小さなお祭り
もともとアイオロス王の政策は、力が均衡した3ヵ国で天球のバランスを保つことでした。
基本となる3ヵ国のうちの1つが、いまやグラグラと揺れています。
ゴルトレス帝国は、世界の覇者たることを諦めていませんし、ウィンディア王国は地球の1件が尾を引いていてウィンデア王派にも動揺した国々があったのを、プレスペル皇国皇帝がうまくおさめてくれた部分もあります。
レイが宰相になってから、ダンたち諜報部を率いているのはモリです。
モリたち諜報部が熱心に情報を集める一方、レイはプレスペル皇帝の葬儀や戴冠式出席のための準備に忙殺されています。
「お母さま。お父さまが留守の間に私が結婚式をあげるわけにはいきませんし、情勢が落ち着くまで結婚式は延期にするしかないのでしょうか?」
私は王妃さまとアンジェリカ王女とに相談を持ち掛けてみることにしました。
アンジェリカ王女は王妃さまのお気に入りになってしまったらしく、しょっちゅう王妃の間に呼ばれているうちにとうとう王妃さまの筆頭侍女にされてしまったんですよ。
アンジェは宰相である夫のレイからいろいろと情報を得ているらしく難しい顔になりました。
「これはまだ決まった訳ではないのですが、レティの結婚式は2年ばかり延びそうな気配なんですよねぇ。下手をするとあちこちで紛争がおきそうなんだ。ウィンディア王国も巻き込まれるかもしれないし、全く無傷というわけにはいかないでしょう」
「そうねぇ。センの結婚式の時みたいにごたごたするのは嫌だし、それならいっそ落ち着いてからの方がいいかもしれませんねぇ」
お母さまもアンジェの話に賛同してしまいました。
私はノリスが結婚を待ち望んでいるのを良く知っていましたから、少しくらい大変でも結婚式を挙げたいのです。
「お母さま。それほど盛大な式にはこだわりませんわ。お父さまとお母さま、後は親しい方々だけで神殿でひっそりと式をあげる訳にはいきませんか? これ以上ノリスを待たせるのは気の毒ですもの」
私のその言葉は、婚約者に恋する娘の可愛いおねだり、としか受け止められませんでした。
「レティ。焦る気持ちもわかるけれど、結婚の時期についてはお父さまであるアイオロス王がお決めになることですよ。これほど忙しい時期なのですから、わがままを言ってお父さまを困らせるんじゃありませんよ」
王妃様にきっぱりと言われてしまえば、それ以上言い募ることはできません。
私だってこの緊迫した状況は理解できるからです。
「あーー。もうお姫さまになんてなるもんじゃないわねぇ。ちっとも自由になんかできないんだから」
私がクッションをまるで敵みたいにポスポスと殴りながら愚痴をこぼす様子を見て、メリーベルが申し訳なさそうな顔になりましたが、それでも用事があるらしく私に語り掛けました。
「姫さま。こんな時に申し訳ないのですが、2~3日休暇をいただけませんか?」
「メリーベルが休暇を欲しがるなんて珍しいわねぇ。2~3日なんて言わずに10日でも1ヶ月でも好きなだけおやすみしていいよ。もうここ2年くらい休暇をとっていないでしょう?」
休暇については快諾しながらも、私はこんな時期に休暇を欲しがるのが不思議でした。
「メリーベル、いったいどんな理由でお休みするの? 別に言いたくなければ言わなくてもいいんだけれどね」
休暇の理由を詮索するなんてはしたないとは思うものの、聞かずにはいられなかったんです。
するとメリーベルは頬を染めて答えました。
「モリさまと結婚式をあげることになったんです。レイさまが立ち会ってくださるので、2人だけでひっそりと」
メリーベルの仰天発言に私はすっかり興奮してしまいました。
何といっても恋バナって大好物なんですもの。
「メリーベル、なんでそれを早く言ってくれないのよ。嫌だわ水臭すぎるわよ。お母さまは知っているの? 結婚したらどこに住むの? もちろん私も参列したいわ。行ってもいいわよね。メリーベル」
怒涛のような私の質問にメリーベルはすっかり覚悟を決めたようです。
私の向かいに腰をかけると、丁寧に説明をはじめました。
「王妃さまのご配慮なんです。私も31歳になりますから、結婚は急いだほうがいいだろうということで……。あの、子供のこともございますし……」
メリーベルは真っ赤になると小さい声で言い添えました。
「それで住居なんですが、しばらくはモリも忙しくて王宮に詰めっぱなしになるだろうということで、王宮のすぐ近くのペントハウスを借り受けましたの。モリはアイオロス王から子爵位をいただきましたから、屋敷を構えても良かったんですが。」
そうなんです。
例の連続殺人事件を解決した褒美としてモリは、ジェームズ・モリ・クロウ子爵に任じられました。下位とはいえ貴族ですから屋敷ぐらいはもてる筈です。
アイオロス王はモリの力量を高く評価していますから、今回のごたごたでモリが成果をあげれば上位貴族に取り立てる腹づもりかもしれません。
とはいえいくら気に入っていると言っても、周囲が納得できる成果がなければなりませんけれどもね。
屋敷を整えて貰えなかったメリーベルは少し不満げですが、メリーベルも女ですから親類縁者にはお屋敷の女主人としての姿を見せたいのでしょう。
「大丈夫よメリーベル。この情勢が落ち着けばモリは屋敷どころか館を建ててくれるわよ。きっとしばらくの辛抱だわ。それよりもメリーベル。そういうことなら今から休暇を与えます。新居の準備もあるでしょうしね。1ヶ月間はこの部屋に出勤するのは禁止します」
メリーベルは驚いたような顔をしましたが、すぐに立ち上がると綺麗な礼をしてお礼を述べました。
「シャーロット姫さま。ありがとうございます。私めはこれより1ヶ月の間休暇に入らせていただきます」
私はにこにこしながら追い出すようにメリーベルをさがらせました。
どうせメリーベルの結婚式には、お母さまやアンジェも参加するつもりだろうし、こっそり私も混ざってしまいましょう。
メリーベルの結婚式当日、メリーベルもモリもぎょっとすることになりました。
立ち合いにレイをお願いしましたが、列席するのはメリーベルの親族だけのはずでした。
しかし神殿の椅子にずらりと座って式の進行を見つめている人々の中には、ここにいてはいけない筈の人々の姿がちらほら散見されるのです。
ゴードンやモラルみたいな守護隊の仲間や近衛騎士たちはまあいいでしょう。
身内みたいなものですから。
ダンたち諜報部員やメリーベルの侍女仲間は、仕事を放り出してきたのでしょうか?
そうしてアイオロス王! あなたがここにいてはいけないでしょう。
どうして王妃やシャーロット王女まで、すまし顔でこんなとこにいるんでしょうか?
モリもメリーベルも警護の心労を考えて頭が痛くなりました。
どうせコハクの転移を使ったのでしょうがウィンディア王国の重鎮たちが、こんな警護のゆるい田舎町のささやかな神殿にいるなんて、敵に襲撃されたらどうするつもりなんでしょうか?
モリがふと神殿の入り口を見ると、扉を背に何人かの人影が立っているのがみえました。
ケイ・ミカ・サム・リュウ・ノブ。
地球救世軍時代の部下たちです。
その横に、彼等を運んだらしいノリスの姿をみて、モリもメリーベルもすっかり納得しました。
このメンバーに戦争を仕掛けて勝てる相手が一体どこにいるでしょうか。
無事に結婚式が終わって、神殿の外の広場にでると、そこはもうお祭り騒ぎでした。
まるでカーニバルでもきたように、小さな町の住民たちが集まっています。
屋台からは肉に焼けるいい匂いがただよっていますし、たっぷりのお酒が入った樽がいくつも積みあがっています。
音楽がかき鳴らされ、踊る者、飲み食いするもの。
とりどりの晴れ着を着てみんな幸せそうに祭りを楽しんでいるではありませんか。
そのようすをぽかんと見ていると後ろからメリーベルの父親であり、この町の領主であるダニエル・エド・ジャクソン男爵が悪戯っこみたいな顔してやってきました。
「この子らの顔を見ると悪戯は大成功したみたいですね。アイオロス王」
男爵は後ろを振り向いてそう言いました。
アイオロス王はにやにやしながらモリたちをみています。
モリがフルフルと震えていると、その肩にモラルが手を置いて慰めました。
「諦めなって! みんな一度はあの方の悪戯の被害にあっている。あの方に悪戯されて一人前なのさ」
そんなモラルの言葉にゴードンたちアイオロス王親衛隊のメンバーは深く頷いています。
みんなきっと過去の被害を思い出しているのでしょう。
「司令!」
真っ先にノブがモリの前にやってきました。
「司令ってオレを疑ってたんでしょう? ひどいじゃないですかねぇ。そのお詫びに今日はたっぷりと飲ませてもらいますよ」
モリはノブの頭をこずきながらいいました。
「おう! いくらでも飲んでけ! どーせ王のおごりだ。解毒ができる姫もいるしな」
そのまま男たち大宴会になだれ込みました。
私のことを二日酔い対策の薬みたいに言うのは、失礼ですが、まぁ結婚式なので許してあげることにします。
王妃はジャクソン男爵夫人と何やら子育ての話で盛り上がっていますし、メリーベルは侍女仲間と恋バナの真っ最中です。
そして私は、お姫様に憧れる町娘たちに囲まれてしまいました。
もう、興味津々でいろんなことを質問してくるんですけれども、私だってお姫様とお喋りできることがあれば興奮したでしょうから、ここは娘さんたちにお付き合いすることにします。
そのころ私が知らない間にちょっとした一幕があったそうです。
あのうんざりするような事件を解決した後で、そう言えばあの時と言ってノリスが話してくれたのですが、それは……。
「ノリス!」
祀りを楽しむ人々を聖堂の屋根からのんびりと眺めていたノリスに、ダンが近づいてきました。
「あの冒険者たちが、何かを見つけたって?」
そう言いながら当たり前みたいに隣に座り込むダンを睨みながらノリスはこたえました。
「さすがにレイの野郎が育てた諜報部だけあって情報が速いねぇ。こいつは砂漠の長さまにも、まだ知らせていないってのにさ」
「それで、そんなにやばそうな代物なのか?」
「それがわからねぇから困っている。あいつらは封印しろと言っているがな。入り口がどこにもない。攻撃も効かない。そのくせ透明で、部屋の中は丸見えなんだ。ただなぁ。ナナならなんとかできそうではあるんだよなぁ。砂漠の伝承によればさ」
「ほほう。やっかいだな」
ダンがいえばノリスも頷きました。
「あぁ、厄介だ。だから迷ってるんだ」
そういって、ごろりと寝転がって空を眺めだしました。
ダンはそんなノリスを後目にさっさと屋根から降りてしまいます。
「どれだけ厄介でも、お前は選択を誤らねぇ。アイオロス王が見込んだ男だからな」
そんな言葉を呟きながら。




