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もぐら叩きの憂鬱

 あの地底に眠り続けた気の毒な人々の存在は、影のように霊獣たちの心に残りました。

 あの人々のおかげで霊獣の存在があるからです。


 しかし現実の世界では、それがとても些細なことに思えるほど、紛争騒ぎが立て続けにおこりました。

 プレスペル皇帝の死去、ウィンディア王国を揺るがした霊獣連続殺人事件、そのせいでゴルトレス帝国の力が相対的に大きくなって、じわじわとウィンディア王国傘下の国々やプレスペル皇国傘下の国々に揺さぶりをかけ始めました。


 ウィンディア王国傘下の国の中で、真っ先に崩れはじめたのはアブデラヒル公国でした。

 ここの大公はフランコア・ロベルテ・アブデラヒルという御年18歳という女性です。


 父であるオリエール大公は長らく近隣諸国を威圧してきた凄みのある人物でしたから、ウィンディア王国から派遣された駐留軍のトップは温厚で名高いマーティンズ・マット・ナズリ伯爵でした。


 ナズリ伯は、切れやすいという評判のオリエール大公の信頼を得て、アブデラヒル公国の治安維持に貢献してきた立派な人物です。


 ところが公女殿下が大公位を継いでみると、お若い大公にとってアズリ伯爵は人の良いお爺さんにしか見えず、フランコア大公の信頼は、若い貴公子であるラーセン・M・ハムローニ伯爵に移ってしまったのです。



「大公陛下、およびでございますか」


「ラーセン、2人っきりの時にはフランと呼んでと言っているじゃぁありませんか」


「フラン、可愛い人。どうかしたの?」


「また、ナズリ伯爵が来て、食料自給率をあげろとかなんとか国政に口出ししたのよ」


「無礼な奴め、だからねフラン。ウィンディア王国の兵隊なんて追っ払ってしまえばいいと、いつも言っているじゃありませんか。フラン。そろそろ覚悟を決めてしまいなさい」


「でも、ラーセン。ウィンディア王国の庇護を失ってやっていけるほどアブデラヒルは豊かではないわ。お父さまが湯水のように戦費を使ったつけがあるんですもの」


「だから僕にはゴルトレス帝国に伝手があるって言っているでしょう。ゴルトレス帝国はウィンディア王国と手を切ればお金なんていくらでも貸し出すって言うんですよ」


「そうは言っても、ラーセン。大公としてこれ以上の借金はできませんわ」



 これがアズリ伯爵から送られてきた、アブデラヒル大公とハムローニ伯爵との会話の一部です。

 アブデラヒル公国では、ウィンディア進駐軍排斥運動がそこかしこでおこっていて、人々になるべく怪我を負わせずに追い払おうと、毎日兵士たちは神経を削っています。



 このような国はアブデラヒル公国だけでは、ありません。

 ゴルトレス帝国はそれこそ各国に密偵を送って、言葉巧みにゴルトレス帝国に寝返るように仕向けたり、ウィンディア王国やプレスペル皇国を排斥する、『自由を求める市民の会』を結成したりしています。



 その騒動をモリ達がせっせと駆けずり回っておさめようとするのですが、右で火の手が上がったら、今度は左というようにキリがありません。

 まるでもぐら叩きのように、叩いても叩いても次々にもぐらが現れるんですもの。


 これはどうやらプレスペル皇国も同じで、各国首脳を招いての葬儀や戴冠式をおこなわないと更に足元を見られることになるのですから、忙しさはウィンディア王国の比ではありません。


 しかもプレスペル皇国に潜むゴルトレス帝国派は一掃された訳では無く、皇国の奥深くに潜んでいただけのようで、内部の引き締めにも手を取られているようです。



 私はすっかり面倒くさくなってしまいました。


「もうさぁ、ゴルトレスを頼るって言うんならそうさせればぁ。そうすればゴルトレス帝国が属国をどう扱うがわかっていいじゃない。実際のところウィンデア王国がゴルトレス帝国に侵略される訳ないんだし」


 そうなんです。

 こちらには青色龍・銀色狐・紺色熊・灰色狼・深紅色ムササビという強大な戦力がありますし、回復要員として金色金糸雀・暗銀色鼠・黄緑色カメレオンもいます。探知能力のオレンジ犬だっているんですよ。


 これで負けるなんてことある訳ないじゃありませんか。

 その時ふっと、あの霊獣システムが停止されない限りね! という声が聞こえてきたような気がしてうすら寒くなりました。


 この時期に霊獣システムを停止させれば、たりまちゴルトレス帝国が世界を征服してしまうでしょう。

 システムを秘匿したのは間違いじゃなかったのです。

 少なくとも、いまのところは。


「おい、おいナナはいつから孤立主義者になったんだぁ」

 お父さまは面白そう私をからかいます。


「だって。向こうがいらないっていうなら援助なんかしなくてもいいじゃない。レイもモリもダンもちっとも休めていないのよ。お父さまだって、この激務の合間にプレスペル皇国にもいくんでしょ。しかもどうやら砂漠の国は孤立主義を選ぶみたいじゃない」


「砂漠の国は、もともと相互不干渉が基本の国なんだぞ。ノリスがお前にべたぼれだから、まぁその辺がなぁなぁになっちゃいるがね」


 お父さまがそんなことを言うので私は恥ずかしくってたまりません。


「知っているよ。お前を砂漠の国に連れ戻そうする勢力が最近力をつけているようだからな。ナナもノリスの立場を考えれば複雑な気分だろう」


 お父さまはこの恐ろしく忙しい時に、娘のナナがノリスとウィンディア王国の板挟みで苦しんでいたことも知っていたようです。


「ごめんんさい。八つ当たりしました。私は結婚式を挙げるまではここにいますし、お父さまの手助けをします。金のカナリアがいるだけでも、国民は心強く思ってくれるでしょうからね。それに紛争諸国に行って病気の治療行脚をはじめたらどうかって思ってます。ウィンディア王国の支援の一環として」


「やぁ、そう言ってくれて助かるよ。レティシア王女が来るって言えば、しばらくは連中も大人しくなるだろう。現実に命を救われた相手に、後足で砂をかける真似はできないだろうからね」


 モラルがほっとした顔をしましたが、レイが難しい顔をしてアイオロス王に相談しました。


「ウィンディア王国の国王の隊列と癒しの聖女レティシア王女の隊列を組むのは厳しいですねぇ。ウィンディア王国の体面も保たなければなりませんし」


 そうでした。かなりの騎士様方が進駐軍として各国に派遣されていますからね。貴族は自分の騎士隊を持っていつとはいえ、国からも援助しているのです。


「それなら通り道のマーシャル王国で兵を借りたらどうだ。私は今でもマーシャル王国のプリンセスだし、レティには私がお目付け役として同行すれば名目上は自国の王女の護衛だ。問題ないだろう」


 レイはほっとした顔をしました。


「それは助かるな。アンジェよく言ってくれた。久しぶりに父君にお会いしてお願いするか。私はアイオロス王に同行するから、そのじゃじゃ馬のお目付け役をしてくれると本当に助かるよ」


 じゃじゃ馬なんて随分失礼なことを言っています。

 しかし私は過去にいろいろやらかしているので、反論できませんでした。



「ナナの護衛を霊獣に頼みたいんだが、どうするか……」

 レイが悩んでいると、モリが声をかけました。


「冒険者を雇いましょうよ。 アースって冒険者パーティはおすすめですよ」


 アースって言えばミカたち3人組です。

 それは紺熊のケイと深紅のムササビなら鉄壁の護衛になりますね。

 ミカたちに会えると思うと私は、また始めることになった長い癒し行脚も苦にならなくなりました。


 ミカたちはウィンディア王国を出発する前日にコハクが転移で呼び寄せることになっています。

 ぎりぎりまで迷宮に潜っていたいなんて、冒険がすきなんですね。


 私には、この行脚中にミカ達の冒険譚を、聞き書きしておこうという目論見もありました。

 あまりにもハラハラドキドキの冒険譚は眠らせておくにはもったいないと思ったからです。


 きっと多くの子供たちが、夜眠るのも忘れて冒険譚を読みふけることでしょう。

 その話に憧れて冒険にでる子供もいるかもしれません。


 それに私はこの冒険譚に暗号を仕込んでおくつもりなのです。

 今はまだ、霊獣システムは止められない。


 けれどどういう選択をするかの選択肢を隠し続けるのは、やはり違うと思うからです。

 遠い未来にその冒険譚の秘密を知った人はどのような選択をするのでしょうか。


 もちろんお父さまとレイにはしっかり確認するつもりですし、暗号はシンに考えて貰おうと思っています。

 暗号解析の専門家であるシンなら飛び切り難しいのを考えてくれるでしょう。


 そんなことを考えてぼんやりしていたからでしょう。

 アイオロス王はナナをみつめるといきなり命令しました。


「コハク、こいつをノリスのところへ送ってやれ。しばらくきつい旅が続くんだ。ナナすこし婚約者に甘えておいで」


 最後は父親の顔になってアイオロス王はそう言いました。




 ノリスは執務室にいきなり出現した私を見て大いに慌てました。


「さあや、どうしたの? 何かあったの?」

 慌てて私の元に飛んでくると心配そうに質問します。


「違うのよノリス。私はしばらくまた治療行脚を始めるから、その前にしばらくノリスのところで骨休みしなさいって、お父さまが」


 ノリスはそれを聞くと喜び勇んで宣言しました。


「今日の公務はここまでだ。みんなご苦労様。帰っていいぞ」


 そのあまりにあからさまな手の平返しに、部下たちは苦笑しながらもナナに温かい眼差しをおくります。

 この青龍の婚約者が、けっこうがんばりやなのは知っていたからです。


 久しぶりに休暇を貰った私たちの邪魔する人はいませんでした。


 私とノリスはそんな人々の想いが感じられるので、なんだかくすぐったくなりました。

 2人で顔を見合わせてはにっこりとします。


「どこに行くさあや」


「いつもの東屋がいいわ。風を感じたいから」


「おおせのままに姫」


 ノリスはふわりと私を抱き上げると、ゆっくりと執務室を後にしました。


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