なやみごと5「一味辛の甘い夜」
友というのは、人間誰しも心の何処かで無くてはならないものとして認識しているのではないか。彼女は常日頃そう、考えていた。しかし、彼女の持つ懐かしく温かい記憶の中には、彼女の求める友の姿はなかった。それはあくまで彼女の求めた友であるからして、彼女に一切の友人が居なかったとは言えないのが、この話の悲しいところである。
高校一年生、一味辛は3月の入学試験を終え無事、志望校への入学を果たした。そんな彼女は、四月の間は、一息つくという目的でもって自転車で通える距離をわざわざ電車に乗って通学していた。そしてそんな彼女は、このまま五月になっても、願わくばそれ以降も電車による通学を所望していた。その理由は、至って単純なものであった。
辛の実家から三十分、徒歩で移動すると最寄り駅に到着する。そこからさらに二十分電車に揺られ彼女の通う高校に向かう。帰宅するときも、同じ工程を逆から行うのだがその帰宅にこそ、一味辛が電車通学を愛する理由があった。
田舎にしては頑張っているほうだな。彼女は駅舎を見るたびに思う。無人駅ではないし、ドがつけられるほどの田舎ではないところが憎らしいが、頑張り方が田舎っぽいところは憎めない。そんな駅舎北口の目の前に、愛はあった。
駅舎北口目の前、全国に店舗を構えるコンビニエンスストア。彼女は帰宅前いつもそこに寄って帰った。
「よう!」
店の前に座り込む、黒と白の毛がスーツを着込んだサラリーマンのようになっている猫に声を掛ける。
肌寒さから少しずつ開放され始めたこの四月にも、猫のぬくもりは嬉しかった。その野良猫はなぜかいつもそこに居た。そしてなぜか人にだいぶん慣れていた。辛が店先のゴミ箱の隣に座り込んで、温かいココアを飲んでいると、決まって足の間に挟まれに来た。
「ういやつういやつ。」
何をやるわけでもないのに、自分になつくその猫のことが次第に気に入っていった。
何を隠そう、彼女の言う友とはペットのことであった。幼い頃から、ペットを買うクラスメイトに憧れた。近所の家、庭で吠える犬を見ては心ときめいた。今回の野良猫は、彼女が初めて友にできるかもしれないと踏んだはじめの一匹だった。
「この子、次もここに居たら連れて帰っていい?」
ぱしゃりと撮った写真とともに母親に向けてメールを送った。足の間に挟まれて落ち着いている猫。我が家の仲間になったら名前は桜にしようかな。辛は考える。4月の夜に、家族が増えることは誰にとっても悪いことじゃない。
するりと足の間から抜け出した桜は、夜に消えていった。明日会えるだろうか。彼女の心に一抹の不安がよぎる。きっと友だちになってみせる。
携帯が、バイブとともに母からの返信を告げた。
「そんなの、だめです。」
今日のココアは少しだけ苦い気がした。