイドカフェは風紀の乱れになります。魔王城内図書室の古文書によると、メイドカフェではケチャップを顔面にぶっかけるそうではありませぬか!」
マヨラーにはマヨネーズをぶっかけるそうではありませぬか!
「――そんなことやるの? え、それ本当にメイドカフェなの?」
……たぶん。
古文書にそう書いてあった。半分くらい読めないのだが……テヘペロ。
「普段から魔王様ご自身が声高らかに宣言していますよね、「魔王城内の風紀はみだしてはならぬ」と」
「ならぬ。それだけは……絶対にならぬ」
「でしょでしょ? ならばメイドカフェなどというものを魔王城内に置く訳にはいけません」
「違う――。メイドカフェは風紀の乱れにはならぬと申しておるのだ!」
ほほう……。
「メイド目当てに多くのモンスターがカメラ持参で魔王城に訪れるのですぞ」
「構わぬ。良いことではないか」
「城内に長い行列が出来るのですぞ」
「なんの問題があるのか」
「勇者一行が来た時、全体攻撃で次々にモンスターが倒されてしまいます、密集し過ぎで」
三角帽子を被った女魔法使いが、「たった一度の全体魔法で沢山やっつけられて、超ラッキー」とか言い出しますぞ。
「あー可哀想だ。魔王様の恩ために日夜一生懸命なのに」
「整理券を発券すればよい。さすれば密集する必要はない」
「……」
さすが魔王様だ……。ニヤリと勝ち誇っているのが歯痒い。
「魔王様のために働いたモンスター達の賃金が、メイドカフェに湯水のように流れ込むのですぞ」
「ええやん」
ええやんって……。
「さらにはメイドに憧れてコスプレするモンスターが増えます。人系のモンスターならまだしも、ニーソックスを穿いたケンタウロスが現れるかもしれませぬ。もちろんオスで、胸毛はもじゃもじゃ……」
下半身が馬のケンタウロス……。よく四つ足すべてにニーソックスを穿くことができたねと褒めてあげたくなるぞ。
「それでもよい。それでもメイドカフェが欲しいのじゃ」
……。
往生際が悪くていらっしゃる……。
「魔王様には使用人ならぬ使用モンスターが五万といるではありませぬか。なにゆえにメイドカフェにこだわるのか、その理由をお聞かせ願いたい」
カフェを作らなくてもメイドがいるでしょ、と遠回しに言いたいのだ。それとも、ケチャップで悪戯書きして欲しいのですか?
真っ赤なハートマークをオムライスに書いて貰いたいのですか? それなら私がいくらでも書いて差し上げます。
「予は……魔王じゃ」
「見れば分かります」
知ってるし。
「……。予に仕えるモンスターは五万とおる。そして、どこへ行っても『魔王様素敵!』『魔王様カッコイイ!』『魔王様、イケメン!』など称賛の声を聞くことができる」
「御冗談を……」
笑えない御冗談は慎んで頂きたい。
「……しかしだ、他のモンスターはどうか」
前髪を手串で整える……フリをする。
「私もよく言われます。『デュラハン様素敵!』『デュラハン様カッコいい!』『デュラハン様、イケメン!』さらには、『デュラハン様萌え~!』『四天王最強!』『魔王様よりデュラハン様の方がかっこいいわ』などと……。ガチです」
フッ。
「腹立つのう」
「嫉妬でございますか?」
「そうじゃ」
正直なのはいいことです。
「だが、弱いモンスターや不細工なモンスターもチヤホヤされたいのじゃ。その気持ちが理解できぬようであれば、卿はただの四天王の一人。到底わしのような立派な魔王になどはなれぬ。オンリーワンにはなれぬ」
「――! 弱いモンスターや不細工なモンスターもチヤホヤされたいですと?」
スライムや鼻クソモドキや狂乱竜もか――!
「その通りだ。勇者一行にとっては『歩く経験値』のような弱い雑魚モンスターや、同じように、普段からボロ雑巾のように働かされているサラリーマンなどにとって、『お帰りなさいませ御主人様』や『お帰りなさいませ、お嬢様』などチヤホヤされる空間こそ、最大限の癒し――究極の癒しとなろう――」
――究極の癒し――!
たしかに……そうかもしれない。強いモンスターや勇者一行は、街ではキャーキャー言われ、お城でも歓迎されることは疑いない。だが、弱いモンスターや村人はどうだろうか。
その存在意義すら認知されていない――。
毎回同じ会話ばかりを繰り返す村人は、時として危ない人ではなかろうかと誤認識されてもおかしくない――。○○村へなんの用じゃ。○○村へなんの用じゃ。○○村へなんの用じゃ。○○村へなんの用じゃ……こんな怪し過ぎる村人があちこちにいる。
そんな村人ですらもチヤホヤされたいと申されるのか――。
「卿も、外から帰った時に『お帰りなさいませ、ご主人様あ』とメイドに出迎えてもらいたいだろ?」
「……。いいえ、ぜんぜん」
メイドはメイドにございます。魔王様がそのように上目遣いで御実演されても萌えませぬ。
「では、全身鎧のちっぱいメイドに『お帰りなさいませ、デュラハン様あ』と出迎えてもらえたらどうだ? たまらんだろ?」
全身鎧の、ち、ち、ちっぱいメイド――! 雷に打たれたような衝撃が全身を貫く――。想像するだけでのぼせてしまいそうだ。
「――もらいたいッス! 是が非でもそんな甘い声を掛けて出迎えてもらいたいッス――! いっぱい、いっぱいケチャップをかけて欲しいっス! オ、オ、オムライスに」
はあ……はあ……屈辱的だ。
負けた。また魔王様に――負けた。
「卿の清き一票さえ手に入れば、魔会議でもこの案件はゴリ押しでねじ込み通せる」
片膝を床に付く私の肩を、魔王様はポンポンと叩いて下さる。
「我慢することはない。己の欲望のままに生きるのじゃ。我ら魔族に許された特権なのだ」
「ぎょぎょ……御意」
ハッハッハと高笑いし、魔王様は玉座の間から出て行かれた。
さすが魔王様……。
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