ムラサキの天敵
アイオロス王は王都での『地球の瘴気遺棄による大量魔獣化事件』を国際連盟の報告し、各国に警告するとともに未来予知によって警告されている『大いなる災い』を阻止するために霊獣への協力を要請しました。
アイオロス王が根拠なしに警告するとは考えられないために、この報告は天球の国々を震撼させました。
とくに霊獣の守護を得ていない国は震え上がって、守護霊獣確保に真剣に取り組みはじめましたから、野良霊獣と言えば言葉が悪いでしょうが、守護霊獣とならずに呑気に暮らしている霊獣たちにも大きな影響を与え始めています。
霊獣には迷惑な話だとはおもいますが、守護霊獣というのがナナのいう充電機能付き便利アイテムだとするなら、使うのは大いなる災いの時しかないでしょう。
という訳でアイオロス王は、各国が血眼になって霊獣を探しはじめるのを大いに推奨していました。
それに瘴気が天球のどの場所の放出されるかはわからないので、守護霊獣がいない国は下手をすると国が亡びることにもなりかねません。
そこでレイは各国首脳に向けて無償のホットラインを設置し、サクラの協力のもと魔獣が大量発生すればすぐさま霊獣たちが駆けつけられるシステムを構築しました。
このような事情をよく承知しているゴルトレス帝国は、ナナたちのミドリ訪問を喜んで受け入れてくれました。
昨日の敵は今日の友という言葉もありますが、こうしては呑気にゴルトレス帝国のお城の中を歩く日がくるとは思ってもみませんでしたね。
私は無事にムラサキさまとの面会を果たしました。
「ナナ、お前よくもそんな呑気な顔してしゃぁしゃぁと顔をだせたな!」
うん、うん。
ムラサキさまはいつもの平常運転ですね。
私はムラサキさまの罵倒を懐かしい思いで聞いていました。
そんな私の気持ちがわかったらしくムラサキさまはがっくりと肩を落とすと、髪の毛をくしゃくしゃとかきみだしました。
「まったくお前って奴は! ミドリに用なんだろ? 案内してやるよ」
ムラサキさまはそう言って私達をミドリの元に案内しようとします。
「うん、でも話ならノリスがするから、ムラサキさまは私との約束を果たしてよ!」
私が案内を断ると、ムラサキさまは一体何を言われたのかわからないらしくぽかんとしてしまいました。
しかたありませんわねぇ。
「だってムラサキさまは約束したじゃない。お祭りに連れていってくれるって。きいたところじゃ今、大きなお祭りをやっているっていうじゃないの!」
私の言葉に驚いたムラサキさまはノリスに下駄を預けてしまいました。
「ノリス。いいのかよ。このじゃじゃ馬はあろうことか、こいつを誘拐した私に祭りを案内させるつもりだぞ」
ノリスはムラサキさまのあまりの慌てぶりをみて、にやにやしています。
そーなんだよなぁ。
オレの婚約者はこーゆー奴なんだよなー。
ノリスはそう思うと、口をバクバクさせて慌てているムラサキをからかいたくなってしまいました。
「いやー。やっぱり女は女同士でしょ。ミドリとはゆっくりふたりで男同士の話がしたいから、よろしく頼むわ」
そう言い捨てると、近くにいた近侍にミドリのところまで案内させてさっさと出ていってしまいました。
あとには泡を食っているムラサキと、ワクワクした様子を隠そうともしないナナが残されているだけです。
「ナナ、お前いいのかよ。また誘拐されたらどーすんだよ」
ムラサキさまは祭りの危険を説いてナナを諦めさせる作戦に出ました。
「大丈夫よ。だってムラサキさまには結界の術式があるじゃぁありませんか。霊獣の結界を破ることができる人なんていませんわよ」
私の絶対的な信頼の前にあえなくムラサキさまの作戦は玉砕してしまったようです。
「いいか! お前は絶望的に弱い。弱すぎる。私がお前を守り切れないことだってあるんだからな!」
ナナを説得しながらムラサキは、こんなのをお守しているアイオロス王やノリスに心底同情してしまいました。
破天荒なアイオロス王は、人から同情されたことなど全くなかったのですが、なぜだかナナを見た人はナナを守護するアイオロス王に深い同情を覚えるのが常でした。
「ムラサキさまは約束を破るひとだったんだ」
私はちょっぴり拗ねてしまいました。
お祭りに行きたいわけじゃなく、ムラサキさまが私との約束を簡単になかったことにしようとしているのが嫌だったのです。
「お前、それは卑怯だろうが! あーわかった。つれていってやる。その代わり私の言う事はぜってい守ってもらうんだからな!」
やりましたわ。
これでムラサキさまとの女子会ゲットですわね。
「うーん。ムラサキさま。これって小さい子供用じゃないですかね?」
私は自分の腰にきっちりと巻かれているコイルのように伸び縮みする鎖を指さしてそう言いました。
日本でも小さな子供がこれを付けられて歩いているのを見たことがあります。
これっていわゆる迷子紐って奴ですよね。
いくらなんでもこれはないでしょう。
この迷子紐って2~3歳児が使うものですよ。
「私の言う事は聞くんだろ。こうして置けばお前を見失うこともないからな」
ムラサキは平然とそう言いましたが、実はこの国には迷子紐なんてものはありません。
ナナに付けているのは、ペット用の散歩紐です。
ナナが知らないのをいいことに、ムラサキは堂々とペットの鎖をナナに装着してしまいました。
さすがに首では可哀そうだったので、腰にまきつけたのですが……。
その鎖のせいで、私はどうしても注目を集めてしまいます。
やっぱり大人が迷子紐をつけていたら、みんな見ますわよねぇ。
私はみんなの視線が集まる理由をそう思っていました。
けれども本当はナナのあまりに庇護欲をそそる姿に、哀れな奴隷が惨い主人に連れまわされているのだろうと同情されているのです。
ムラサキだってその視線の意味は重々承知しています。
だったらお前らがこいつのお守をすりゃぁいいだろうが。
こいつを守る方法が他にあるのかよ!
ムラサキは心の中でそのように毒づきながら、視線をおくる相手を威嚇しています。
「ちょっといいかな?」
そう声をかけたのは茶色い髪と琥珀色の瞳をした若者でした。
「なんだよ!」
もともと口が悪いムラサキですが、先ほどからの咎めるような視線のせいでイライラがマックスになっています。
「いや、綺麗なおねえさん。そんなに怒んないでよ。ちょっとお願いがあってさ」
男はムラサキにいきなりファイティングポーズを取られて困ったように言いました。
「嫌なこった! 他を当たりな。」
ムラサキがそう言い捨てて立ち去ろうとすると、若者の纏う空気が変わりました。
「構いませんよ。私が用があるのは、そちらのお嬢さんですからね」
「なんだと!」
ムラサキが、すぐさまナナを手元に引き寄せようと、紐を引っ張るとなんの抵抗みなく紐がムラサキの手持に戻ってきました。
紐は途中ですっぱりと断ち切られていたのです。
そしてナナの姿はどこにもありません。
「逃げられましたか。案外素早く動けるんだな。噂とは大違いだ」
若者はそういうと、あっというまに空をかけあがりました。
「またね。勇ましいお姉さん」
そんな言葉を残して……。
「くっそう。しかしナナを連れていったのは奴じゃない。ナナはどこに行ったんだ」
ムラサキがきょろきょろとあたりを見回していると、笑い声が聞こえてきました。
「ここにずっといたのよ」
私が姿を現すとムラサキさまはあからさまにホッとした顔になりました。
ツンデレさんですねぇ。
よほど心配したんですね。
「おまえ、いったいどこに隠れてたんだよ。もしかしてアイテムボックスの中か?」
「私たちは次元倉庫って呼んでいますけどね。紺熊さんがそう教えてくれましたから」
ナナの返事にムラサキは紺熊じじいは年寄だからな、言葉が古いんだよなぁ、などと考えてすぐにそんな場合ではないことに気がつきます。
「お前あいつを知っているのか? お前を狙ってたみたいだがな」
ムラサキさまはそう質問しましたが、私にはまったく心当たりがありません。
「知らない霊獣さんだわ。でも残念だわ。霊獣さんには協力して欲しいのに」
「琥珀色の瞳だったな。もしかしたら亀の霊獣かも知れないな」
どうやらムラサキさまには心当たりがあったようです。
「琥珀の亀さまはどこの国の守護霊獣なの?」
聞きなれない霊獣の名前が出てきましたよ。
「もしも琥珀の亀ならやっかいだぞ。あいつは森のシャーマンだ」
森のシャーマンなら聞いたことがあります。
たしか森のシャーマンって、森にすんでいる自由民を守護しているんです。
国からの束縛を嫌った人たちが天球のなかでも最も大きなシャーリーンの森に逃げ込んでしまったんですね。
やがてそんな人たちが自由開拓団として集落を形成したのですが、自由開拓民とはいいながら、守護霊獣を得てその勢力は小さな国を凌ぐほど大きな勢力になっています。
国際連盟にも加盟していませんし、今回の事件で協力を求める親書がお父さまから出されましたが、その返事も有りません。
全く他と隔絶した世界にいる森のシャーマンが私にいったい何の用があったと言うのでしょう。
とにかくこのことはノリスやレイに報告しなければなりません。
「ねぇ、ムラサキ。どーして私がちょっと外に出るだけで、いろんなことが起きるのかしら? 今回もまたお祭りを諦めなくっちゃならないわ。ほんとうについてないわねぇ」
私はぶつぶつとムラサキさまに愚痴をこぼしてしまいました。
だっていつだって外出の度に変なのが出てくるんですもの。
「お前が言うな! たった10分護衛しただけで私はすっごく疲れだんだぞ! もしもおめえが攫われてみろ! ミドリになんて言われるか」
ムラサキさまはそれを想像したらしく、ぶるっと身震いをしました。
「しかも番を攫われた怒れる竜の相手まですることになったんだ。あーもう!おまえはぜってい2度とゴルトレス帝国の土をふむんじゃねぇ。 アイオロス王にそう言っとけ!」
心底嫌そうにミドリさまはおっしゃいましたが、今回の件は私のせいではありませんよ。
悪いのは琥珀の亀ではありませんか!
「大丈夫ですよムラサキさま。私だって次元倉庫を持っていることに気が付いて、そこに入ってみたんですよ! そしたら誰も気が付かれなかったんです。これからは私だって自分の身を守れるんですよ! 今回で証明できたじゃありませんか」
私がとくとくと説明しているのに、ムラサキさまはいきなり私の頭に拳固を落としました。
「イッターイ! ムラサキさま。ひどいよ。何すんのよ!」
私が涙目になってムラサキさまを睨むと、ムラサキさまはまるで被害者は自分だと言わんばかりの顔をしています。
理不尽ですわ!




