12人の使徒
不思議なものだと私は思いました。
たった5日前までこの地球の住人だったのです。
地球こそが故郷であったはずなのに、僅か2年にも満たない天球での生活が恋しくて仕方がありません。
ノリスがいるからでしょうか。
そればかりではありません。
レイやセンだって懐かしくてたまらないのです。
死線を幾度も超えてきたからでしょうか。
戦友というのは、特別だと言いますから。
「眠れないのでしょうか? それでも明日がいよいよ最終日です。休んでおかないと辛くなりますよ」
そう言いながら、温かなお茶を差し入れてくれたのは守也啓斗でした。
眠りを誘うハーブティです。
「守也啓斗さま、司令から伺いましたがあなたには千斗という従兄がいらしたんですね。」
私が話を向けると啓斗はそれを待っていたかように、私の横に座りました。
手にはコーヒーを持っています。
私もそっちが良かったなぁ。
コーヒーの方が好きなんです。
だから余計に眠れなくなるのかもしれませんね。
「僕も司令から姫君が僕の従兄のことを知っているから、機会を見つけて聞いてみろ! と言われています」
「それで今がその機会だとおもわれたのですね。守也千斗とは仲が良かったんですか?」
「千斗は一人っ子でしてね。だから僕を兄のように慕ってくれました。僕が剣道をはじめると千斗も剣道をはじめたりしてね。千斗は僕の真似ばかりしていましたね」
そういうと、啓斗はいかにも懐かしい者を思い出しているかのように、空を見上げています。
「守也千斗と司令の祖父である後藤玲人、それに私は5日前の隕石落下に巻き込まれ天球に落とされました」
そういう私の言葉を啓斗は特に驚く風もなく黙って聞いています。
私と母親との邂逅を見て、ある程度のことは推察していたのでしょう。
「センは必死になって天球を生き抜いていましたわ。私は幾度もセンに命を助けられたんです」
私が語るセンの物語を楽し気に聞いていた啓斗は、センがプレスペル皇国の第一皇女と結婚して公爵になると聞くとヒユーと口笛を吹きました。
「異世界トリップかぁ。夢物語ではないんですね。僕も随分異世界での冒険に憧れたものですよ。冒険者になって洞窟を探検してみたくてね。」
私はそこで砂漠の大迷宮の話をしました。
ほんのちょっぴりでしたけれど、私だって砂漠の大迷宮を探検したのですからね。
啓斗はそれこそわくわくしたような顔になり私が砂漠の冒険以降、婚約者であるノリスのアイテムボックスに放り込まれて移動していると聞いて大笑いをしました。
「姫君、実は僕を含めて何人か天球に移りたい者がいます。天球との絆が切れた今、今回の転移が天球にいける最後のチャンスになるでしょう。もしも僕らの仲間が天球に行けばお力を貸していただけますか?」
私は驚いて止めました。
地球には家族も友人もいるのに、二度と帰れぬ旅に出ていくなんて!
それでも啓斗に熱心に口説かれて、家族の了解を得たうえでならとの条件付きで了承しました。
啓斗たちのような才能ある人々ならアイオロス王だけでなく、世界中の国々が人材獲得に乗り出すでしょうね。
「けれども啓斗さま。地球と天球ではシステムが違います。地球では科学の力で星の持つエネルギーを利用していますが、天球では霊獣というシステムを使っているのです」
「わかりました。オーパーツを使いすぎると天球のシステムを壊す恐れがあると言う事ですね。そこは仲間たちにも厳重に注意しておきます」
そう言って啓斗はいかにも嬉しそうに笑いましたから、私は彼等が天球にくることにかすかな不安を抱いたことなど忘てしまいました。
翌日はこれが最後の浄化のチャンスだとの思いで、私は霊力の最後のひとかけらさえ余さずに使い切る覚悟で努力しました。
地球救済軍は瘴気が残る地域を立ち入り禁止区域に指定しましたが、それは地球全土のうちの10%にのぼりました。
私達が必死にがんばっても地球全土の浄化など3日では無理だったのです。
それでもこの地球での3日は、天球の3百日に相当します。
およそ1年近くもノリス達は我慢をしてくれたのです。
地球の人々も天球に深い感謝をささげていました。
しかしナナはあまりにも純真な娘でした。
だから思い至らなかったのです。
救われたことに目を向け感謝する者がいる一方、残った10%の瘴気をまるで天球の責任であるかのように恨む人もいるという事実を。
そうしてその10%が己の故郷だという理屈で、天球に害をなそうとする人物がひっそりとナナたち天球帰還組に紛れ込んでしまったことも。
ナナのカナリアの力は害意をみわけます。
しかし意図的に何かを害そうとしなければ、心の奥底に沈む闇まではみわけることはできないのです。
なぜならどのような人にも闇はあり、多くの人々はその闇にのみこまれないように生きています。
大抵の人はそもそも闇に眼を向けることもしません。
闇と向き合うということは闇に飲み込まれる危険があるということを、無意識にさっちしてしまうのかもしれません。
ですから天才的な知能を持つサイコパスがその爪を密かに研いでいる音に気付くことができた人はいませんでした。
夕闇が訪れるころには、私たちはぐったりとして抱きかかえられるようにして作戦指令室に戻ってきました。
そうして部屋に入った私は驚きのあまり声も出せませんでした。
なんとレイとセンが平然とした顔をして立っているではありませんか!
「よう、ナナ。相変わらず無茶をしたんだろう。顔色が悪いぜ」
とセンが言えば
「地球人なら同調しやすいらしくてね。コハクとピンクに転移させてもらいました」
とレイがあっさりと事情を説明します。
「千斗! お前、凄い恰好してるじゃないか!」
あっという間に啓斗がセンにとびかかり、2人は楽しそうにじゃれ合い始めました。
レイはといえば孫である守人司令と熱心に打ち合わせをしています。
ムラサキとミズイロは天球から迎えが来たことで、ほっとした顔をしました。
いくら霊獣とはいえ、持っているのは癒しの力です。
攻撃力もない女性の身で、見知らぬ人々と過ごす3日間は、かなりのストレスになっていたのでしょう。
全員が集まったのを見定めた守人司令が、天球への転移希望者をレイに紹介しました。
転移希望者は全部で8人です。
「8人もの方が、見知らぬ世界に旅立とうとするのですね。勇者ですこと」
私がそう言うと、守人司令が訂正しました。
「いいえ、私も一緒にいきますから、全部で9人ですよ」
9人の転移者。
私たち3人を含めれば、転移者は全部で12人になります。
『12人の使徒』
そんな言葉が私の頭に浮かびました。
12人の使徒には裏切り者のユダがいるんでしたっけ。
私はふとそんなことを思いました。
のちに私はこの時の自分を激しく後悔することになります。
私は確かにこの時、裏切り者のユダの存在を感知していたのです。
なのにそれを誰にも話そうとしませんでした。
あまりにもかすかな予兆のせいで、見過ごしてしまったのです。
レイが転移に向けて説明を開始しました。
「ここにいる3人の娘たちの力は、天球の霊獣と言われる者の力です。霊獣には恐るべき能力が付与されています。これから転移する9人の皆様にも、その力を持ってもらうつもりです」
そうレイが言えば、9人の勇者たちの顔は喜びに輝きました。
「ひとつ言っておきますが、どのような霊獣の力を取り入れることになるか? それはわかりません。ここにいるレティシア王女は強大な癒しの力を持ちますが、代わりに庇護者がいなければ町を歩くこともできないほどひ弱です」
「レティシア王女を殺害するのは、幼子にでもできるでしょう」
レイがそういうと、皆はどっと笑い声をあげまた。
失礼しちゃうわねぇと私が拗ねていると、感に堪えたようにムラサキが叫びました。
「笑いごとじゃないぞ! じっさいこいつは恐ろしく弱っちくて何度も死にかけるから、守る方はすっげぇ大変なんだからな」
そのムラサキの言葉には実感がこもっていましたから、人々はなんとなく感心してナナをみました。
「ムラサキの馬鹿!」
私がそういってミズイロに癒しを求めたので、また皆が笑い出しました。
和やかでした。
そう、実に和やかだったのです。
「つまりだ。私たちは天球に行って強力な力を得ることになる。だから誓ってくれ。地球人の名誉とここにいる仲間にかけて、絶対に悪しきことには霊力を利用しないと!」
守人司令がそういうと、全員が声も高らかに宣誓しました。
悪しきことに霊力を利用することはしません! と。
それを見極めると転移装置が起動を開始し、私たちは眩い光とともに消えていきました。
私が目をあけると、すっぽりとノリスの腕の中に抱かれていました。
「ノリス!」
私は抱かれた姿勢のままで、ノリスの首に両手を巻き付けました。
やっと愛しい婚約者の元に帰ってこられたのです。
私がノリスに抱っこされながら、周りを見渡すとムラサキはミドリに、ミズイロはアカツキにしっかりと抱かれています。
皆さんすっかり平常運転ですね。
「さぁ、集まってくれ!」
レイが呼びかけると、そこにいた全員が霊樹の周りに集まってきました。
「ひとりひとり順番に、この木になっている実を飲み下してくれ。それで霊獣を宿すことができる。先ずは守人お前からだ」
守人は進みでると灰色の実を飲み下しました。
あー、やっぱり灰色の狼さまは霊山に還られたんですね。
守人の身体が灰色の光に包まれると、地球からきた人々にどよめきが沸き起こりました。
啓斗が進み出て、紺色の実を選びました。
紺熊さまは、啓斗の身体に宿るようです。
こうして霊獣の9つの実がもぎ取られ、地球からの転移者がその力を宿すことになりました。




