ノリスとのデート
「おはよう、さあや。今朝はいい天気だよ。庭で朝食を食べようか」
ノリスがいずれ結婚する時に備えて作り上げたお屋敷は、ウィンディア様式と砂漠の様式を上手に取り入れていて、朝食のテーブルはウィンディア風のつるバラと芝生のあるお庭にしつらえてありました。
花壇の花はとても手入れが行き届いているし、テーブルには朝の柔らかい日差しが差し込んでいます。
「わぁ、めずらしいわねぇ。今朝はパンケーキなんだ。トマス料理長の作るパンケーキはふんわりしていて絶品なのよねぇ」
ここのところ忙しすぎて、こんな風にゆったりとした気分で食事したことなかったなぁ。
私ははノリスの心遣いが嬉しくてたまりません。
「パンケーキだけじゃぁないぞ。さっきオレがもいできたオレンジだ。ジュースを作るから待っててね。さあや」
そう言うとノリスはせっせとオレンジを絞りだしたから、たちまち辺りにはオレンジのいい香りがふわぁと広がっていきました。
「いい匂い。オレンジの香っていいわねぇ。元気なお日様をたっぷりと浴びたのね」
「そうら出来たぞ」
そう言ってノリスはグラスに入った氷のせいで、きんきんに冷えたオレンジジュースを、ピタリと私の顔にくっつけました。
「キャー。冷たい。ノリスたらひどいわ」
私は思わずキャッキャッと、笑ってしまいました。
ノリスの悪戯が楽しかったのです。
そういった無防備なナナの姿を引き出せたことにノリスはほっとしていました。
砂漠の国にきてからも、ナナはどことなく憂いを帯びた顔をしていたのだが、その憂いは例の宇宙船を発見し、それを封印したことにあるのだろう。
霊獣システムの停止が何をもたらすのか、ノリスだってわからない訳ではなかったのだが、ナナの言う科学文明が発展した社会というのが、今よりも良いものであるとは思えなかった。
だからなんでいつまでもナナが、そんなことを気にやんでいるのか少しもわからない。
結局のところナナは隠し事が嫌いなんだろう。
隠し事ひとつでああも苦しむのが、カナリアというものの特性かもしれない。
アイオロス王が、こんな時期にノリスにナナを託したのは、ほんの少しでもナナの憂いを晴らしてやりたかったのに違いない。
ノリスはそんなことを脈絡もなく考えていました。
「ノリス。何しているの?一緒に食べるのでしょう?」
ノリスが動かないので業を煮やしたのかナナが呼んでいます。
「ごめんねさあや。でもちょっと間違っているよ。一緒に食べるんじゃなくてオレがさあやに食べさせてあげるんだよ」
「えぇ。それじゃノリスがゆっくり食事できないよぅ」
「いいの。ここにいる間はさあやのごはんはオレが食べさせるんだからね。はい、さあや。あーん」
それでもさあやはノリスに給餌されるのに慣れてしまっていたので、素直に口を開けるのです。
ノリスはこうしてさあやに食事をさせる時間がとても好きでした。
惜しむらくは、さあやがすぐに満腹になってしまうことです。
「さあやは食べなさすぎだ。本物の小鳥くらいしか食べないじゃないか
ノリスが文句を言えば、いつも決まってさあやはこう言うのでした。
「だってもうお腹いっぱいなんだもの。ノリスが食べるのを見ているわ」
そしてノリスの食事量の多さに、毎回目を見張って言うのです。
「ノリス。凄いわ。大食い選手権に出られるわよ」
大食い選手権の何がそんなに面白いのかわからないが、毎回律儀に目をまるくするさあやをノリスはとても可愛いと思うのでした。
「さあや、せっかくの休暇だから湖に行ってみないか。ボートに乗ったり、泳いだりして遊ぼう」
「ノリスはずいぶんサービスしてくれるのねぇ。後が怖いわ」
さあやは憎まれ口を叩きましたが、それでも嬉しそうでした。
今このひとときは、さあやとノリスはごく普通の若い恋人たちでしかありません。
砂漠の国にある湖は、恐ろしく透明度が高くノリスは泳ぐなんていうけれども水温が低すぎてこの湖で泳ぐことができるのは、かなり鍛えている人間だろう。
つまりは砂漠の民なら平気で泳げるって訳ね。
私は湖で泳ぎまわる子供たちを見てため息をつきました。
私ときたら湖に足先をつけただけで、その冷たさに悲鳴をあげて水泳を断念してしまったんですもの。
それでもこの椅子にのんびりとすわって、遊び廻っている子供たちを見ているだけで十分に休暇を楽しめているんですよ。
「お姉ちゃん。遊ばないの?」
そう声をかけてきたのは、5歳くらいの男の子でした。
「ごめんね。あんなに冷たい水に浸かったら、きっと熱を出してしまうわ」
私がそう言うと男の子は驚いて反論しました。
「いくらなんでも、泳いだくらいで熱を出すやつなんているもんか。僕が子供だと思ってからかっているんだろう」
「いいやぁ。残念ながらそれは本当なんだ。この子は虚弱体質でね。前にも少し水を被っただけ風邪をひいて高い熱を出したんだよ」
ノリスが少年に丁寧に説明しました。
それを聞くと、子供はいかにも気の毒そうに私をみると、そろそろと頭を撫でて慰めてくれるのです。
「大丈夫だよ。砂漠の巫女姫さまがきっと治して下さるからね。早く元気になれるといいね」
そしてさよならとばかりに手をふると、あっという間に湖に飛び込んで泳ぎだした。
私たちは顔を見合わせて吹きだしました。
「ねぇ、ノリス。私って病人だったっけ?」
「そうだなぁ。さあやのその虚弱さは十分病人として通用しそうだぞ。さすがの砂漠の巫女姫でも治せそうもないがな」
「ええ、こればっかりは治療法はなさそうだわ」
「そうでもないかも知れないぞ。あのリュウ先生なら、さあやの虚弱体質を治す薬も作れるかもしれないじゃないか」
「リュウ先生かぁ。でもなぁ。これってカナリアの性質みたいなもんだものなぁ」
ナナはすっかり諦めていますがノリスは諦めていません。
すでにナナの体質を改善する薬の研究を依頼しています。
リュウ先生にしても、強壮薬は需要がある薬ですから、喜んで仕事を請け負ってくれました。
ノリスはナナが熱を出して苦しむ都度に、可哀そうでならなかったのです。
なるべく熱をださないように、日常生活にも多くの制限をしなければならない現状を少しでも良くできれば……。
ノリスはそう願っていました。
「ヤバイ、魔獣がこっちに流れ込んだぞ」
「警備兵、急いでくれ。子供たちがやられる!」
「急げ、子供たちを退避させろ」
「やばい、でかぶつが来やがった」
この湖にはあの大迷宮からの水が流れ込んでいます。
普段は穏やかな湖なのですが、ごくまれに迷宮の水蛇の魔獣が流れ込んでしまうことがあるのです。
そんな場合に備えて警備兵が常駐はしているのですが、そんな事件は何十年に1回あるかどうかなので、ここの警備兵は、水の事故の対応や、喧嘩の仲裁が主な任務でした。
どうしても新兵か、老兵が廻される仕事場なのです。
ノリスは直ぐに飛び出しましたから、青龍の姿を見て人々は歓声をあげました。
「青龍だ!」
「砂漠の守護獣だ!」
「守護青龍さまがいらっしゃったぞ」
「助かった! 今のうちに子供たちを救出しろ」
「はやくしろ!」
青龍が魔獣を引き付けている間に、兵士たちは湖に浮かんでいる子供たちを残らず回収した。
魔獣の起こした渦に巻き込まれて、溺れてしまった子供たちだ。
私は素早くフルートをとりだすと、すぐさま癒しの楽曲を奏でました。
瞬く間に金色の光の粒が子供たちに降り注ぎます。
その時、ズドーンという重い音がして、魔獣が湖から砂浜に投げ飛ばされて落ちてきました。
すかさず青龍がブレスを吐いたので、魔獣は瞬くまに消し飛んでしまいます。
子供たちを癒した金色のひかりは、そのまま砂浜から湖へと降り注ぎ、魔獣によって、もたらされてしまった瘴気を浄化していきます。
その美しい風景を、人々はうっとりとして眺めています。
「おい、古傷が治ったぞ」
「いやぁ。このごろ目がかすんでいたが、良くみえるわぁ」
「砂漠の巫女姫と青龍さまがいらしてたなんてついているなぁ」
「初めてみたけど、巫女姫ってちっこいなぁ」
「あれでもう16歳なんだぞ。青龍さまと結婚されるそうだ」
「もしかしてデートかぁ」
「デートだろう」
「くっそう。リア充め」
なんだか話がどんどん下世話になっていきますので、ノリスはさっさと私を抱き上げてしまいました。
その途端キャーキャーと黄色い悲鳴があがり、ノリスさま、青龍さま、姫さま、レティシア姫と、おもい思いに2人に呼びかけました。
ノリスは私を肩に担ぎあげると民衆に手を振って空を駆け上がります。
私もノリスの肩に腰をおろした格好のまま、手を振りました。
その時、私は先ほどの少年と視線があったので、にっこりとすると少年もうれしそうに笑いました。
実はこの少年こそが後に砂漠の英雄と言われる人物であり、ノリスとナナとの初めての出会いだったのですが、この時にはそれを知るものは誰もいませんでした。
逃げ出すようにノリスの家に戻った2人はお互いに苦笑いをしました。
「しっかし、本当にさあやが行くところにトラブル有りだなぁ。まさかあの瞬間に魔獣と遭遇するなんていったいどれくらいの確率なんだろう」
「でも良かったじゃないの。だってそのおかげで誰にも被害が出なかったんですもの」
まぁ、なんだか最後にはやっぱり事件に巻き込まれてしまいましたが、おおむねこの休暇はおだやかなものでした。
ナナもたっぷりとノリスに甘えられて満足ですし、ノリスも久しぶりに婚約者とすごすことができました。
「ノリス。楽しかったわ。ありがとう。いい休暇だったわ」
「さあや。オレも楽しかったよ。無理するんじゃねえぞ。ちゃんとアンジェの言う事を聞くんだぞ。お転婆はダメだからな」
ノリスがそんなことを言っている間にナナの姿は消えてしまいました。




