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なやみごと3「螺巻春風の些細な絶望」

 500円のもたらした焦燥は、その日常を楽しむ隙を与えなかった。コンビニでアルバイトに勤しむフリーター、螺巻春風(ねじまきはるかぜ)は、震える手でバーコードスキャナを500円に近づけた。

「500円になります。」


 忘れもしない、去年の四月。初めて彼の担当するレジの前に立った女性。買ったのはぬれ煎餅だった。こんな商品、この店舗にあったっけ。そんなふうに思った。お釣りを返すときに見えた手のひらが真っ白で、見ただけですべすべしているのがわかった。普段、女性との接触が殆どなかった螺巻のことであるから、その日一日はその女性の手が頭から離れなかったことは言うまでもない。

 それから女性は頻繁にここを訪れる。螺巻がシフトに入っている午後18時から22時の間、2日に一度はその姿を見せた。女性がこのコンビニに初めて訪れたときから数えて六回目、彼は女性に声をかけてみた。

「お疲れ様です、いつもいらしてますよね。お仕事帰りですか?」

とてつもなく緊張したが、勇気を持って声を掛けたかいがあったとすぐに思った。目を見て話す癖を初めて喜べた瞬間である。

「はい。四月からこちらに転勤になりまして…。ほら、すぐそこの雑居ビルの二回です!」

思いの外気さくに返事を返してくれた彼女は、右手で自分の右斜め後ろを大げさに指差しながら言った。その顔は螺巻の好きな系統で、小さな輪郭に小さな唇。大きな目はきらきらと潤んでいて可愛かった。前から気になっていたんですが…。と、彼女は螺巻に訪ねてくる。

「名札のお名前、なんて読むんですか?」

チャンスだと思った彼はすかさず、

「ネジマキです。あなたは?」

「私は、冬って言います。」

「フユさん、ですか。名字は?」

「うふふ、名字が冬なんです。冬雪子(ふゆゆきこ)っていいます。」

「え、あっそうなんですね。お仕事お疲れ様でした。」

店内に増え始めたお客に心配した螺巻は、そう言って会釈すると仕事に戻った。もしかすると、冬の笑顔に照れてしまったかもしれないけれど。

 たったそれだけの接点しかなかったものの、螺巻は冬のことが気になり始めていた。その矢先の出来事。冬が男とともに来店したかと思えば、幸せそうな笑みを浮かべながら500円をレジに持ってきた。そして今に至る。

「500円になります。」

はい。と返事をした冬と、500円玉をレジにそっと置いた男。お会計を済ませた二人は、なにやら話しながら店を出ていった。螺巻はほんの少し残念な気持ちになったとともに、今が6月であることを思い出した。

これから螺巻は、500円の絶望としてゼクシィを認識することになるだろう。

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