罠の予兆
全員が無事に霊獣をその身に宿すことができたことで、地球から新しくやって来た転移者たちのテンションは恐ろしくあがりました。
霊獣なら誰でももっている次元倉庫、新たな転移者たちはアイテムボックスと言っていますが、その中身を確認したり、自分の能力をチェックしたりと大忙しです。
私たちも紺熊さまがいなければ、次元倉庫を所持していることさえ気づかなかったのですから、新しい転移者の方にも、与えられるだけの情報を与えています。
問題なのはこの霊山から地上に降りるには、ひとりづつとの原則が覆らないことで、この後どうするかですこしもめています。
「ここまで案内してもらったのは嬉しいが、俺たちはもう自由に天球を冒険したいんんだ。わざわざここに来てまで宮仕えをする気はないね」
という訳です。
地球救済軍の司令であった守人さんにすれば、ここは一応全員で天球の司令官であった、アイオロス王に挨拶をするのが筋だと思うわけなんです。
「しかしどちらにしろこの泉から地上に降りられるのは、ひとりづつなのだし出口もランダムになっているのですから、全員が揃うのは無理があるでしょう」
そう理論的に両者の間に入ったのは、無色の蜥蜴を宿したリュウさんでした。
天球に来てからは、みんな自然にそれぞれの名前の一文字を取って呼び合うようになっています。
守人司令はモリ、センの従兄の啓斗はケイというようにです。
リュウさんはもともと隊でも最年長でしたから、皆の信頼を集めていたんです。
「いかがでしょうか。地上に降り立ってもアイテムボックスがあればお金の心配もありませんし、霊獣の力があれば襲われる心配もない訳です。そこでモリと行動を共にしたいものだけ、ウィンディア王国に集まることにしては?」
そのリュウさんの意見は至極もっともでしたから、結局そうするしかありませんでした。
ノリスがみんなにこんな提案をしました。
「砂漠の迷宮を探索したいという希望者も、ウィンディア王国に集まってくれ。オレの砂漠の国は迷宮の地下にあるから、まとめて案内してやるぞ。」
「そいつはいいや! それならお願いしますノリスさん。僕は絶対に迷宮を冒険したかったんだ」
キラキラした目でそう言ったのは、ケイです。
そー言えばそんなことを言ってましたね。
「ケイさんはセンの住むプレスペル皇国に行くんじゃないの?」
「センはオレがいなくてもずっと上手くやってるみたいだからな。セン、結婚式には駆けつけるからな」
ケイにそんな軽口を言われてセンは真っ赤になって、勝手にしやがれなんていっていますが、公爵なんて重い肩書がなければ、センも冒険がしたいんでしょうね。
ケイさんを見る目が、ちょっぴりうらやましそうです。
それにしてもノリスはやっぱり王の資質があるんでしょうね。
これで冒険者希望の人も、ウィンディア王国にやってくるでしょうから、行動を把握できなくなる人が減ります。
「それと各自の能力は把握したと思うが非戦闘員は申し出てくれ。誰か護衛をつけることになるからな」
そう言ったのはレイです。
情報担当責任者のレイとしては、各人の能力を把握したいところなんですが、さすがに自分の能力を全て開示する人はいないでしょう。
「あーそういやぁカナリアちゃんやミズイロちゃんは防御もままならないんだってなぁ。心配するわけだよなぁ。お気の毒なこった」
その言葉には今まで聞いたことがないような侮蔑が込められていました。
さっそくですか。
私はため息をつきました。
今まで傲慢ではなかった人でも、大きな力を得た途端に自分より力が弱い人を見下し始めたりすることがあります。
その人の性格は、身分や権力を得た時、又は困難に陥った時など様々な場面で検証しないと、思いがけない部分を見せられることがあるんです。
レイは少し眉を顰めましたが、特になにもいいませんでした。
こういったことは、自分で頭を打って学ぶしかありません。
上には上がいるのですし、能力の大きさと、実際の戦闘での強さは全く別です。
実際のところ、すぐにあのように傲慢な態度を取る人は、案外弱かったりします。
「それでどうかな? どこに降りるかわからないのだから、警護が必要な者は申し出てくれ」
再度レイが呼びかけると、ふたりの女性が進み出てきました。
ひとりはラベンダー色のさらさらの髪が腰まで伸びた、おとなしそうな女性です。
ラベンダーの猫を宿したスミレさんです。
スミレさんは情報分析官でした。
そのスミレさんの能力はマップ機能です。
一度認識した人なら、世界中のどこにいても場所がわかりますし、その様子を見ることができます。
これは凄い能力者が現れましたね。
レイがしっかりと取り込みを決意したのがわかりました。
「スミレさんですね。それではモリが警護につきます。泉にはモリの後に入って下さいね」
そういうレイの言葉はまるで猫がゴロゴロいうみたいに上機嫌になっています。
しかしこの場でスミレさんの能力が開示されてしまったのは、まずいですね。
このスミレさんの能力は誰でも、喉から手がでるほど欲しいでしょうから。
もうひとりはオレンジ色のショートヘアのとっても明るい女の子です。
オレンジの犬を宿したミカちゃん。
もともと見習い隊員で、まだ高校生なんですって。
ミカちゃんの能力は探索と過去視。
ミカちゃんがオレンジの光を延ばせば、その光に触れたものをすべて視認することができます。
ミカちゃんがいれば、敵に隠れる場所はありません。
しかもその人に触れれば、その人の過去を見ることだって出来ますから、秘密だって全部ばれちゃいます。
ミカちゃんの能力は、すべてを白日の下にさらけ出してしまうでしょう。
これもレイが欲しい能力ですね。
ミルクを前にした猫みたいにレイが舌なめずりしていますよ。
「ミカちゃんの警護はケイに頼みましょう。年齢も近そうですしね。ケイかまいませんね」
「かわいい女の子の警護なんて光栄ですね。ミカちゃんよろしくね」
さすがにセンの従兄です。
センが女の子の扱いが上手いのも、この従兄を見習ったのかもしれませんね。
ミカちゃんは、ポッっと頬を染めながら、嬉しそうにしていますが、そんな顔をしているとあっという間にケイに落とされてしまいますよ。
ケイはこの天球ではフリーなんですからね。
と、いうわけで自分を守れる人たちは順番に泉に入っていきますので、私たち女性5人と警護者がレイのもとに集められました。
地球からの転移者12名のうち女性は3人、男性が9人です。
男性が女性の3倍もいますけれど、これが冒険だということを考えれば、よくも2人の女性が天球を志願したものです。
「スミレさんとミカちゃんは、どうして天球にこようと思ったの? 私の場合は強制だったのだけれど」
「私は今回の隕石落下で、家族を亡くしてしまったんです。地球救済部隊で仕事をしている間は良かったけれど、平和になると思ったら、なんだかむなしくて生きている意味も分からなくなってしまったから、心機一転天球にくればなにか変わるかなぁと思って」
スミレさんの理由は、私がうっかりそんな質問をしたことを後悔するぐらい重いものでした。
そーだよね。
地球はほとんど終末を迎えかけてたんだ。
なんて質問しちゃったんだろう。
私が凹んでいるのをしり目にミカが明るく言った。
「私は元々なんか今の家族と上手くいかないんですよねー。どーしてだか私の生きる場所はここじゃないって気がいつもしていて。だから天球に行けるって聞いた時、私の居場所は天球なんだって確信したんです」
なるほどね。
もしかしたら今回天球に来た人たちにも、何か意味があるのかもしれませんね。
「さて、いいか。それぞれ自分の婚約者や、担当の庇護者は責任を持って守ってもらう。思いがけずかなり重要な能力保持者が出来てしまった。これが世間に知られれば、誘拐もありうる。いいね」
男たちは、頼もしく頷いたし、女たちは少しだけ不安でした。
「けれど、どうしても警護者と出会うまでひとりになってしまうわ」
私がそう言えば、レイは大きく頷いて説明しました。
「それぞれ対のイヤリングを用意した。それで相手の場所がわかるし、お互いに話もできる。危険を感じたら次元倉庫に逃げこむこと。ただし倉庫に入ったら、通信機は使えない。警護者は通信機が途絶えたら、庇護者が危険な証拠だ。信号が途切れた場所まで全速力でかけつけろ!」
私はそれを聞きながら、嫌な予感がしました。
先に男たちを行かせてしまってよかったんだろうか。
先行すれば罠を仕掛けることができます。
もしかしたら既に罠が用意されているのかも……。
私はもう黙っているべきではないと思いました。
「レイ、ごめんなさい。どうしても確信がもてなくて……。とても嫌な予感がするの。私たち、もしかしたら大きな間違いをしたかもしれないわ」
私の雲を掴むような話でも、レイは無視しません。
私の直観が当たると知っていたからです。
「ナナ、確信なんか持てなくていい。どんな風に嫌な予感がするのか。ナナが思い浮かべたことを全部話してくれ」
私は思い浮かんだことを、すっかり話してしまいました。
自分達地球からの転移者が、12人の使徒だと思ったこと。
そしてユダという言葉が重い浮かんだこと。
恐ろしい悪魔を呼び込んだかもしれないと思っていること。
罠がすでに仕掛けられたと思ってしまうこと。
私の話を聞いていくうちに、皆の顔色が変わりましたよ。
私だけではなく、皆も破滅の予兆を感じていたのですね。
「順番を変えよう。ともかく男たちが全員先に行って待つ。女性が地上に降り立てば、すぐに対のイヤリングが反応する。モリ、スミレと合流したら、転移者全員の居場所を確認して、地図に印をつけておいてくれ。私はモリと合流するが、他の者もなるべく私たちと合流してくれ」
その言葉で、狙われていつのはスミレだとレイが思っていることがわかりました。
私もスミレに危険が近づいている感じがして、背筋がぞくりとするのです。




