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タイトル『文芸部活動日誌』

作者: やまおか

 小学5年生の国語の授業で『物語を書いてみよう』と宿題を出され、原稿用紙の前でうなっていたことがあった。

 アニメや漫画は大好きだったが、いざ自分が作る立場となるとうまくいかない。

 真っ白な原稿用紙の前で固まるボクに、父が声をかけてきた。

 

「日常で感じたこと、自分の体験を書いてみればいい」


 なるほど、そういうものなのかとうなずきながら鉛筆の先をとがらせていく。学校を魔王の城に見たてて、クラスメイトたちと一緒に冒険する話ができあがった。

 魔王を倒すとみんなでハイタッチを交わした。


 次の日の教室では書いてきた物語を見せ合うクラスメイトの姿があったが、なにもいわずに先生に提出した。


 

 それからも、頭のなかで登場人物たちが動き回る感覚が忘れられず物語を書き続けた。

 なにか感情が強く動くことがあったときほど、筆がよく動いた。

 だれにも内緒の趣味を続けるうちに、書き溜めたノートは2冊、3冊とたまっていった。母に新しいノートをほしいというと、勉強熱心ねと勘違いされた。

 

 

 高校に入ると中学にはなかった『文学部』なるものがあることを知る。

 そこには本が好きで、中には自分と同じような創作活動もしている人がいるんじゃないかという期待が膨らみ始めた。

 お互いの作品を見せ合って、いいところを褒めあって、ときには議論に発展したりなんていう熱い場面が頭の中で繰り広げられていく。

 そんなことを考えながら1ヶ月が過ぎた。

 

 1ヶ月前に書いてしわのついた入部届けを持って、特別棟に向かう。3階の一番端、そこが文学部の部室だと聞いている。

 窓から見る木々は初夏の瑞々しい緑色にあふれていた。窓の外からはブラスバンド部が奏でる音が遠く聞こえ、同じ学校なのに別世界のようにゆったりと時間が流れていた。

 

 深呼吸をして息を整えて「失礼します」といいながら、ゆっくりとドアを引いた。

 古い本の香りがする。普通の教室の半分よりもせまい広さの部屋だった。両側の壁には本棚が並べられて、本がぎっしりと詰められている。

 古いものから新しいものまで、ジャンルもさまざまだった。中にはボクが読んだタイトルのものも見つかり、うれしくなった。

 部屋には引越し直後のようにダンボールが置かれて、部屋の床が見えないほどだった。

 

「ん?」

 

 ダンボールの山から人の上半身が生えた。

 髪をきれいな茶色にそめて化粧もしていて、こういうひともこの部活にいるのかと少し意外に感じた。

 普段女子と話すこともないボクは、もごもごと口を動かしながらあいさつを口にする。

 

「どもー、なんか用?」

 

 気だるげな口調の彼女を前に入部届けの紙を見せる。

 すると、彼女は困ったような顔をした。

 

「えー、うっそ」

 

 入部届けを渡そうと部長がいるかと聞いてみると、彼女の手が突き出された。

 その意図がわからず固まっていると、彼女に入部届けをうばいとられてしまった。

 

「あたしが部長よ。よろしくね、峰岸君」

 

 なんでボクの名前を知っているのかと聞くと、ひどいなぁと口をとがらせる。彼女は白崎真由(しらさきまゆ)、同じクラスの女子だった。

 

 一日で来なくなるというのも薄情な気がして部室に来ると、彼女は寝ているかスマホをいじっているかだった。

 文芸部ってなにをするのかと聞いてみると、イスをならべてつくったベッドの上で寝転びながら、彼女は「さあ」とだけ答える。

 

「去年まで一人だけいた3年の先輩がいなくなったってきいてたから、丁度いいとおもって入ったんだよね。だから、あんまそういうのは興味ないの」

 

 どうやら学校に自分だけのプレイベートルームが作りたかったらしい。そこに現れたのがボクという邪魔者だったわけだ。

 そう思っていたが、野良猫にかまうように時折話しかけてきては冗談を口にする。

 

「お菓子食べる?」といってキャラメルコーンの赤い袋差し出してくるのだから、これは完全にペット扱いなのだと憤慨する。

 

「キャラメルコーン最高だよね。箱買いしてきてさ、実はそこのダンボール全部そうなんだ」

 

 そんなバカなと思いながら、詰まれているダンボールを開けるとかび臭いと一緒にぎっしりと詰まった本が見えた。

 

「やだ~、うそにきまってるじゃ~ん」

 

 冗談を真に受けて真面目に受け答えするボクに、そういうときは「そんなわけねーよ」と返せばいいと苦笑いをする。

 

「ボク、こう、下手なんだ。会話のやりかたが……」

 

「しょうがないよ。無理しても大変だし」

 

 会話のキャッチボールをして、うまくボールを投げ返せると「ああ、こうやるのか」と嬉しくなった。

 

 

 部屋に積まれているダンボールには、本棚に入りきらなかった本も詰め込まれていたようで、本棚に並んだ作品を軒並み読み終わると、ダンボールから引っ張り出して次の本を読んでいる。

 

「ねえ、そんなに熱心に読んでるけど、おもしろいの?」

 

 つまらなそうにスマホをいじっていた彼女は視線だけを動かして、ボクが手にもつ本の背表紙を見ていた。

 タイトルを読み上げると「うわぁ、暗そう」と一言。

 やっぱり興味ないかとため息をつこうとしたところで、なにかおすすめの本はあるのかと聞かれた。

 

 有名どころの作品をいくつか本棚から引っ張り出してみる。

 

「じゃあ、これ」

 

 といいながら白崎は比較的薄めの本を選んだ。

 

 寝っ転がりながら顔の上で本を開いて読み始めたと思ったが、数分後、ばさりと音を立てて彼女の顔に覆いかぶさっていた。

 活字を追っていると良く眠れるらしい。

 

 それでも彼女は時間をかけて読みきると、次の本を催促してきた。

 

「宮沢賢治は苦手かな」

 

 彼女いわく、ここで感動して下さいねーとおしつけがましいらしい。

 彼女のお気に入りは芥川だった。毒があっていいそうだ。

 そんな風に感想を話したりと、少しだけ文芸部らしくなってきた。

 

「峰岸ってさぁ、意外とよくしゃべるよね~。教室ではいつも一人だから、そういうのイヤなのかと思ってた」

 

 教室では話しかけてくることはないが、部室では彼女はよくしゃべった

 特別棟では時間が止まったように静かで、ボクのぼそぼそとした声でもきちんと会話ができている。

 

 教室でのボクは肩をすぼめて萎縮している。

 クラスメイトたちの声に耳をふさいで机につっぷしていることがおおい。

 

 ボクのクラスは、そんなのドラマでしかないだろというぐらい和気藹々としたフレンドリーな雰囲気で、生まれてきてすいませんと毎日思っていた。

 一人で席に座っていると、のけ者にされるわけでもなくそっとしておいてくれる。

 優しいひとたちばかりだった。

 

 白崎はというと、興味のある話が耳にはいってくると「なになに、何の話?」といいながら会話の輪に自然に混じっていく。

 そんな彼女が、どうして誰もいない文芸部に入ろうとしたのかと不思議だった。

 

 

 その日も放課後になると部室に向かおうとした。

 途中の廊下で、担任の教師に頭を軽く下げて会釈してすれ違おうとした。

 

「最近、なんか楽しそうだな」

 

 他人からはそうやって見えてるらしかった。

 

 

 話の流れで小説を書いていることを話したことがあった。

 いいや、本当は自慢したかったのかもしれない。彼女に唯一勝てそうな部分だったから。

 

「へー、すごいじゃん。さすが文芸部部員」

 

 文芸部部長にほめられてしまった。

 てっきり、ふーんそうなんだという適当な返事か、茶化されるかという反応を想像していた。

 褒められた経験なんてあまりないため、ああとかうんとか、顔を赤くしながらうめき声をだしていた。

 

「ねえ、もしも完成したら最初にわたしに読ませてよ。そうだ、わたしも書いてみるから見せ合いっこしようぜ~」

 

 恥ずかしくて彼女に見せることはないだろうけど、もしもどんな小説かと聞かれたときに答えられるだけのものを書き始めた。

 

 昔父にいわれた言葉を思い出して、文芸部の部室を舞台にした二人の男女を登場させてみる。

 世界中で発生したゾンビに襲われた二人が、文芸部部室に立てこもるという書き出しから始まった。緊張した中でも、ときおり二人は他愛のない会話をして楽しそうに笑っている。

 

 女子のキャラクターが彼女ににていたのは気のせいだろう。

 

 

 部室にいくといつも白崎の姿があった。

 部屋が暗くなるまでいることが多く、彼女がボクより先に帰ることはない。

 

 飲み物を買ってくるといって部室をでていくと、ボクは部室の中で一人本を読んでいた。

 不意に、静かな部屋で爆弾のように音が響いた。びくりと身体をすくませる。

 彼女が机の上に置きっぱなしにしていたスマホが振動して、床の上に落ちそうになっていた。

 

『今どこ?』

 

『久しぶりに一緒にご飯食べない? 待ってるから』

 

 画面にはLINEのメッセージが流れていた。

 発信者には『母』と一文字書かれている。

 

 そこにはボクの知らない彼女だけの物語があった。

 

 廊下の先から足音が聞こえ、あわてて腕を引っ込める。

 本のすき間から、スマホを持ち上げた彼女の姿をそっとのぞく。

 見たのがばれやしないかとびくびくしていると、初めて見る彼女の顔は怖かった。

 笑顔はなく無表情のまま、スマホの電源を切った。

 

 怒っているのかと、猛獣から逃げるように遠慮がちに声をかける。

 

 誰からかかってきたのか、と既に知っていて答えが予想できる質問をなげかけた。

 

「いいじゃん、別に」

 

 むすっとした表情で彼女はボクに背を向けた。

 きまずい雰囲気に耐え切れなくなり、聞かれてもいないのに適当な用事をもごもごと口にして部室から逃げ出した。

 

 

 彼女に顔を合わせづらくなり、部室から足が遠のいた。

 教室で彼女と視線が合うと、何かものいいたげな顔をしていた。

 

 小説に登場するキャラクターたちがケンカを始めた。

 きっかけは些細な言い合いからだった。

 二人を仲直りさせる方法が思いつかず、筆が止まってしまった。

 

 彼女ともっと話したい、とそういう感情が自分にあることに驚いた。教室で誰かに話しかけらると緊張し、終わるとほっと安心しているはずなのに。

 

 

 ようやく、部室に足を運ぶ決心がついた

 部室の前で、初めてドアを開いたときよりももっと緊張していた。

 こういうときは思い切りが大事だと、手に力をこめた。

 しかし、ドアは引っかかり動こうとしない。

 

「お、やっときたね。さぼり魔~」

 

 背後を振り返ると、白崎がいたずらっぽい笑みをうかべていた。

 予想外のことに一晩かけて考えておいた会話の言葉が、頭の中から吹き飛んだ。

 

「はい、これ」

 

 部室の鍵を渡された。

 どうしてと疑問を口にすると

 

「明日からキミがここの部長だからだよ」

 

 ますますわからなくなった。

 彼女は言った、引っ越すことになったと……。

 

「本当はもっと早くいうつもりだったのに、峰岸が部活さぼるからさ~。教室で渡すのもしゃくだったし待ってたら、ぎりぎりになっちゃったよ」

 

 やめてくれよ、いつもの冗談だろ。

 しかし、彼女はちょっと困ったような顔でこちらを見ている。

 

 ……行かないでほしい。

 

 勝手に口が動いていた。フタをしていたはずの感情があふれるのをとめられなかった。

 

 ボクはキミにずっと憧れていたんだ。

 みんなと楽しそうに話して、冗談で周囲を笑わせて、他人に関わることにためらうことがない。

 そんな白崎のことが、すごいかっこいいって思ってたんだ。

 白崎みたいになりたいと思っていたんだ。

 キミがいなくなったら、ボクはどうすればいいんだ。

 

 ……だから、行かないでくれ。

 

 顔を赤くしながらまくし立てるボクに驚いた顔をする白崎。

 

「ありがとね。とめてくれたのって峰岸だけだったよ」

 

 それから、彼女は言葉を続ける。わたしなんてちっともすごくないよ……と。

 

「わたしはね、将来のことが不安だし、生きてるのってめんどうなことばっかりじゃない。だから、わたしは今が楽しければそれでいいの」

 

 彼女は無理をするように口の端をあげて笑顔を形作る。

 

「うちの親、しょっちゅう家に彼氏連れ込んできてさ、娘のわたしに遅く帰って来いっていうの。だけど、この前から急に母親ぶるようになってさ、一緒に過ごしたいとかいってきて、そうしたら再婚するからついてこいって。笑えるでしょ?」

  

「……それは笑っていいことなの?」

  

 反応に困りながら聞き返すと彼女おかしそうに笑った。ボクもつられるように笑った。

  

「峰岸にはそんなふうに笑っててほしいな。なんか、峰岸ってさ、わたしと同じ匂いがしたから。一緒にいて楽しかったよ」

 

 それじゃあねといって彼女はいなくなった。

 

 

 部室の整理をしていると一冊の本が見つかった。白崎がよみかけのまま放置していったものらしい。

 元の本棚に戻そうと持ち上げると、一枚の紙がはさみこまれていることに気がつく。

 しおり代わりにしていたルーズリーフのようで、彼女のくせのある文字が並んでいた。

 

 そこには書きかけの物語がつづられていた。

 

 どこかで見たことのある男子生徒と女子生徒が登場している。

 紙の上の世界は笑顔があふれていた。

 

 それから、約束は守れなかったけれど、彼女に見せるための小説を書き続けた。

 

 

 そんなわけで完成した小説のデータを添付して、編集部宛にメールを送った。

 作品のタイトルは『文芸部活動日誌』という単純なもの。あの口うるさい担当編集からダメ出しをくらうだろう

 一仕事を終えたあとの爽快感はなかった。

 小説を書くというのは自分の中にたまっている澱みのようなものを体からひりだす作業だったから。

 しつこく書きつづけているうちにそれを生業とする職業についていた。

 自分がはたしてプロと呼べるのかは甚だ疑問である。

 

 もっとも今回の仕事に関しては、書き上げた後の虚脱感は大きかった。現実に即して書いたもので、渡された編集もあれを欲していたのだろうかと不安になる。これだから、いまだにプロという自覚を持てないのだろう。

 

 あれに関しては書籍として印刷されないほうがいいんじゃないかとも思える。

 しかし、返事の早い担当編集からのメールが届いていた。

 

『読みました。これからいきます。白崎』

 

 これから赤がたくさんはいった原稿を挟んで、彼女とのやり取りが始まるだろう。小心者のボクは、彼女の好物のキャラメルコーンを用意してご機嫌取りをしておくことにした。

 

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