大いなる災厄
こうしてようやく多くの国々が守護霊獣さまとの契約に成功し、なんとか魔獣の大量発生にたいする迎撃態勢を整えたころ、それを待っていたかのように一斉に各地で魔獣が暴れだしました。
貴重な転移能力者であるサクラと琥珀はウィンディア王国に詰めっぱなしですし、除霊が可能な私とムラサキ、それに新たに加わった水色の栗鼠の霊獣の3人で天球中を駆け回ることになります。
私の護衛にはノリス、ムラサキの護衛はミドリ、ミズイロの護衛にはアカツキがあたります。
一国の王に護衛というのはと遠慮したのですが、どーせ王なんていてもいなくても変わんない位宰相が腹黒だからとアカツキはこともなげに言い切りましたが、それもどーなんでしょうかねぇ。
レイは通信機器に張り付いて、次々に各地の霊獣たちに指示を送っています。
とにかくSOS が頻々として入ってくるので、優先順位を間違えれば1国が潰れてしまいかねません。
その地の霊獣の能力と魔獣の規模を冷静に判断しながら除霊能力者を派遣するのですが、さらに困ったことに除霊能力者の残存霊力も計算しなくてはなりません。
レイはそのギリギリを計算して、綱渡りのような危うさで天球の危機を救っていきます。
それでもウィンディア王国には非難の声がどんどん集まりました。
霊獣が駆けつける前に死亡してしまった人々の遺族には、レイが霊獣を出し惜しみしているように思えるのでしょう。
この非難はやがて民衆だけではなく、各国の首脳陣からもあがってくるようになってきました。
ウィンディア王国で全ての除霊能力者を囲い込んでいるという非難です。
この非難は全てお父さまが一手に引き受けています。
普段なら説明など面倒だとばかりに、理解できないものなど置いてけぼりにしてしまうアイオロス王が、懇切丁寧に事情説明を行っている様子には涙ぐましいものがあります。
だというのにこちらが下手にでればどーせ後ろ暗いことがあるんだろうと、かさにかかって批判を繰り返すのですから、さすがのお父さまもぼやいてしまいます。
「あー面倒くせぇ。もういっそ半分くらい見捨てるかぁ。それなら完璧に守ってみせるぜ」
いやいや、さすがにそーゆー訳にはいきませんからね。
しかしじりじりとこちらの戦力が削られていくのは事実です。
特に除霊隊の霊力枯渇は、恐ろしいものがあります。
私はすでに十数回の出撃をこなしていますが、この頃はほとんどベッドから起き上がれなくなっているんです。
ムラサキは自力では歩くことができなくなり、ミドリがお姫様抱っこで移動させるのでいつも顔を真っ赤にさせています。
あんなにいつも抱っこされているのにそれに慣れるどころか、毎回真っ赤な顔になれるというのもムラサキの特技かもしれません。
そんなことをうっかりムラサキにいえば、毎日羞恥にさいなまれているムラサキがどんな報復にでるかわからないのでいいませんけれども。
そしてミズイロも栗鼠の霊獣ということでもわかる通りに、可愛らしく体力もあまりないのでアカツキが付きっ切りで世話を焼いています。
アカツキはミズイロの霊力が回復してもミズイロを手元から離しませんから、もしかしたらマーシャル王国に新たな王妃が誕生するのも時間の問題かもしれませんね。
そうは言っても天球の人々の忍耐にも限りがあります。
じわじわと人々の不満が高まり、やがて大噴火するのも時間の問題でしょう。
実際私たち除霊ができる霊獣を誘拐しようとする者たちが、このウィンディア王国の王宮の中にすら入り込んでくようになってきたのです。
窮鼠猫を噛むといいますが、どの国も自国民をまもろうと必死になっているのでしょうねぇ。
お父さまはとうとう決断しました。
大いなる災いが舞い降りる前に、地球と天球との繋がりを断ち切る!
そのためにすべての霊獣を砂漠の大迷宮の中に集結させることになりました。
砂漠の大迷宮が一番地球との接点がありあそうだからです。
この決定が発表されると、天球は大歓声をあげました。
決行は3日後、全ての霊獣が砂漠の迷宮に揃った時に行います。
しかしこの決定はこれから3日間はどれだけ魔獣が現れても、霊獣が助けにこないことを意味しています。
アイオロス王は霊獣発生の波を調べて、この先1週間は魔獣の発生がないと踏んでいますがそれだけは誰にもわからないことです。
場合によってはいくつかの国が滅びてしまう可能性もある作戦でした。
サクラと琥珀は戦力の高い国から順番に霊獣を砂漠の国に転移させていきます。
戦力が高い国ならば、霊獣がいなくてもなんとか魔獣をせん滅することができるでしょう。
瘴気は残ってしまいますがとりあえず魔獣さえ仕留めれば、あとは私が戻るまで瘴気に耐えるだけで良いのですからね。
私達はとにかく安静にして霊力を少しでも多く保持するようにと言われています。
と、ゆーわけで今日も私はノリスに抱っこされては、スプーンで食事を与えられている訳です。
それにしても。
あの先読みの巫女は、大いなる災いの船がやってくると予言しました。
それなのにその予言が現実になる前にアイオロス王は地球との繋がりを絶つという決断をしたんですよね。
これはいったいどういうことでしょうか?
予言が間違っていた?
歴史の改変が行われようとしている?
もしや……。
砂漠の迷宮に大いなる災いの船がやってくるってことではないでしょうか?
お父さまの決断そのものが、全て預言されていることだとしたら……。
ぽんぽんと頭を叩かれて、私は自分が物思いにふけってしまっていたことに気がつきました。
目の前にはノリスの優しい青い瞳があります。
「なぁ、さあや。そんなに考え込むなよ。オレたちはできることをやるだけさ。出来ないことをあれこれ思い悩んでもしかたがない。自分の力の及ばないことは神様の領域だ。そんなことは神様にお任せしておきなよ」
なるほどね。
死力を尽くして天命を待つ。
ノリスが言いたいことはそーゆーことでしょう。
できないことは神様に任せなさいというノリスの言葉はとても心地良いものでした。
私には天球の運命を決める力なんてありません。
自分にできることに集中しよう。
きっと上手くいく。
私はそう確信することができました。
3日目、砂漠の大迷宮の中でも、不思議と魔獣も生き物もいないひっそりとした空間にアイオロス王をはじめ、霊獣たちが集まっていました。
感知能力の高い霊獣が、この場所から地球への繋がりが起きていると看破したからです。
これは霊獣たちが持っている次元倉庫に近い存在でした。
たしかに天球の中ではあるはずなのに、なにもない虚無へとつながっているようなのです。
お父さまの合図で霊獣たちは自分の霊力を限界まで自分の周りに纏わせていきます。
あとはお父さまの合図にあわせて、その霊力を地球と天球を結んでいる絆に打ち込むだけです。
その時、いきなり頭上に信じられないぐらいに巨大な船が現れました。
お父さまは慌てて退避を言い渡し、その船がメキメキと音を立てて地上に沈みこむのを見ていました。
船は天球の重力に引っ張られるように沈み込みましたが、船体の船底がめり込んだだけで船体は無事のようでした。
防御の術式をもつ霊獣が全員を守るように包み込みました。
伝説では災いの船は病気を持ち込んで来た筈です。
未知の病原体によってここにいる全員が罹患してしまったら、もう天球を守るすべはありません。
全員が息を呑んで、船から人々が出てくるのを待ち受けていました。
きっと誰かがコンタクトをとろうとするはずです。
それとも死病に侵された人々は、すでに外に出ることもできない位に弱り果てているのでしょうか?
ガタン!
船のハッチが開く音が妙に生々しく響きわたりました。
ごくん! 誰かが生唾を飲み込む音が静まり返った空間から聞こえました。
「ひぃー!」
誰かが情けない悲鳴をあげましたが、それもそのはず出てきたのは異形の人間たちでした。
「なるほど、ゾンビですか」
レイが冷静にそう言いましたからお父さまは目線でレイに続きを促します。
「ゾンビというのは死人です。死んでしまったのに身体だけが人間の血肉を求めてさまようのです。厄介なことにゾンビに咬まれて死んでしまうとその人間もゾンビ化してしまう。そりゃぁ地球がこいつらをここに送ってよこすはずですよ」
レイのこの簡単極まりない説明でもアイオロス王には全てがわかったようです。
「ふーん、なるほどね。地球にも頭がいい奴がいるんだな。老朽化した船にゾンビどもをおびき寄せて集まったところで密閉して、この天球に転移させた訳だ。下手に殺そうとして失敗すればゾンビをまた自由にしてしまう。いいアイデアだぜ」
お父さまが納得するように言うのへセンが文句をつけました。
「そんな呑気なことを言っていていいのかよ。すっかり囲まれてるんだぜ」
確かにセンの言う通りです。
気の弱いものなら卒倒してしまうでしょう。
防御バリアの周りはゾンビで埋め尽くされてしまいました。
それなのにアイオロス王は呑気そうにいいます。
「よーし。ちょっとばかり作戦変更だ。長期戦になるぜ。どーせ第2、第3の船が送り込まれるはずだ。ゾンビが地球からいなくなるまで待って、地球との絆を絶つ。それまで交代で休息しながらバリアを維持してくれ」
なんということでしょう。
アイオロス王は天球のみならず地球をも救おうというのです。
この男の破天荒さにさすがの霊獣たちも度肝を抜かれました。
「どういうことですか。地球を憐れんだとでも?」
レイの質問にお父さまはあっさりと答えました。
「だってなかなか良い作戦じゃないか。きっとあちらさんも生き残ろうと必死なんだぜ。ならその作戦に乗ってやってもいいんじゃないか?こっちには霊獣さまたちがついてるんだからよう」
その言葉に霊獣たちはやんやの喝さいを叫びましたから、もう何も言えなくなったレイなのでした。




