スミレの死
「私があの時もっと自分の心に耳を澄ませて、その警告に注意を払ってさえいれば、みすみすスミレをあんな酷い死に方をさせずに済んだのに」
私はそう思うと悔やんでも悔やみきれない思いでした。
私が一言警告さえすれば……。
「ナナ、俺たちはスミレを守り切れなかった。それがすべてだ。それよりもミカが何を見たのかを聞き出すのが先だろう」
私をしっかり抱きしめてノリスがささやいてくれました。
周りを見渡すと誰もが苦しそうな顔をしています。
ことにスミレの守護者役であったモリと帰還の指揮を執ったレイの顔は惨いものでした。
「さあ、ともかく帰るぞ」
ノリスは皆を氷の帝国の王城へと連れ帰りました。
ミカはショックのあまりにまだぐったりとしていましたが、気丈にもベッドではなく皆が待つ広間でスミレの最後を報告すると言い張りました。
私の手がミカの背中に触れているだけで、ミカはかなり楽な様子なので、私はミカに付きっ切りになって側にいました。
「それじゃぁ。ゆっくりでいいから見えたことを教えてくれ」
レイがミカを気遣うようにいいました。
「スミレが地上に降りたとき、スミレの影がスミレを捕まえてしまったんです。次にスミレが気が付いた時には洞窟の入り口につるされていました」
ミカは少しの間沈黙すると、勇気を振り絞るように続けました。
「私の力では過去視はその身体に触れないと難しい筈なんです。でもスミレの恐怖はあまりにも激しくてそれがどんどん私に流れ込んでしまったんです。ごめんなさい。だから倒れてしまって……」
ミカが自分が術の途中で倒れたことを気にしているのです。
「ミカ。大丈夫だ。君のおかげでスミレの最後の様子がわかるんだからね。ミカ、スミレは大事な仲間だったろう。だからみんなにどれほど酷くてもいい。スミレの最後の話をしてやってほしい」
モリが深々と頭を下げました。
ミカはこくんと頷くと、私の差し出した水を一口飲んでから話をつづけます。
「ミカを殺した人は姿を現さなかったんです。たぶんアイテムボックスの中から攻撃したんです。鋭いつららがスミレの身体を貫いて、スミレは痛みと恐怖で悲鳴をあげました」
「そうしたら、しばらくは何も起きないです。スミレが意識を取り戻して何とか逃げだそうとすると、またつららが飛んできます。いく度もそれが続いてスミレがすっかり諦めたら、縛られていた縄が解かれたんです」
「スミレの頭に声が届いたんです。逃げれば追わないって! だからスミレは必死になって這いずって逃げようとしたんです。でもその時には血が流れ過ぎてスミレはあんまり動けなかったんです」
「そこに大量のつららが落ちてきました。即死しないように致命傷になる場所だけさけて! スミレは意識をうしなったんですけれど、強制的に目覚めさせられたんです」
「嫌な声はこう言っていました。私の伝言を伝えるまで死ぬなんて贅沢は許さないって」
「スミレは死にたいって呟いていました。最初は助けて!っていってたのに最後には殺してって頼みはじめたんです」
ミカは蒼白な顔をしていましたが、それでも話を続けました。
「嫌な声は確かに、スミレの身体に取りついている何かから聞こえていました。スミレはあの霊山にいる時に誰かに何かをつけられたんです。スミレを殺したのは間違いなく霊山にいた人です」
レイがぎりりと音がするくらい歯を食いしばっていましたが、絞り出すように言いました。
「サイコパスだ。人を殺すことに快感を感じる化け物が天球で霊獣を宿してしまった。私の責任です」
「いや、レイ。その化け物は地球では私の部下だったんです。それを見抜けなかったのは私の責任です」
モリがミカよりも青い顔をしてそう話しました。
「それよりも今後のことです。天球に警報を発令しますか?」
マリウス王が、国王としてレイに確認を取りました。
「いや、相手の正体も狙いもわからない状態で警報をだしても、いたずらにパニックを引き起こすだけです」
レイはそう判断しました。
「レイ、敵は霊獣を目の敵にしているのかもしれません。もしかすると地球の浄化が全部終わらなかったのは霊獣が邪魔したからだ! と思っているのかも。霊獣にだけは注意を促した方がいいかもしれないわ」
私がそう言えばノリスは凄みのある声でいいました。
「助けられたくせに、逆に恨むってか? ありそうだな。そうすると恨む相手はオレとアカツキ、それにミドリってわけだな」
「それだけではないな。浄化を全うしなかったミズイロ、ナナ、ムラサキも狙われる対象だろう。あとは霊獣なら誰でもいいということもありうる」
アカツキがノリスを捕捉するように付け加えました。
「そうですね。霊獣へはこの事情を伝えて警告しておく方がいいでしょう。ウィンディア王国に戻れば全ての霊獣に警報をだしますが、みなさんも霊獣に会うことがあれば伝えて下さい」
「それとアカツキは引き続きミズイロを守って欲しいのですが、ミズイロはマーシャル王国に行ってくれますか?」
レイが確認するとミズイロは勿論承諾しましたし、アカツキも今さらな顔をしていました。
ノリスはその場でミドリに連絡していましたから、お互いに守らねばならない婚約者をもった者同士連帯感があるようです。
「ともかくここでできることはもうない。ウィンディア王国に地球からの転移者たちが集まっている筈です。先ずは全員の居場所を特定することからはじめたい。ウィンディア王国に帰国しよう」
レイが帰国を指示しましたが、きっと敵はもう現れないでしょう。
「レイ、一番最初にスミレがころされたのは、転移者たちの場所を特定する能力を持っていたからでしょう。敵はもうウィンディア王国には来ませんよ」
私がそれを指摘するとレイもうなずきました。
「つまり、ウィンディア王国に来なかった者の中に犯人がいることになる」
「そーとも限らねえぞ。頭のいい犯人は捜査班や警官に紛れ込むこともあるからな」
ノリスが言えば、モリがくってかかりました。
「つまりお前は、私も容疑者だと言いたいのか!」
「やめて下さい。仲間割れは! それでは犯人の思うつぼだ。それに犯人は12人の転移者の中にいる。いや死んだスミレとレイ、セン、ナナを除けば残りは8名ですね。それはモリだってわかっていることでしょう」
マリウス王の冷静な発言にモリも血が昇っていた頭が冷えたようです。
「確かにその通りです。犯人は8名の中のひとりですし、私を除外する理由はない。あの酷いスミレの死に方を聞かされて、少し冷静さを欠いてしまいました。すみません」
モリが頭を下げるとノリスも謝りました。
「いや、すまないのはこっちだ。部下が殺された悔しさはオレも知っているからな。モリを疑うわけじゃないが、今は万全の注意が必要なんだ」
スミレの死は思った以上にみんなに動揺をあたえました。
しかしアカツキがスミレの遺体を焼かなければ、もっと情報が取れたかも知れなかったのですけれど。
しかたがありませんね。
天球には司法解剖というような概念すらありません。
穢れを受けた遺骸は後を残さず焼いて清めることで死者の尊厳を保つ事が出来ると考えられていて、死者への最高の手向けとされているのです。
私たちがウィンディア王国に到着するとすぐにアイオロス王の執務室に全員が集まって、天球での浄化作戦と霊山での様子、そしてスミレの惨殺事件の報告が行われました。
現時点で新たに霊獣を宿した人のうちこの場にいるのは、ミカ、モリ、ケイの3人だけです。
残り5人の居場所は今のところ不明でした。
全員がこの犯人の動機は天球での浄化作戦が完璧に遂行されなかったからだろうということで一致しました。
危険地帯となった場所の出身者がわかれば、犯人を絞り込めると思われるのですが、残念ながら地球での資料は誰も持ち込んでいなかったのです。
「ミカ、君は相手に触れることで相手の過去を見ることができるね。申訳ないがモリ、ケイの2人がこの天球に来てから今までの過去を見て欲しい」
アイオロス王の言葉に全員が息を呑みました。
確かにそうすることで、3人の無実が証明されるでしょうが、そんなことをモリ達が受け入れるでしょうか。
モリが真っ先に進みでてミカにいいました。
「ミカ。先ずは私を見てくれ。今は仲間を信頼することが一番大切だ。だから何が見えても全部喋ってくれていい」
ミカは緊張した顔のままモリの手を取りました。
「モリは真っ先に霊獣の実を食べることで、みんなに天球への信頼を示そうとしています。灰色の狼の霊獣を取り込みました。灰色の狼の力は物質変化。空中に足場を作って自由に空をかけることもできるし、硬いものもその力でバターみたいにくり抜くことができる近接戦闘獣です」
ミカに自分の能力まで全て開示されてモリは苦笑しました。
「モリは地上に降りるとすぐに、レイと連絡をとり居場所を確認し合いました。2人とも氷の帝国にいます。いくら待ってもスミレからの連絡がなく、レイの調べでスミレも氷の帝国に降り立ったことがわかったので2人でマリウス王に助力を頼みに行きました」
「ありがとうミカ。そこまででいいよ。モリ、君の勇気に感謝する。君は我々の仲間だ灰色の狼を宿す者よ」
アイオロス王がそういったので、モリもほっとした顔になりました。
「こちらこそ、私の元部下がこの騒ぎを起こしたのですから、必ずこの手でその落とし前はきっちりとつけさせてもらいます」
モリの怒りの炎が一瞬ちらりと見えた気がしました。
続いてケイが進みでました。
「ケイは冒険がしたくてワクワクしています。紺熊の力は身体強化。霊力を纏えば怖いものがない程の力を発揮できるので、ケイはその力をとても気にいっています。その力で魔獣をぶん殴りたいと思っています。地上に降りると深い森だったので、テンプレだって喜んでいます」
ケイはどんどん自分の中二病が暴露されるので真っ赤になってしまいました。
「とりあえず自分の居場所をレイに報告したら、ミカはノリスが迎えに行くからと言われてがっかりしました。せっかく可愛い娘とお近づきになれるチャンスなのに……」
ミカが真っ赤になって黙ってしまったので、ケイはきっとよからぬことを考えたに違いありません。
ケイの顔もゆでだこみたいになってしまって、もうこれ以上赤くなれないぐらいです。
アイオロス王はくつくつ笑って若い2人を見ると言いました。
「みんなもわかったと思うが、これでこの2人も合格だ。さてミカ、ケイ。恥ずかしい思いをさせてしまったが、これから一緒にスミレの敵を討とう」
そう言われて、2人はにっこりとほほ笑みました。




