ナナ襲撃される
私って地上におりてすぐにモラルさまに捕まったから、この天球のことなんにも知らないんだよね。
だから馬車の窓から景色を楽しみたいんだけど、窓を開いたら王女らしくきちんとしないといけないので、いきおい窓は閉めることになる。
残念、これがナナとしての旅ならきっと楽しめたんだろうなぁ。
王女としての私には、レティシアという名前が贈られた。
レティシア・ウィンディア第1王女、それが正式な名前なの。
1年間の辛抱だ!きっとレイが助けてくれるし、王国に戻れば、私はナナとしての生活を取り戻すことができるはずだもの。
「王女殿下万歳!」
「レティシア王女!」
「レティシアさま」
なんだか人々が叫んでいるのが聞こえる。
「レティシアさま、民に応えてあげてください」
騎士の声がしたので、私は馬車の窓を開け、にこやかに手を振り続けた。
笑顔をキープし続けると顔だって筋肉痛になるってはじめて知ってしまった!
「今まで表に出ていないようなぽっと出の王女に、なんであんなに人が集まるんだろう。」
思わず独り言を漏らすと、
「それは姫さまが、とても可愛らしいからですわ。可愛い姫というものは民衆の心をつかむものですし、憧れでもあります」
馬車に同乗してくれている侍女のメリーベルが、微笑まし気に返事をした。
このメリーベルは私の護衛兼お目付け役として、レイが選んだ女性で年齢は28歳、守護隊の一員で主に諜報活動をしていた人なんですって。
レイのことは信頼しているからレイが私を委ねたからには、理屈抜きで全面的に信頼することにしているの。
メリーベルの返事を聞いて、そーいえば私もお姫さまとか好きだったなぁと思い出した。
お姫様のファッションとか、お姫様がどんなことをしたかとかそういうのなぜか好きだったもんなぁ。
しかたないんだね、諦めるしかないかぁ。
国境を越えて辺境地帯に差し掛かると、笑顔を振りまく公務から解放されて、今までの睡眠不足と、馬車の揺れも相まって、私ははぐっすりと寝込りこんでしまいました。
「王女殿下を守れ!」
「敵襲、敵襲。」
「近衛隊は、馬車を中心に円形に陣を組め!他の者は突撃するぞ!」
「かかれ!馬車に近づけるな!敵を追い返せ。」
怒号と剣戟の音がしてびっくりして飛び起きることになりました。
しまった襲撃されている。
カナリアの危険予知も眠ってしまっては役に立たなかったようです。
いったい誰が……。
盗賊のはずはない。
彼等も生活がかかっている。
怪我でもしたら、そのまま生活が立ち行かなくなる。
シビアな世界で生きる人間が、武装している騎士団を襲うわけがない。
王様……。
ちらりとイタズラ好きな王の顔が浮かんだが、すぐに打ち消す。
王様のマッチポンプはありえない。
あの王はそんな悪手を打つ人じゃない。
ゴルトレス帝国……
このタイミングで霊獣を襲う?
たぶん違うな。
ゴルトレス帝国がウィンディア王国に手をかけるとしたら、今のタイミングはおかしすぎる。
だとしたら……
私の頭にひとつの可能性がよぎったけど、すぐにうちはらった、
まさかね。
その時、ドカーンという大きな爆発音がおきると、馬車が大きく揺れる。
セン。センが爆弾を使った!
黒い獅子の能力は武器化。
どんなものも武器にすることができる。
今までの霊獣なら、木の葉を短剣にしたり、石を鋲にするだろう。
けれどセンは地球で育った。
それこそ地雷・ロケット弾・ナパーム弾・選り取り見取りだ。
ばかげているけど、核兵器だって創造できるだろう。
爆弾に恐れをなして、敵が逃走したのか急にあたりが静かになった。
すぐにセンに釘をさして、傷ついた兵の治療をしなきゃ。
私は扉ごしに近くにいるはずの兵士に声をかけた。
「出ます。扉を開けて下さい」
「姫さまの御覧になるものではございません。危険ですのでそのままお待ちください」
引っ込んでろと言われて、はいそうですかと引き下がるわけにはいきませんよ。
「癒しが必要なのです。それは私のお役目のはずですよ」
外に出ると、思った以上にむごい有様だった。
よほどの強敵だったのか、騎士たちですら重症を負っているし、爆風に吹き飛ばされた人が、あちらこちらで転がっている。
押し返せたのは、センの霊力のおかげだろう。
私はあまりの酷さにしばらく瞑目すると、フルートを手に取り奏でだした。
ありがたいことに吹奏楽部だった私はフルートなら演奏できる曲目もけっこうある。
社会人になっても趣味として続けてきたのが役に立ちそうだった。
フルートの音色は戦場となったあたり一帯に響きわたり、それと同時に金色の光がゆるやかに、広がりすべてを癒していく。
癒しの力が私にも使える!
その事実に安心すると、その光が全ての人を癒し修復するまでフルートを奏で続けた。
どれほどの時間が経ったものか、ふっと視線を感じ目をむけるとセンが怖い顔してたっていた
「やりすぎだよ、ナナ。おかげで君の価値が上限を超えちゃったよ」
「やりすぎはセンよ。爆弾を使ったんでしょ」
でもやりすぎたのは、私の方だったみたい。
この戦闘で受けた傷じゃない古傷や持病まで治してしまったし、それに切り落とされた身体の欠損までも修復したのだから。
確かに、これはやりすぎだ。
兵士たちは聖女さまだと歓声をあげるし、騎士様たちは、聖なる姫君と、うっとりした顔でこちらを見ている。
「お前さぁ、敵味方関係なく癒すから、捕虜が半端ない数になっただろうが」
自分もやらかしたくせにセンは文句をつける。
「捕虜がいたなら、黒幕が判ってよかったじゃない」
「それが傭兵なんだ。依頼者の顔も見ていねえよ」
「そうですか?でも命に適も味方も有りませんからね」
悪態をつきながら、いずれはバレる力にしろ、なんで今やらかしたんだろうと、私は頭を抱えていた。
そしてこれは皇国の仕業なんじゃないかと、一度は打ち消した考えを改めて思いだした。
自国で襲撃出来ないから、到着前に霊獣の力を確かめたかったんじゃないだろうか?
そしてそれは成功した。
私もセンもやらかしてしまったのだ
その夜は野営をすることになったので、この機会にじっくりとセンと話す時間をもらうことにする。
私もセンも出発まで忙しすぎて、全く話はできていない。
皇国に到着したら、センは私専属の侍従として振る舞うことになるから、本音で話せるかどうかわからない。
センも同じ思いだったらしく、味気ない携帯食で食事を済ませて、お茶を飲んでいる時に1人の男を連れてやってきた。
人払いといっても、侍女のメリーベルは傍に控えている。
侍女抜きで、男性との面会は難しいし、それにメリーベルはレイが私につけた護衛でもある。
私の見えないものを見てくれるもうひとつの目、それがメリーベルのもっとも大事なお役目だ。
どんな些細な出来事もぜんぶレイに報告されるだろうけど、それでいい。
私はチェスや将棋がとても苦手で、すぐに目の前の餌に食いついてしまう。
8歳以上の子供には勝てる気がしないし、実際負けてたしね。
だからプライバシーなんかより、少しでも多くの情報をレイに届けて欲しいと思っている。
センと連れの男にお茶を供すると、メリーベル以外の人は天幕を出て行った。
「わかると思うけど、こいつは襲撃犯の傭兵隊長をしていたダンって奴だ。」
うん、だと思った、歴戦の戦士の風貌をしているし年季の入った装いをしてるし。
「う~ん、隊長さんが捕えられるってことは、部下でもかばったのかな?それともこちらにつなぎをつけたかった?どっちだろう。センはあなたを雇ったのね。それは傭兵部隊を雇ったのかな?それともあなた個人?」
「参るなぁ~。黙ってたらそれこそ儚げな聖なる姫君に見えるのに、けっこうじゃじゃ馬なんだなぁ。部下なんて心酔しちゃって、聖なる姫君はオレが守るなんて言ってるんだがね」
イメージダウンなんて知ったこっちゃありません。
センに目顔で説明を求めると
「ドジな部下の代わりに大けがを負ったのを、お前が治しちまったんだ。傭兵団への依頼は襲撃した時点で完了なんだそうだ。向こうもお前を攫えるなんて、最初から思っちゃいなかったんだろうな。騎士団に一当てしたら、逃げる算段が、飛込みすぎた未熟者がでたんで、戦闘が激化したんだと」
「なるほどね、でもどうしてセンはこの人を雇ったの?」
「お前がやらかしたせいで、傭兵にお前のファンが出来ちまったんだよ。そいつら皇国までお前を護衛したら、王国に自首するなんて言うんだぜ。辺境の砦なんかにこいつらなんか入れられるか!」
ですよね~、あの戦闘でかなりの騎士が深手を負ったぐらいの猛者ぞろいだもの。
そんな人達が砦に入り込んだら、あっというまに占拠されちゃうかも。
「それで考えたんだけど、護衛団は皇国にお前を渡したら、帰国することになるだろう。それなんで、1年間皇国に潜むという条件で、傭兵隊ごと雇った。こいつら腕前は確かだしな」
「わかりました。ダンさんよろしくお願いしますね。ナナと呼んでください」
「じゃぁ、こっちはダンと呼んでくれ、姫さまに敬称をつけられちゃかなわない」
そう言うとダンはセンを振り返って
「お前も大変だなぁセン。この姫さん自分の価値がわかってねえぞ。こんなのを守ってんのかお前は!」
と、随分失礼なことを言う。
たぶんダンはただの傭兵なんかじゃない。
それはセンも承知だろう。
なのに雇うぐらいセンは、切羽詰まっているんだ。
金の金糸雀の力は、すこぶる厄介だ。
自分の身を守る能力もないのに、他者を守る力に長けている。
しかも霊獣であったなら人間の論理には従わないから、その力を自由にすることはできなかった。
なのに金糸雀の力は、今や少女の中にある。
人間には脅迫も使えるし、情に訴えることだってできる。
12歳の女の子を、意のままに操るなんて簡単なんだ。
私が王に絡めとられそうになった時、たぶんレイはどうせ私には庇護が必要になると踏んだんだ。
レイは王様を信頼出来たんだろうね。
なので王様は、私を自分の子どもにして、すぐそばに置いた。
自分の身を守る為じゃなく、私を守るために。
それがレイとセンが、王様に仕える見返りだったんだろうなぁ。
「レイ怒ってるかなぁ、いろいろやらかしちゃったもんなぁ」
そんな風に呟けば
「今頃かよ!おまえはだいたい、いつだってこっちの心配をわかちゃいないだろう、あん時だって知らない人について行くなって、何回言ったと思う?お前わかったって言ったよな?」
「しかたないじゃない。だって隠れたとこに恋人同士がきてイチャイチャするんだよ。センはそーゆーの平気なんだ」
「だからって、ひょこひょこついて行く、神経がわからねぇ。どーしたらそう能天気になれるんだ?バカだろお前は!大体けが人を治すにしたって限度ってもんがあるだろうが!」
「あ~、終わったことをぐちぐちと!そーゆー男はモテないですからね、このぐちぐち星人」
「ほぉー、ならお前は3歩あるくと全部忘れるノータリン娘だ。このチョロ子め!」
ブファっと盛大に噴き出す音がして、ダンが腹を抱えて笑っている。
「いやぁ~、オレ初めてウィンディア王に同情したわ。ありえねぇ。まじありぇねえだろ。お子様なんだなぁ。見た目通り。大丈夫、オレが何とか守ってやっから任せておけ」
2人とも冷静になると、バツが悪くなり、お互いにゴメンと言い合った。
私はセンがいると安心できるんだなぁってそんなことを思いながら……。