8話 『黒破』VS『空拳』
戦いの場は円形のリングだった。
思うに、どこの国もこんな戦いの場所が設けられているのはどういうことなんだろうか。
冒険者という職業が認められている世界だからか、
腕っぷしというものがやはり大事なんだと俺は考える。
「さてと…。」
小さい声でケルザがつぶやくと大きな声で叫んだ。
「では、レビュナの『黒破』アシナ 対ケルフォアの『空拳』シュイの闘いを始める。賭けるものは互いの大事なものだ。お互い悔いの内容に。」
直径30メートルほどの円形のリングで、
中央を挟んで10メートルくらいの位置にお互いが立つ。
俺はローブに大鎌を装備している。
シュイと呼ばれた青年は何も持っていない。
「はじめ!」
ケルザの声が響く。
その瞬間俺は嫌な予感がして頭を下げた。
後ろからドカンと大きな音が鳴る。
思わず後ろを振り返ってしまった。
「なんだこれ。」
後ろを見ていたらまた何か嫌な予感がする。
すかさず横に飛び転がる。
また後ろで2回ほど爆発音が聞こえる。
これがシュイの能力なのだろう。
シュイの二つ名『空拳』から想像するに、拳を高速で振り抜き、空気中に衝撃波を伝えることで、遠距離での攻撃を可能にする技なのだろう。
二つ名で相手の闘い方がわかるタイプはかなり楽かもしれない。
レティナも『雷閃』で雷系フェンサーなのは想像つくしな…。
俺の『黒破』はそういう意味では大丈夫だ。
「よくかわしたな。俺の空拳を躱した奴なんて初めてだぜ。」
「そりゃどうも。んじゃ行くぜ。」
シュイをよく見ながら前に真っすぐ走る。
シュイの腕が動いた。
横にひらりと飛び、爆発音を聞きながらまた真っすぐ走りだす。
拳の速さはロストより速そうだが、
重さはロストのほうがありそうだ。
一気に距離を詰める。
「くっ」
シュイが後ろにジャンプしようと足に力を溜めている。
俺が攻撃しようとした、その瞬間にシュイが一瞬で後ろに飛んでいた。
5歩分は下がっただろうか。
「これが生まれ持った種族の差だ。」
シュイが言う。
シュイは兎人。
脚力に自信があるのだろう。
「すごいな。」
素直に関心してしまう。
「そしてこの足。逃げるための力ではないことを知れ。」
そういうと、次はシュイが一気に懐に入ってきた。
そして一気に腹に拳を入れてくる。
合わせて後ろに飛んでいたが間に合わない。
吹き飛ばされ、リングの端ぎりぎりまで押し飛ばされる。
だが、俺は無傷だ。
「んな、腹のど真ん中に一直線だ。倒れないなんておかしい何をしている。どんなずるをしたんだ!」
シュイが言う。
だが、簡単なことなのだ。
スピードに特化しすぎたシュイの拳は驚くほどに軽い。
衝撃はすごいが威力はない。
これは拳を使う人間としては致命的だ。
「お前の拳には重みが足りない。」
俺がそういい、シュイを見ると、
シュイが驚いていた。
歯をくっと食いしばり再度殴りかかってくる。
それを鎌ではなく右の掌で受け止める。
「ほらな。俺でも簡単に受け止めきれる。お前のパンチはそんなもんだ。」
「ふざけんな。食らえ零距離での空拳。」
さすがにこれは受けていいかわからない。
首をさっと横に引き衝撃を躱す。
「それと単調だ。攻撃が正直すぎる。考えも分かりやすい。今の空拳は絶対やると思っていた。わかっていれば、攻撃をかわすのなんて容易いぞ。」
シュイは後ろに飛び距離を取った。
「さて、降参しないか?俺の攻撃は本気で殺す可能性がある。」
「だめだ!この国での戦いを挑む行為はその瞬間から命より重い。たとえどんな対価になってもだ。命を懸けるといった相手に大事なものを差し出せと言われれば、大事なものを差し出すしかない。」
「なら、大事なものを差し出せばいいだろう?売り言葉に買い言葉で申し訳ないが、俺は命を懸けた。」
「だめだ!俺が一番大事なのはレイナ姫だ。お前なんかにレイナ姫をやれん」
は?
こいつ、何いってんだろう。。。
「大事なモノといっただろう。大事な人ではない。」
「同じだ。俺にとって大事なのはレイナ姫ただ一人。」
横をちらっとみると、
ケルザも頷いている。
ということはシュイの大事なものはレイナ姫だと知っていたのだろう。
横にいるレイナ姫は赤面している。
「まてまてまてまて、ならこの戦い自体を取り消そう。」
「王が戦いを見届け始めた以上、この戦いは取り消せるはずがないだろう。」
はぁ。そういうことね。
考えていると一つの案が浮かんだ。
「んじゃ、悪いけど。なら俺お前からはレイナ姫もらうわ。」
一気に翔ける。シュイが反応して構えるが、遅い。
本気でシュイを倒そうと思えば正直一瞬だったのだ。
空拳を撃ってくるが全て俺の鎌で切り裂く。
衝撃波すらも切り裂くのが俺の絶対切断だ。
一気に首元に鎌を突き付ける。
「そこまで。」
ケルザの声が響く。
シュイは悔しそうに泣き出してしまったが関係ない。
「シュイ、ここから降りるんだ。」
俺がそういうとシュイは黙って降りて行った。
負けたものに発言権はないのだろう。
ケルザが声をかけてくる。
「お前最初は本気ではなかったな?」
「はい。私の能力は危険です。人を殺めてしまう力があります。」
「そうか。さて私は正直この結果に困っている。娘が15歳になるから祝うために呼んだのにそんな男に娘をやらねばならない状態となってしまった。」
「そうですか。では、正直に私は人と人が一緒になるというのは気持ちが大事だと思っています。」
深呼吸をして続ける。
「そのため、レイナ様が私を好いてくれていないのにレイナ様をいただくという気持ちにはなれません。」
「だが、それだとこの国のルールが…。」
「はい。そういうと思いました。なので、もう一勝負行きましょう。僕が貴方を倒します。この国のルールを僕がぶっ壊します。」
「んな…。」
呆けるケルザ。
リングを降りていたシュイが目を見開きこちらを見た。
「どうぞ。ケルザ様。構えてください。ここからは本気の勝負ですよ。」
そうだろう。どう見てもケルザのほうがシュイより強い。
「分かった。」
ケルザも戦闘狂に近い雰囲気だな。
ニヤリと笑っていた。