地球からの召喚
私がぼんやりと意識を取り戻すと、ざわざわとした絶え間ない人々のお喋りが聞こえてきました。
「いやぁー。異世界人の召喚なんてまるでラノベの話みたいだと思ったけど、マジに美人ばかり3人もいるんだもんなー」
「お前はどの子が好み? オレはあのムラサキのメッシュの髪の娘だね。なんたって胸がおっきいんだもんなー」
「へん。そんなのならこっちの世界にもいるだろうがー。オレはあの水色の髪の子がいいなぁ。いかにも異世界から来ましたって感じじゃない?」
「それならオレは、あの金髪少女ね。一番年下みたいだけど、そのまだ大人になりきらない感じが……」
「お前、ロリかよー」
パンパンと手を叩く音がして、厳しくたしなめる声が響きます。
「こらこら、作業に戻りなさい。この娘たちもそろそろ目覚めるはずだ。そんな好き勝手言ってると嫌われることになるぞ!」
バタバタと足音がして、シーンと静かになりました。
「やれやれ、まったくあいつらときたら」
そんな風にぼやく男を慰めるような女の声が、静かな中に透き通るように響いてきました。
「仕方ありませんわ。あのゾンビたちを駆逐しただけではなく、異世界から浄化能力者のみを限定しての召喚にも成功したんですもの。これで地球が救われます。あの子たちがはしゃぐのも無理はありませんわ」
「しっかしなぁ。この世界を救うためとはいえ異世界を利用したんだ。しかも向うはこっちを助けるつもりでゾンビを全部引き取ってくれたろう? なのにこっちの都合でさらに女の子の誘拐までしたんだぜ。どの面下げて彼女たちに会えばいいんだか」
「それでもです。地球人類は既に半数の30億人まで減っているんですよ。どうしてもあの瘴気をなんとかしないと……。地球の科学力ではどうすることもできないんですもの」
男のためらいを女性はきっぱりと切り捨てたのです。
なるほどねぇ。
これでだいたいの事情はわかりましたけれども、問題になるのは3つですわね。
一つ目は地球と天球の絆を断ち切ったあとでも、天球への転移が可能なのかということ。
二つ目は天球と地球の時間速度の違い。ここでの1年は天球の百年に相当しますもの。
ぐずぐずしていたら天球に戻れたとしても懐かしい人々は誰も生きていないことになってしまいます。
三つ目は天球に帰る方法があるとしても、地球の人間にそのつもりがあるかどうかですね。
私はなんとしてもノリスの元に帰るつもりですし、それはムラサキやミズイロだって同じことです。
しかしその願いを叶えるためにはどうしたらいいのでしょう。
私はゆっくりと目をあけると、確かめるように自分の手を顔の前に持ってきました。
大丈夫。
少なくとも縛られている訳ではなさそうだわ。
「司令! 女の子が目を覚ましました!」
「やぁー。おはよう。どうだい? どこか苦しいところはないかい?」
30代半ばぐらいの男が穏やかに微笑みながら声をかけてきたが、その声はさきほど女と話していた声と同じなので、たぶんこの男がリーダーと考えてもよいだろう。
私はゆっくりと身体をおこしてみましたが、とくにめまいやだるさなどは感じません。
身体を巡る霊力は健在でしかも完全に回復しているようですね。
「姫さまに近づかないで! 姫さまはことのほか身体が弱いんです!」
そう叫ぶと同時に男とナナの間に割って入ったのはミズイロでした。
私が口を開く前に、防御バリアが張られ、ムラサキがにやりと笑って恫喝しようとしています。
「ミズイロ、ムラサキ。ありがとう。でも大丈夫だからこのバリアを解いてちょうだい。この場は私に任せて」
ミズイロとムラサキはお互いに顔を見合わせると不承不承というように、バリアを解くとナナの後ろに引き下がっていきました。
ヒューという口笛の音がどこからともなく聞こえましたが、ムラサキが睨むとたちまち静かになりました。
ピンと張り詰めた空気の中で、先ほどの男が私に話しかけてきます。
「参ったなぁ。こちらに害意はないよ。君は姫君と呼ばれているが、この娘たちの主ということでいいのかな。私はこの世界の救済軍司令を務める後藤守人だ。少し話をしたいのだが」
「そうですね。私はウィンディア王国第一王女レティシア・ウィンディアと申します。この者たちは私と主従関係にはありません。今回の魔獣やゾンビ対策では天球世界でも各国から精鋭が集まって対応いたしました。そのリーダを務めたのが我が父ウィンディア王アイオロスでございます」
「マジ、姫だってよ」
「いやぁーオレ本物の王族みるの初めてだわ」
そんな声がざわざわと聞こえてきて司令官を名乗る男は頭を抱えてこう誘いました。
「申訳ありません。ここでは落ち着きませんね。少し静かなところでお茶でも飲みながらお話させていただきます」
「そちらのお二方にはお部屋に案内致しますから、自室でお待ちいただきたい。姫君のご無事は私と地球の名誉にかけて約束いたします」
そう言われればムラサキやミズイロにしても納得するほかなく、ナナとムラサキたちは別行動をとることになってしまったのです。
どうやらこの司令本部は質実剛健を旨とするらしく、案内された部屋もシンプルで落ち着いたナチュラルティストの部屋でした。
私が肘掛け椅子に腰をおろすと、すぐさま紅茶とクッキーがサービスされました。
せっかくですから私は紅茶の香をゆったりと楽しむことにします。
危害を加える様子もありませんからね。
司令官はナナのその様子に目を細めると、安心したような顔になって話をはじめました。
「いやぁ。あなたのような方がいて助かりました。もっと大騒ぎをされたり、泣かれるかと覚悟はしていたんですけれどね」
「その覚悟は必要ですわね。司令官閣下。すくなくとも女性を誘拐しようとするからにはね」
私の痛烈な皮肉に守人は顔をひきつらせましたが、すぐに体勢を立て直しました。
「いやぁー。それを言われると謝るしかないのですが、我々としても浄化能力者に限定して召喚したのであって、今回それがたまたま女性だけだったんですよ。決して女を攫う目的ではないのです」
「えぇ。それは理解しているつもりなんですが、私としては天球に帰れる見込みがあるかどうかが重要なんです。私たちは三人とも天球に婚約者がいるんですからね」
「それじゃあ、君たちはみんな独身って訳だ。良かったよ。すくなくとも他人の妻や子供の母親を攫ったんじゃなくて」
それはまったく守人の本音ではあったろうが、今この場で言うべきセリフではありません。
守人はナナが冷気を纏い始めたのをみて慌てて弁解を初めました。
「帰れるかどうかなら帰れる。帰還術まで準備しての作戦決行だったからね」
「時間的な問題はどうなりますか? こちらでの1年は天球の百年に相当します。帰還が遅れれば私たちの婚約者はすでに死んでしまっていたなんてことになりかねないのですよ」
「申訳ない」
守人は素直に頭を下げると、真剣な表情になった。
「10日間だ。10日間だけ力を貸してくれないか?10日ということは天球では千日間だね。約3年間になる。君たちの人生から3年を奪う事にはなるが、それで地球人類は救われるんだ。この通り」
守人は深々と頭を垂れたが、私にはまだ確認しておくべきことが残っています。
「今回の作戦で私たちは天球と地球の絆を断ち切りました。それでどうやって帰還術を成功させると言うのですか。あなたがたに協力した結果、次元の狭間に彷徨うことになるかもしれませんよね?」
「それは見て貰った方が早いだろう。作戦指令室に案内するよ」
守人はナナを案内しながら部下に命令を出しました。
「部屋に案内している異世界からのお客人たちも、作戦指令室に案内しろ。一緒に見てもらいたいからな」
私と守人が作戦指令室に入ると、既にムラサキとミズイロが待っていました。
「姫さま」
「レティ」
二人が私の近くにやってくるのを確認して、守人はおもむろにビジターを指さしました。
「見てごらん。君たちがこの地球に転移してからずっとあの狼煙が天球から上がり続けている。一刻の休みもなく」
「アカツキさま!」
ミズイロが悲鳴のような声で叫んだのですが、確かに天球からこの地球に向かって燃え滾るような真っ赤な霊力が打ち上げられています。
お父さまだ!
私はそう直観しました。
お父さまが絶望と怒りで荒れ狂うノリス達をまとめあげて、必ずいつか私達が戻るのを信じてあの砂漠の迷宮で、この地球に向けて合図の狼煙をあげさせたに違いありません。
この地球と天球では時間の流れが違うから何年間も、もしかしたら何十年間も待つ事になるというのにその間霊力の狼煙を打ち上げ続けるつもりなのです。
やがて力尽きたように赤い狼煙が消えると、待っていたかのように美しい緑色の狼煙が地球に呼びかけるように打ち上げられました。
「ミドリ!」
ムラサキの瞳はうるうると潤んでいまにも涙が零れ落ちそうです。
「この通り、天球からの狼煙がある限り、我々は必ず無事にあなた方を天球にお返しします。ですからどうか10日間。10日間だけお力をお貸し下さい」
もう一度3人に向かって守人は深々と頭を下げました。
それを見て作戦指令室にいた人々も全員が守人に習って頭を下げ続けています。
実はこの作戦指令室の人々は、守人司令から天球の人々が必ず攫われた者が帰れるように、霊力の狼煙を上げ続けるだろうから、それを合図に帰還させると説明されても信じなかったのです。
なにしろ天球と地球には百倍もの時間の流れの差があります。
それでも、失った人を待ち続けるだろうか?
いつ帰るともわからず、帰れないかもしれないのに……。
だから召喚した浄化能力者が見目麗しい女性だとわかると、恋人になれればいいと夢想までしていたのでした。
けれども確かに狼煙は上げ続けられています。
必ず彼女たちを返せ! と叫んででもいるみたいに。
今この作戦指令室にいる人々は天球の人々に深い敬意を抱いています。
そのうえで素直に頭を下げているのです。
「あーもう! しゃないなぁ。やってやろうじゃない」
ムラサキが照れくさそうにそう言ったので私とミズイロは噴き出してしまいました。
真面目なシーンほど笑いたくなることってありますよね。
私たちがお腹を抱えて笑ったので、とうとうその場にいた人たちも一緒になって大笑いをしました。
笑って、笑って、涙が滲むのは笑い過ぎたせいだとでもいうように……。




