霊獣たちの警告
作戦指令室に暖かな空気が広がっていったその時、ひとりの青年が真っ青な顔をして叫びました。
「司令! そんな呑気な話ではありません!」
そう言うと彼は続けてモニターを操作しました。
「見て下さい! 霊力の打ち上げ方に一定の法則があるのがわかりませんか? 」
確かに良く見ると霊力は2つのパターンで打ち上げられています。
プツン、プツンととぎれとぎれになる時と、かなり長く続く時。
最初は霊力の枯渇や、術者の疲労かとも思いましたが、そうではありません。
短いものと、長いものは一定の間隔で繰り返されています。
これってもしかして……。
まさか!
「モールス信号です! モールス信号で警告が送られているんです」
やっぱりそうでしたか。
ツー・トントンの組み合わせじゃないかと思ったんですよね。
「それで? 何といっているんだ?」
守人司令は、慌てることなく質問をしました。
「はい、こう言ってます。ケイコク ユウヨハミツカカンダ。 警告! 猶予は3日間だ!」
「脅しか?」
「しかし奴らに何ができるんだ?」
「絆を壊したのは、奴ら自身なんだしな」
ザワザワとさざ波のように動揺が広がっていきます。
「司令! 天球の者たちがモールス信号なんて知っている訳ありません。地球でだって守也啓斗みたいな暗号オタクぐらいしか使うものはいません。 ただの偶然なんじゃないですか!」
そんな疑問の声にオタクと言われた守也が解析ボードを叩きつけながら大声を出した。
「見ろよ! この完璧なパターンを! 偶然なんかじゃない。これはモールス信号だ。」
守也司令はナナを見つめて質問しました。
「この状況。向こうの司令官の娘であるあなたならどう考えるかね?」
私はきっぱりと言い切りました。
「間違いなく天球からのメッセージですね。時間はありません。浄化するならすぐにはじめましょう。3日の期限が過ぎたら地球は瘴気よりも、もっと恐ろしいものの相手をすることになりますわ」
「ほう、それは何だね」
「婚約者を奪われて怒り狂う竜の攻撃です。私の婚約者は青龍なのですが水を司る能力があります」
私がそう言えばムラサキやミズイロだって黙ってはいません。
「それを言うなら私の婚約者は植物を操る緑のペガサスだ。まぁ生態系が大幅にかわるだろうなぁ」
と、ムラサキがしれっと言ってのけます。
「私の恋人は国王で、しかも焔を操る火の鳥ですのよ」
ミズイロも恋人自慢を始めました。
「マジかよ!」
「なんだって揃いも揃ってそんな厄介な男を婚約者にしてるんだよ!」
確かにおっしゃる通りです。
どーしてこんなことになったのでしょうねぇ。
私が思わず現実逃避をしていると、守人司令は念のためというように確認をしてきました。
「あぁ、とにかく3日以内にやれるだけのことをするしかないな。ところで姫君。どうやってモールス信号を知ったんですか? 心当たりはございますか?」
私はほぅーとため息をついて、とりあえず簡単な説明をしておきます。
「地球の記憶を持った転生者が天球にいるのですよ」
聖獣の実を食べるなんて奇想天外な話よりも、ずっと受け入れやすいはずですものね。
それにここはどう考えても私がいた地球にしては、あまりにも奇妙です。
私達がいた地球にはゾンビなんていませんでしたもの。
それとも一般人には知らされていないだけで、被害は広がっていたのでしょうか?
しかし守人司令はそれ以上は追及してきませんでした。
それよりもたった3日で、地球の瘴気を除去しなくてはなりません。
「いったいこの瘴気やゾンビはどこからやってきたのですか? この地球でなにがおきたんでしょう?」
守人司令は部下に10日間の予定の除霊を3日で済ませるためのシュミレーションを作り直すように命令すると、ナナ達を喫茶室に案内しました。
「申訳ないが、ここから先の除霊はひとりひとりバラバラで行ってもらいます。それでもいくつかの地域を見捨てることになるでしょうがねぇ。」
「準備ができるまでに、この地球におこったことを説明しておきます。それは天球でおきてもおかしくはなかったのですからね」
守人の話は恐ろしいものでした。
ちょうど5日前、突如まったく予期していなかった隕石が地球に降り注いだのです。
地球の人口のおよそ20%がその隕石の影響で死亡しました。
悲劇はそれだけでは終わりません。
隕石には瘴気が含まれており、その瘴気の影響かそれともなにかの病原体の影響かわかりませんがゾンビ化する人間が現れました。
ゾンビに食べられてしまったものやゾンビになった者よりも、疑心暗鬼になった人々による略奪や殺人の被害者の方がずっと多かったのです。
たった5日間で地球の人口は半分になってしまいました。
しかしゾンビ対策はその日のうちに計画が練りあげられました。
ゾンビに寝床を提供して、それを天球へと転移させる方法です。
隕石が落ちたときに天球への次元の裂けめを見つけたので、最初は瘴気を転送しながら徐々にゾンビが眠るポットを転送できる大きさにしていきました。
これをたった5日で作り上げたのは、メンサといわれる天才集団でした。
メンサのメンバーの中には、あらゆる災害を想定した地球救済シュミレーションを行っていた部門があり、かれら地球救済軍によって、ことはなしとげられたのです。
そうだったのですね。
あの時、電車の脱線事故だろうと思っていたのが、実は隕石が原因だったなんて!
ナナ、レイ、センはその隕石によって死亡し天球に送られました。
そして不思議な巡り合わせでふるさとの地球を救うことができるのです。
私は守人になら全部話しても良いのではないかと思いました。
守人はこうしてどんな事態にでもきちんと対応しているのですから。
「守人司令。後藤玲人という方を知りませんか? 彼は5日前電車に乗っているときに隕石によって死亡しています」
守人の顔に驚愕の表情が浮かんだのを見て、私はすこし留飲をさげました。
人を誘拐しておいて、いつも沈着冷静なんですからね。
「後藤玲人というのが70代の老人のことならば、彼は私の祖父です。姫君はなぜ祖父の名前を知っているのですか?」
それは当然の質問でした。
「その列車で死亡した人々は全員天球に落ちたのです。3人を除いて落ち人はそのまま天球の異物自動排除システムによって輪廻の輪に戻されました」
私はそこまで言っていったん守人の様子を見守りましたが、守人は何も言わずに先を促します。
「残った3人は天球の木の実を食べることで、天球に属することになりました。その一人後藤玲人は電気を操る能力を付与されウィンディア王国の侯爵として王の補佐をしています。玲人はマーシャル王国の第一王女と結婚しましたよ。年齢も28歳まで若がえりました。彼があなたのおじい様ですね」
「なるほど、驚くようなお話ですが、祖父が相変わらず元気でやっているなら嬉しいですね。残り2人はどうなりました?」
「高校生だった守也千斗は武器創造の力を持ち、プレスペル皇国の第一皇女を妻に迎え、プレスペル皇国の次期公爵となる予定です。」
「そして3人目はこの私。三枝菜奈は癒しの力を得てウィンディア王アイオロスの養女となりました。こののち砂漠の守護竜と結婚して砂漠の国を守っていくことになるでしょう」
「その守也千斗がモールス信号を知っていたのでしょう。彼の従兄が先ほどモールス信号を解析した守也啓斗ですからね。そして三枝菜奈さんでしたね。あなたの親族を調べておきましょう」
守人はこのような驚くべき話ですら、テキパキと処理してしまいます。
お祖父ちゃんそっくりですねぇ。
結局この守人を驚かすことができたのは、ほんの一瞬でしかありませんでしたね。
もしも家族に会えたとしたら、私は本当のことを打ち明けるのだろうか?
打ち明けたとしても信じて貰えるのだろうか?
私はそんなことをぼんやりと考えていました。
そこに除霊隊の出発準備が整ったとの連絡がはいりました。
残り2日半で、すこしでも地球を浄化しなくてはなりません。
私達が立ち上げると守人が言いました。
「姫君。姫のチームに守也啓斗を参加させます。教えてあげて下さい。千斗君のことをね」
私は、はっきりと頷きました。
こうして私たちは3つのチームに分かれて地球の国々を回ることになりました。
私が最初に担当したのは、懐かしい日本でした。
相当の数の隕石が落ちたらしく、大都会はむごたらしいありさまです。
これでは家族はもう生きてはいないでしょう。
私はぐっと涙をこらえてフルートを吹きました。
鎮魂の想いを込めて、母の大好きッだった曲を……。
金色の光が緩やかに青空に溶け込んでいくのを見て、護衛の人々はその美しさにため息をつきました。
私が十分に霊力が行き渡ったことを確認してフルートから唇を離した時です。
「菜奈! あなた菜奈なのね」
ひとりの女性がナナを強く抱きしめました。
「お母さん。お母さん。私がわかるの?」
私は信じられない思いで尋ねました。
だって今の私は、金髪に菫色の瞳の少女なのですから。
「当たり前じゃないの。いくら練習しても、1か所どうしても間違える箇所があったでしょ。今もまた間違えたわね菜奈」
私はもう我慢できませんでした。
「お母さん、お母さん、お母さん」
そう言って母親にしがみついたまま、うぉんうぉん泣きました。
私がこんな風に手ばなしで泣いたのは、生まれて初めてのことでした。
私に与えられたのはたった5分間でした。
それでも1分でも惜しいときに5分もの時間を取ったうえに、母親の転移まで行ってくれたのです。
私は心の中で守人司令に手を合わせました。
母親は天球でお姫様や聖女さまになったという娘の話を、食い入るように聞いていましたが、ノリスという婚約者がいると聞いてとても喜んでくれました。
天球と地球では時間の流れがちがうので、これが最後になります。
そうと知っていて、母娘は笑顔でお別れをしたのでした。




