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プレスペル皇国

 結婚式の朝、私は窓辺にいくとゆったりとフルートを演奏しました。

 特に解毒の術式を念入りに……。

 夕べ男たちは呑み潰れてしまったに違いありませんからね。


 センの結婚式なのですから当然ノリスも招待されています。

 ノリスはナナの部屋まで迎えに来てくれました。


 アンジェリカ王女は、今朝にはコハクの転移でレイの部屋に来ている筈です。

 公式行事となると基本的には男女のペアで参加することになっていますからね。


 あの癒しを行った大聖堂が、本日の結婚式が執り行われる場所です。

 昨日はどんなに頼んでもセーラは、結婚式の衣装を見せてくれませんでしたから、実は楽しみにしているのです。




 セーラが皇帝陛下と神殿の長い通路を歩いてきます。

 ベールの長さが、とんでもないことになっています。

 あれはどうみても30メートルはありそうですよ。


 セーラはすっぽりとベールで身体全体が覆われているので、表情とかは全くわかりません。

 ただウェンディングドレスは、上半身はしっかりと身体にフィットしていて肩も全部出しているタイプです。


 胸がないと着れないドレスですね。

 スカート部分は沢山のレースがふんだんに使われていてふんわりとまるで大きな花のようになっています。


 ヴィジョンブラッドの大きなルビーが胸元で輝いていますが、あれはセンが贈ったものでしょうか?

 ピンクの髪と、とてもマッチしていて綺麗ですね。


 やがてセーラのエスコート役は皇帝陛下からセンへと変わりました。

 これからはセーラはセンと共に人生を歩むことになります。


 あれ?

 教皇さまのお隣にいる、あのピンクの髪をした素晴らしい美人さんは見た事がない人です。

 きっと彼女がサクラなんですね。


 肉感的なメリハリボディの美人さんです。

 でもいつもピンクのウサギ姿を見馴れているので、ほんの少しだけ違和感がありますけれどね。


 サクラの方でもナナの視線に気づいたらしく、目があうと頷いてくれました。


 センとセーラが結婚契約書にサインを済ませ、宣誓を行いましたから晴れてセーラとセンは夫婦になりました。

 この結婚の宣誓のあと、センは公爵家を継ぐという宣誓も行いましたから、センはセントレア・バルト・エストラダ公爵になります。


 センはゴードンの実家であるバルト家の名前をミドルネームとして残したみたいですね。

 センらしい心配りです。


 センとセーラはこのまま皇都をパレードして、2時間後には結婚披露パーティに出席します。

 今日は大忙しですが、主役なので仕方がありませんね。




 私たち参列者はこのまま座っているだけで、皇宮までサクラが転移させてくれる手筈になっています。

 これだけの大人数を一度に転移させるのですから、サクラにとっても一世一代の大舞台ですよ。


 壇上であのピンクの髪の美女がするすると舞台の正面まで進み出ました。

 いったい何が起きるのだろうと人々が見つめる中、その女性の姿はぱっとピンクの霊獣の姿へと変わりました。


 会場中にどよめきが広がります。

 あの美女がまさか霊獣だとは気づいていなかった人がほとんどで、霊獣さまだったなら人化したお姿をもっと見ておくべきだったと悔しがっています。


 ピンクの霊獣さまは霊力をこの会場中に広げていきます。

 会場の隅々にまで薄いピンクの膜が覆いつくした時に、ふっと一斉に会場の人々の姿が消えて、あっという間に皇宮の中に転移していました。


「すばらしい!」


「素敵だったわ」


 会場の人々から拍手喝采されて、サクラも少しは照れているようです。

 パーティ会場にはまだ入れませんが、それぞれに控室が用意されているので、私とノリスはウィンディア王国の控室に向かいました。


「レイ、アンジェ、素敵な結婚式だったわねぇ」

 私は、すぐにレイたち夫婦を見つけだして声をかけました。


「初々しい花嫁と花婿さんでしたわねぇ。レティ。ノリスと一緒にこちらに掛けなさいな。この後パーティもあるから疲れてしまうわよ」


 アンジェがナナを気遣って世話を焼いています。

 切り裂き姫という評判を持っているアンジェリカ姫ですが、これでけっこう世話焼きな一面も持っているのです。


 私たちはお礼を言って、椅子に座りました。

 アペリティフが用意されているので、皆はそれを飲みながらゆったりと時間をつぶしています。


「さあや、何か飲むか? それとも今のうちにすこし休んでおくか?」



 ノリスがそう聞いた時、控室の入り口がざわついたかと思うと、プレスペル皇国の騎士が大声で叫びました。


「レティシア王女。いらしゃいますか?」


 何事かと私が立ち上がると、騎士はほっとしたように空中に向かって叫びました。


「ピンクの霊獣さま。レティシア王女は2階の控室です。すぐに転移を!」


 その声を聞くがはやいか、ノリスがナナを抱きかかえましたので、2人は揃って転移していきました。


 私はいったい何が起きたかと目をこらしてみました。

 ここはどうやら皇帝陛下のお部屋のようで、皇后陛下や皇太子ご夫妻の姿がみえます。


「ダメです。もう崩御されました。いくら聖女のお力でも死者は蘇りますまい」

 そんな声が聞こえてきます。


 崩御って、いったい何のこと?

 まさか皇帝陛下が亡くなったの?

 なぜ?


 私がぼうっと立ち尽くしているとノリスが私の身体をしっかりと支えてくれました。


 その時一斉に皇太子ご夫妻に対して人々がぬかずきました。

「皇帝陛下。ご即位おめでとうございます」


 宰相らしい方が、丁寧に皇太子殿下、今や皇帝陛下になられた方に挨拶をしています。


「うん。ありがとう。父に誓ったと同じ忠誠を予に対しても誓ってもらいたい。皆の者。よいか?」


「はっ」

 全員が平伏すると、皇帝陛下はこの後のことを話し合いました。


 慶事である結婚パーティが終わるまで、皇帝の死を伏せるかどうかです。


 しかし見事なものですね。

 皇帝が死んで瞬きもしない間に、皇太子殿下は皇帝として指揮を執っています。


 医師が新皇帝陛下に崩御された前皇の死亡原因を心臓発作と説明しています。

 日頃から度々、軽い発作は起きていたようで、娘を嫁がせて安心したのが原因かもしれないとのことでした。


 そういうことって案外あるものです。

 苦労が続いて必死になって努力している時は、案外病気にならないのに、すこし落ち着いてこれからのんびりできるぞって時に病に倒れたりします。


 ここにいても私たちにできることは何もありません。

 私はサクラに目線で合図をおくると、サクラは控室にナナ達を戻してくれました。




 私が戻ると、レイが真っ先にナナの元にやってきました。


「なにがあった?」

 レイの周りには、ゴードンやダンなどアイオロス王の側近たちが集まっています。


 私は皇帝陛下の崩御を伝えました。

 どちらにしろ、結婚披露パーティの会場で皇帝の死去は伝えられることになっていました。


 各国のお歴々が集まっているので、結婚披露パーティはそのまま新皇帝の即位を践祚する場となるようです。

 戴冠式や前皇の葬儀など、これからしばらくはプレスペル皇国は忙しくなります。


 気の毒にたった18歳で公爵位を継いだセンは、きっと領地に足を踏み入れることはできないでしょうねぇ。

 なにしろ兄である皇帝を支える仕事がありますもの。


 皇帝の地盤がしっかりと固まるまで、セーラとの甘い新婚生活もお預けになりそうです。


 私たちは新皇帝の即位宣言を聞いたら、そのまま帰国することになりました。

 だってこのあと、葬儀や戴冠式などの行事が行われるでしょうから、その準備もあります。


 さすがに戴冠式や葬儀ともなればアイオロス王が出席することになるでしょうし、もしかしたらこのごたごたのせいで、私の結婚式が延びたりとかはしないですよね。


 セーラにはとても悲しい出来事でしょうが、皇帝崩御の知らせはそれなりに天球のパワーバランスを狂わせる出来事であり、各国ともにこれからの対応を考えることになるのです。


 もしかしたら国王が死去して純粋に悲しみに浸れるのは、国民の方なのかもしれません。

 国王の家族や親族は、果たすべき役割や仕事、それに責任が押し寄せてきて、ひとりの人間としてその悲しみに浸る余裕もなさそうです。


 もしも心臓発作があの結婚式の最中に起きたのなら、私は皇帝陛下の命を救えたかもしれないのに……。

 そう考えると僅かの時間の違いが皇帝の死を確定させてしまいました。


 お昼に新皇帝として立つと践祚した皇帝陛下はとても凛々しく、セーラも悲しみをこらえてしっかりと兄君を支えていました。


 センは結婚式での無邪気さは影を潜め、僅か数時間のうちにいっきに年をとったように見えました。




 私たちはセン達に会うこともなくプレスペル皇国を辞去します。

 私とレイがのろのろと馬車でもどり、ゴードンたちはとっくにウィンディア王国に転移してしまいました。


 ノリスもすでに砂漠の国に帰還してしまいましたから、プレスペル皇国にやって来た時と違い、帰路はなんとなく重くるしい空気がまとわりついています。


 間違いなくプレスペル皇帝陛下は、この天球を支える3つの柱のひとつでした。

 その一柱が倒れたとき、いったい何がおきるのでしょうか?


 プレスペル皇国の新たな皇帝とそれを支えるセンは、この難局を切り抜けてくれるのでしょうか?

 どう考えてもそれほど能天気な未来は見えてこない気がします。


 波乱の幕開け。

 カナリアの予感はそれを告げているようです。

 アイオロス王は、ゴルトレス帝国はどう動くのでしょうか。


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