静謐の殺人マシン
マーシャル王国までは、私たち癒し行脚一行は、プレスペル皇国の式典に参加するアイオロス王と王妃さまの隊列と一緒にすすみます。
私の馬車にはリンダという、すこしおっとりとした女性が侍女兼護衛として同乗しています。
実はなんとメリーベルには、赤ちゃんができたんです。
馬車の揺れはお腹の赤ちゃんにさわるというので、今回の癒し行脚はお留守番をしてもらっています。
今回は各国を慰撫することがメインのお仕事なので、フルートを吹いたら次の国へというわけにはいかないので、ウィンディア王国に戻るのは1年後の予定です。
ウィンディア王国にもどれば、きっとメリーベルは赤ちゃんを抱っこして、お出迎えしてくれることでしょう。
私がウィンディア王国にきてもう3年も経つのですね。
「リンダには、好きな人はいないの?」
この新しい付き人は、いつもひっそりと控えていてほとんど口をききませんし、おそろしいくらいののんびり屋なので、お返事をもらうのに時間が掛かるのです。
これで、警護担当だというのですから、世の中わからないものです。
リンダは考え込んでしまいました。
いやいや、そんなに真剣に考えなくていいから。
だって好きな人がいるかどうかなんて、そんなに真剣に悩むような質問じゃないですよね。
悩まなければでてこない相手だったら、きっと好きな人だとは言えないと思いますけど。
「すき、というのかどうかわからないんですけれど。」
そのままたっぷりと5分くらい経ちました。
私がすっかり質問したことを忘れた時に、おどろいたことに返事が返ってきました。
「たぶん、ゴードンさまが好きかもしれませんわ」
あーそうですか。
さすがにいくら恋バナがすきでも、リンダ相手には無理ですね。
諦めましょう。
1年間もずっとこんな調子が続くのでしょうか。
早くもメリーベルが懐かしくなりました。
もしかしてレイってば、私のお喋りを封じるために、この恐ろしく無口な娘を付き人にしたんじゃないでしょうね。
レイのことですから、そんなことをやりかねませんよ。
ふっと目の前に座っていた、リンダの姿が消えました。
微かに人々が騒いでいる気配がします。
どうやら殺意はないようですが……。
そう確信した時、なんといつの間にかリンダが戻っています。
まるでずっとその場に、いたかのように自然に座っていました。
「デモでした」
ぽつんとリンダがそれだけを口にしました。
どうやら不穏な気配がしたので確認しに言ったら民衆のデモだったので、危険はないと判断したので戻ってきました、という報告なんでしょう。
すごい! このままだと私、読心術の大家になれるかも!
私は半ばやけくそぎみにそう思いました。
デモかぁ。馬車の窓を開けて外を見ると『ウィンディア王国は、出て行け』そんな文字をかかげて人々がじっとこちらをみています。
あーもう。なんだかいらいらしてきましたよ。
そんなに援助がいらないんなら、軍隊なんか全部引き上げればいいんだわ。
確かに平和を願ってこうして行脚をはじめたんですけれど、こうやってあからさまに拒絶されると嫌になってしまいます。
私はちっぽけな人間なんですよねぇ。
感謝されたり喜ばれたりすれば盛り上がり、こうして拒絶されるたびにいちいち傷つくのですから。
リンダを見ると、いつもとかわらず、ゆったりと座っています。
そうかぁ。
レイは私にリンダみたいに周りに影響されるなと言いたかったのでしょう。
ふぅ。なんだか私はまだまだお子様を卒業できそうもありません。
私はリンダを見習って、ゆったりと気をめぐらすようにしました。
そうするといらいらした気分も落ち着くようです。
今回の旅は、忍耐と辛抱が必要な旅になりそうですね。
その相棒には、きっとリンダがピッタリなのでしょう。
マーシャル王国に到着した時には、心底ほっとしました。
あの馬車の中は、まるで修行僧のいるお寺みたいに陰気だったんですもの。
私はさっそく冒険者アースのパーティを自分の部屋に呼んでもらいました。
修行僧の真似なんて、私にはできそうもありません。
ミカたちとお喋りしないと、頭がおかしくなりそうです。
「よう、久しぶりだなぁ」
「何だい、姫さんはえらく陰気な顔をしてるじゃねえか」
「レティ、元気だった?」
3人の朗らかな顔を見て、私もウキウキしてきました。
「ええ、元気よ。お茶にしましょ。またあの冒険談を聞かせてよ。レイに録音装置を貸してもらったの。これでプロの人に本を書いてもらうのよ」
「へぇー、俺たちの活躍が本になるのか、参るねぇ、俺に惚れる女がいっぱいあらわれそうだぜ」
「ノブ、そういうのをアースでは捕らぬ狸の皮算用って言うんだぜ」
「はん。彼女のいる奴は余裕だねぇ」
ノブの軽口にミカは真っ赤になりました。
キャキャと騒いでいるうちに、お茶の準備が整ったようです。
その瞬間、アースのメンバーに緊張が走りました。
ノブとケイは既に戦闘体勢に入っています。
「どうしたのよ、3人とも」
私が叫ぶと、ケイがいつでも戦える体勢を崩さずに言いました。
「何で無音のアサシンがここにいるんだ!」
ケイたちの視線はリンダに注がれていましたが、リンダはいつものようにゆったりと静かに佇んでいるだけです。
「リンダなら、私の護衛よ」
「まさか!」
「あのサイレントキラーが、レティの護衛だって!」
「嘘だろう。無音のアサシン。静謐の殺人マシンだぜ」
さっきから恐ろし気な言葉が飛び交っていますけれども、それってリンダのことでしょうか?
人間が出来ていたのではなく、プロの殺人者だから静かだったの?
馬車の中の私の悟りを返せ!
私は呆然としながらもとりあえずアース達を座らせようとしましたが、最高レベルの殺し屋がいるのに座れる訳がないと言われてしまいました。
そこまで警戒するかぁ。
私はげんなりしながら、リンダを座らせました。
それを見てようやく3人は、椅子に浅く腰掛けました。
急いでレイにここに来てもらえるように伝令を走らせましたが、その間もピリピリとした緊張感が主にアースのメンバーから漂ってきます。
レイってばいったい何をやらかしてくれたのでしょう。
アース達とリンダの間に入ってすっかり途方に暮れていると、やっとレイが来てくれました。
「何ですか? おやおや。随分と物騒な気配を振りまいているじゃありませんか。アースの皆様。守るべき主を前にして、そんなに殺気を振りまくなんて失礼ですよ」
レイが部屋に入るなり緊張しているアースのメンバーに声をかけました。
「守る相手がいる場だからこそだろうが。レティはこいつを護衛だというがなぁ。こいつはこの世界で一番の殺し屋、無音のアサシンなんだぜ。これはいったいどういうことだよレイ!」
ケイはとうとう立ち上がって、じりじりとリンダとの間合いを測り始めました。
「ですからね。君たちはレティの護衛ですよね。そしてこのリンダはレティの侍女兼護衛、いわば付き人です。付き人と護衛、別に仕事が被るわけじゃないんだから、そう怒る理由もないと思いますけどね」
レイの言葉にケイは本気かというようにレイを睨みました。
「レイ、本気でこのアサシンをレティの警護に付ける気か! ウィンディア王国はレディが大事じゃないのか?」
レイはゆたりとリンダの横に座ると、侍女たちに冷えたお茶を入れ替えるように言いつけました。
「本気ですとも。レティにとって、これ以上頼もしい護衛はありませんからね。暗殺というのは、どれほどの使い手が護衛していても、防げないことがあります。リンダなら相手の技を全部知っていますからね」
「それは、そうかも知れないが……。レイ。今回の旅はそこまで危険か? 聖女の暗殺を謀るものがいると信じる訳があるのか?」
ケイの質問にレイは手振りで座るように伝えました。
ケイたちは今度こそ、椅子に深く腰をかけました。
「今回の旅は、ウィンディア王国にとっては各国を慰撫する重要な旅になります。そしてナナさえ殺せば、その作戦は頓挫するでしょう。しかも聖女を殺されたウィンディア王国の国民は、報復を求めるでしょうね。ナナが死ねば世界は再び騒乱の時代に戻ることになります。しかしナナを表立っては殺せません。霊獣が警備していますからね」
「確かに。無音のアサシンクラスの暗殺者なら、ナナを殺せる可能性がある。だがレイ、なんで無音がウィンディア王国側についたんだ。無音のアサシンは暗殺専門だ。誰かを守るなんて考えられない」
「いやぁー。若いねぇケイ。女ってのは惚れた男の為には主義を曲げることも厭わないものなのですよ」
「誰だよ、その無音のアサシンをすら虜にした男ってのはよぅ」
とうとうノブが堪りかねたように質問した。
「君たちもよく知っている人物ですよ」
その答えに全員の視線がレイに集中しました。
レイは慌てて両手を振って否定しました。
「いやいや、勘弁してくださいよ。私はアンジェリカを愛していますからね。アンジェ一筋ですよ。そんな疑いをもたれただけでどういうことになるやら……」
レイがアンジェリカ王女の尻に敷かれているのは良く判りました。
だったらいったい……。
「ゴードンですよ。前にリンダが一度だけ暗殺に失敗したことがありましてね。そのとき、まぁ色々ありまして。今やリンダはゴードンの愛人なんです。ゴードンは責任をとって結婚するって言ったんですが、リンダも頑固でね。それで1年ナナを護衛することで禊にすることにしたんです」
いろいろ突っ込みどころ満載すぎます
それって襲ってきたリンダをゴードンが、美味しく頂いちゃったってことですよね。
しかも私がそんなに危険な立ち位置にいたなんて聞いてませんしね。
アースメンバーのリンダを見る目がいろいろ複雑なものになったのは仕方ない。
うん、仕方ない。




