戦士の休息
コハクがウィンディア王国に来てくれたおかげで、自由に転移が使えるのでレイたちの仕事もどんどんとはかどります。
今回の顛末と事件の背景それに既に犯人が死亡したことなどが発表されると、ウィンディア王国に対する非難も収束をむかえました。
なによりもリュウ先生たち医療グループの真摯な活動が、地球からの転移者への偏見を打ちこわしてくれました。
リュウ先生は自分の持つ医学知識を誰にでも教えていましたから、サイラス博士などはコハクを使って毎日のようにリュウ先生と話し込んでいます。
もともとサイラス医師というのはフィットワークが軽く、ウィンディア王国での医学の授業が休みになると氷の帝国に戻って自分の患者を診るような人物です。
それが気軽にコハクに転移を頼めるようになってからは、希望があれば世界中を飛び回っています。
リュウ先生は出不精な性質で、往診の依頼は全部サムがこなしています。
でも彼等のおかげで天球の医学は、どんどん進化していきました。
ミカの能力をレイは離したがらなかったのですが、ケイが冒険者になること望んだのでミカもケイとパーティを組んで砂漠の迷宮に潜っています。
このケイとミカのパーティにはもう1人の人物も加わりました。
それは深紅のムササビであるノブでした。
あの霊獣惨殺事件の時ですら砂漠の迷宮に潜っていたノブは、ケイたちから一時は自分が容疑者であったと聞いて口をあんぐりとさせてしまいました。
ノブも砂漠を探検することで高くなっていた鼻もいつのまにか折られてしまい、砂漠の迷宮に潜る為のパーティを探していたのです。
ノブの力は風を操ることで、その威力は人間なら一瞬で寸断できるほどです。
遠距離攻撃型のノブと近距離攻撃のケイ。そして探査型のミカというパーティは戦力のバランスもよく、危なげなく砂漠を冒険できるようになっています。
彼等のパーティはノリスと仲がよくて、砂漠の国へのフリーパスライセンスが支給されています。
ウィンディア王国やプレスペル皇国でもレイとセンがそれぞれ身分証を発行していますから、彼らほどきままに天球を旅するパーティはめったにいないでしょう。
天球からあの時やってきたうちの3人が死んでしまって、残ったのはたったの6人です。
けれどもケイたち3人のパーティは天球を楽しんでいますし、リュウ先生とサムも自分の居場所を見つけました。
モリは祖父であるレイと仲良くウィンディア王国で仕事をしていて、それがかなり性にあっているようです。
ちなみにレイは宰相に、モリは執政官になっています。
そして私はというと、地球にいた間に1年近くが経過したこともあり、もうすぐ16歳の誕生日をむかえるんです。
そう、つまりもうすぐノリスとの結婚式ってわけです。
ですから王妃さまとアンジェリカがその準備に駆けずりまわっていますが、当事者の私は実はウィンディア王国にはいません。
センの結婚式のためにレイとともにプレスペル皇国へと向かっているからです。
コハクの転移を使えばすぐだというのに、正式な結婚祝いの参列とあって、仰々しい隊列を組んでのろのろとプレスペル皇国へと向かっています。
ウィンディア王国の王様の名代として参加するのですから、万事形式ばるのも仕方がないことなのです。
「ねぇ、最初にこうしてプレスペル皇国へと向かった時には、ずいぶんと心細い思いをしたけれども、今ではそれも懐かしい思いでね。メリーベル」
私は民衆に手を振りながら、メリーベルに話しかけました。
「ええ、姫さま。最初はそのお手振りもとてもぎこちなくて、初々しさがございましたけれどもねぇ」
メリーベルはすっかり図太くなってしまったナナを頼もしそうにみています。
「だってこうしてお手振りするのも、すっかり日常の仕事になってしまったんですもの。女って環境に馴染みやすいって言うけれども、それって本当のことね」
そう言いながら、私はちらりとメリーベルに目をやりました。
メリーベルは最近とっても美しくなったみたいなんですもの。
まるで固かったつぼみが一気に咲きほころんだかのように、あでやかな色気を醸し出しています。
私はその原因がモリだとにらんでるんですよ。
モリも執政官として、私の部屋を訪れることもありますし、メリーベルが私の代わりに執政官であるモリへの伝言を届けることもおおいのです。
そのんな2人を見ていて、私はピンと来たってわけです。
自分の恋愛には疎くても人の恋バナは大好きですからね。
この旅行を通して絶対にメリーベルに白状させてやろうと企んでいるのですよ。
しかしさすがに諜報部員であるメリーベルは、私のそんな企みぐらいお見通しです。
うまい具合にのらりくらりとはぐらかしてしまいますねぇ。
せっかく二人っきりで馬車に乗っているというのに……。
しかたありません、正攻法でズバッっと切り込みましょう。
「メリーベルはモリと付き合っているのでしょう。結婚式を一緒に挙げない? 合同結婚式なら参列者の負担も少ないから喜ばれるわよ」
「そ、そんな。姫さまとなんて恐れ多いこと」
思わず漏らしたメリーベルの本音に私はにやりとしました。
「ふふふ、モリと結婚することは否定しないのね。実はもう既にその方向で準備が進んでいるのよ。後はメリーベルとモリの了解を得るだけなの。かまわないでしょメリーベル」
メリーベルは脱力しました。
そう言えば侍女の衣装を揃えるからと言われて、王妃さまに徹底的に採寸されたことがあります。
あれは花嫁衣裳の準備だったのでしょう。
王妃さまが本気なら、メリーベルに逃げ場なんてありません。
メリーベルは早々に白旗を掲げました。
「それで、モリも賛成なんですね」
メリーベルはモリという人間をよく知っています。
王妃さまの話を断ることなどできないでしょう。
「ええ、さすがにメリーベルねぇ。どっちにしろプレスペル皇国から帰国したら結婚する予定だったのでしょう」
ナナが気楽そうにそう言いますが、王族の結婚式と一緒にされても困るのですがねぇ。
けれどもナナがあんまりにも嬉しそうなので、それもありかとメリーベルは諦めたのでした。
プレスペル皇国についたら真っ先にセーラに会ってお祝いを言いたかったかったのですが、私は大人しく部屋に籠っています。
なにしろセーラもセンも明日が結婚式なのです。
そんな日にプライベートな時間がとれるとも思えませんからね。
その時セーラの呼び声がして、私の身体はあの懐かしい大きなクッションの中に落ちていまいした。
「セーラ! 会いたかったわ。結婚おめでとう」
私はセーラに抱き着きました。
「ありがとう、ナナ。1時間だけだけど、時間を貰ったのよ」
セーラはいたずら子みたいに笑いました。
その時サクラがぽふぽふとナナの肩を叩きました。
「サクラ。この間は助けてくれてありがとう。サクラのおかげで多くの人の命が救われたわ」
私はサクラのお腹にダイブして、そのままサクラをもふもふと撫でてあげました。
もちろんセーラも参戦しましたから、サクラはナナとセーラに撫でてもらってご機嫌に咽喉を鳴らしています。
「でも、サクラ。サクラはどうして人化しないの? ほとんどの霊獣さまは人化しているというのに」
私はここぞとばかりにサクラに質問してみました。
ずーと不思議だったんですけれど聞く機会がなかったのですよ。
「だって僕は人化できないもの」
へっ?
なんで?
私が驚いているとセーラが横から説明しました。
なんでもサクラが好きなノバの実には、人化を抑制する成分が含まれているそうです。
だからノバを大量に毎日食べているサクラは人化ができないんですって。
別にノバに中毒性がある訳ではないので、1日ノバを我慢するだけで人化はできるんですけれどもね。
さくらはきっともう人化するのが面倒なだけなんでしょうねぇ。
私がそんな風に考えていると、セーラがこっそりささやきました。
「明日の結婚式には、サクラも人化して参列するわよ。今日一日ノバを我慢してたもの」
ほほう。
それはそれは。
人化したサクラ。
ちょっと見ものですね。
婚約者のことをのろけたり、愚痴ったりしていると1時間なんてあっと言う間です。
私は時間がくると自分の部屋に転移させられてしまいました。
「姫さま。お客様ですよ」
部屋に戻るなりメリーベルが楽しそうに教えてくれました。
なんとセンまで部屋に顔を出してくれたのです。
「セン、こんなところに来てもいいの? レイとかと話すほうがいいんじゃないの?」
私が遠慮するとセンは気楽そうに私の顔を覗きこみました。
「結婚式なんざぁ、女が忙しいだけだぜ。まぁこれからレイたちも一緒にちょっと飲みにいくんだけどさ。その前に顔を見に来たんだ。今回の事件じゃ、手伝えなくてごめんな。怖かったろう」
全く明日は自分の結婚式だというのにね。
でも男の人ってこんなものなのかもしれません。
「セン、ありがとう。セーラを大事にしてあげてね。ほら、もう行きなさい。独身最後の夜なんでしょ。楽しんできてね」
「おう! じゃあな」
センは本当に顔だけ見せただけでしたが、わざわざ来てくれただけで十分でした。
今夜はゴードンたちと飲み明かすんでしょうねぇ。
仕方のない男たちの為に明日の朝は、とびっきりの回復術式を用意しましょう。
どうせ男たちもそれを期待して、今夜はとことん飲むに決まっていますからね。
こうやって男たちがつかの間の休息をぞんぶんに楽しんでいるのを見ると、それだけで嬉しくなります。
だって彼等はいつだって、命がけで妻や子供、家庭や国を守っているのですものね。
戦士の休息がとびっきり楽しいものでありますように。
私はそんな祈りを込めて空を見上げました。
漆黒の空に、無数の星々が輝いています。
私にはそれが、セン達の笑顔のように思えるのでした。




