地球と天球
長い黒髪を腰のところで縛った巫女服姿の女性が、その整った顔に憂いの表情を浮かべて私を見つめていました。
「ここはいったい何処なのでしょうか?」
私は目の前の女性にそう問いかけました。
なぜならここは、まったく何もない空間だったからです。
そうなのです。
私は地面すらもない場所にぽつねんと立っていたのです。
「ここは、私の記憶。私は過去の亡霊でしかありません。それでもそなたに伝えておきたいことがあります。知っていて欲しいのです。地球と天球とは1つの運命を共にするもの。片方の世界が壊れれば、もうひとつの世界も滅びるということを」
私は理屈抜きで理解してしまいました。
この女性がきっと砂漠の国へと渡ってきたという巫女姫なのだということを……。
「巫女姫さまは遠い昔に破滅の足音を聞いて、それを救うために一族を引き連れて地球から天球にまいられたのでしょうか。」
巫女姫さまはうれしそうに微笑みました。
「そなたは、わらわの意思を継ぐ者。破滅の足音が聞こえはじめました。ナナ、どうかその時がきたら同胞を救ってください」
私たち3人が霊獣を取り込むことになったのには、やはり意味があったのですね。
何者かの意思が私たちをアイオロス王のもとに運んだのかもしれません。
「巫女姫さま。私は何をすればよろしいのですか? この魔獣騒ぎも地球が関係しているのでしょうか?」
巫女姫は辛そうな顔になりました。
「私は予知者として地球に生まれました。地球の文明は天球のはるか先へと発展し、やがて地球の民はその穢れや悪しきものを天球へと捨てることを思いついたのです。」
そんなバカな!
私がいたころの地球には多重空間へのアクセスなんて技術は、なかったはずです。
「時の流れが違うのですよ。ここでの1年が地球では百年に相当します」
それならこの巫女姫は、20年前に地球から人々をつれて転移したことになります。
それではあの事件がそうだったのですね
20年前、私がまだ小学生だったころ大人たちが大騒ぎした事件があります。
『ミズホの箱舟事件』と騒がれたその事件の真相は、手掛かりひとつつかめずに今でもミステリーマニアの論議のまとになっています。
ある山麓にひとりの巫女と名乗る女性を中心にした人々が、集団生活をしていたのです。
その集団はその場所を『ミズホの国』と呼んでいました。
スローライフをかかげる生活スタイルは、そのころの流行の先端でもありましたから、けっこうマスコミにも取り上げられていたようです。
高度成長期の日本のありかたと逆行するような生活スタイルが、かえって斬新でした。
やがてそんな生活に憧れる人々が数千人を超えた時、世間を驚愕させるような出来事がおきたのです。
巫女の宣託がおりて、巫女姫と巫女の信奉者たちが地球を守るために異世界へと旅立つというのです。
とうぜん世間は与太話としか思いませんでしたが、巫女姫の信奉者たちが大真面目に親族にお別れを言ったり、遺書を書いたりするに及んで、まさか集団自殺でもするのではないかと警察やマスコミが集まる騒ぎになりました。
周りが息を殺して見守る中コミュニティ全体が光に包まれたかと思うと、次の瞬間にはそこ場所にはなにも残っていませんでした。
コミュニティがあった場所は、ただの草地に戻っていたのです。
たった一人の遺体すらなく、爆発のあとも見つかりません。
本当に異世界に転移したのではないかという人々があらわれると、そんな馬鹿話を本気にするなという議論がまきおこり、私が大人になっても真相は闇の中だったのです。
「私は砂漠の民を中心に、魔獣を狩る力を持つ強き人々をつくりあげました。しかしナナ。いずれ大きな災いが降りかかります。その時がチャンスなのです。災いの封じるときに地球と天球との繋がりを断ち切ってください。そうしなければ地球も天球もともに滅びてしまいます。」
つまりこの巫女姫は地球と天球との次元の繋がりを絶つことで、地球から天球への干渉を排除しようというのです。
「巫女姫さま、どうして地球では科学があれほど発展したのに、天球はそうではないのでしょうか?」
双子星で人々の知的水準も変わらないのに、生活水準が違いすぎるんです。
地球は科学の力で一方的に天球を利用しようとしています。
「エネルギーの総量は地球も天球も全く同じです。ただ地球ではそのエネルギーを科学を使って利用しているのに対して、天球では霊山を作り上げ、霊獣にそのエネルギーを貯めて利用しているだけなのです」
うそでしょ!
霊獣っていわば充電機能つき便利グッズなの?
まぁ公害とか環境汚染がない分便利かもだけど……。
「つまりその災いが起きた時に霊獣たちに溜まっているエネルギーを解放することで、地球と天球との繋がりを絶てるってことでいいのかなぁ」
巫女姫さまは嬉しそうにいいました。
「物分かりの良い後継者ですこと」
「姫さま。姫さま」
メリーベルの優しい声がします。
目をさますとなんだか汗をかいたようで、服が体に張り付いて気持ち悪いですね。
「姫さまが無茶をされるから、ノリスさまがご心配のあまりこの国にとどまっていらっしゃいますよ」
「メリーベル。私はどれくらい眠っていたの?」
メリーベルの話では、私は1週間も眠っていたようです。
「ノリスさまは大活躍だったのですよ。水龍が王都中の火を消してまわり、ノリスさまは青龍となって魔獣を次々と倒されるのですもの」
「レイさまもノリスさまがおいでだと、雷雲をよばなくても雷を落とせるので楽に魔獣を屠れたと嬉しそうでしたしね」
「王都の人々はみんな無事なの。随分建物が焼けたり、壊されたり、水没したんでしょう」
まぁ水没についてはノリスの仕業ですけどね。
「避難所もありますし、順次仮設の家も建築していますから心配しなくてもよろしいですよ。それよりお風呂に入って食事になさいませんか? 皆さま姫さまに会いたがっておられますから」
ええ、お風呂に入りたくてたまらなかったんです。
メリーベルは相変わらず気がききますね。
私がさっぱりとした身体でいそいそと軽食を食べようとすると、ノリスが駆けつけていきなり私を抱き上げて自分の膝に座らせてしまいました。
「ノリス、私は食事中なのよ!」
私が抗議すると、目の前にスプーンが運ばれてきます。
「はい、さあや。あーんして!」
なんの羞恥プレイなんでしょう。
けれどもこれは竜の給餌行為ですから受け入れるしかないですよね。
私は給餌を受け入れるかわりに、あの日の出来事を話してくれるようにノリスにおねだりしました。
ノリスとレイがいなければ、王都は壊滅していたかもしれないほどだったようです。
それほど魔獣の数も多く、しかもかなり強い魔獣ばかりだったんですって!
「魔獣って迷宮だけにいるんじゃなかったの?」
私は、はぐれ魔獣が時折村や町に現れること位は知っていましたが、魔獣の住処は迷宮だと思っていたのです。
「魔獣って奴も、元々はこの天球の動物や昆虫なんだぜ。迷宮には瘴気が集まりやすいから魔獣が多いだけなんだ。場所に関係なく、瘴気が大量にありさえすれば、生き物は魔獣に変化することがある。人間だって魔獣化することもあるんだからな。」
「人間も?」
「そりゃ、人間は理性があるから瘴気に触れても動物よりは魔獣化しずらい。けれどその人間自体がすでに穢れや淀みに取り込まれていたら、魔獣になることもあるさ。例の悪魔付きの男みたいにな。」
ではやはり今回の事件は、地球繋がりって事なのでしょう。
レイやダンがいくらしらべても、これほど大量の瘴気が発生した原因がわからないようですもの。
いきなり大量の瘴気が王都に降り注ぎ、王都にいた動物や昆虫がみるみる魔獣化して人々に襲いかかったといいますから、さぞかし怖い思いをしたころでしょう。
「それで、死者はどのくらい出たの?」
ノリスはすこしためらいました。
さあやを悲しませてくなかったからです。
「千人近い死者がでた。人々の気持ちを落ち着かせるために慰霊祭をおこなう予定なんだ。その時はさあやが鎮魂の曲を奏でることになる。
「そう……」
私は黙ってしまいました。
その日に夜会がなくて全員が王都にいたら、もっと多くの人が助かったかもしれません。
けど、いまさらですよね。
「お父さまや皆に知らせておかないといけないことがあるの」
私が真剣な顔をしたのでまたもや厄介事が発生したとノリスは頭を抱えました。
ちょっと失礼ですよね。
アイオロス王の円卓には、出席できるかぎりのアイオロス王精鋭部隊が集結しました。
私はこの世界の人間では理解しづらいかも知れないとは思いましたが、砂漠の巫女姫との会話を残らず話して聞かせました。
この話は大いに波紋を呼び、おもに地球という星についての質問が殺到しました。
地球についてはレイが懇切丁寧に説明したので、地球のあらましについてはこの円卓に座る人々にかぎれば、理解できたようです。
「その災いがどういうものか? それについては巫女は何もヒントはくれなかったんだな?」
お父さまの質問で私は砂漠の民に伝説をおもいだしました。
「ノリス、砂漠の巫女姫伝説に災いのヒントがあるんじゃないの?」
「あぁ、そう言えば砂漠の金の巫女姫が災いの船が舞い降りたときに、その人々の病を救うってのがあったな。」
ノリスもその伝説を思い出したようです。
「ナナ、地球から天球に悪しきものを送っていると言いましたよね。今は未だ瘴気のようなものしか送れなくても、やがて人間を転移させる技術が開発されるんじゃないかな?」
レイの発言にお父さまもうなずきました。
「なるほど。地球には置いておけないような悪性の伝染病にかかった患者をまとめて、天球に転移させるのか。殺してしまえば非難されるが、転移先なら病が治るといわれれば病気を隠して潜んでいたものも出てくるだろう。根こそぎ処分できるってわけだな。」
「なんて奴らだ! レイ、お前には悪いが地球って星はろくなもんじゃねえな」
ゴードンがかなり怒っています。レイは苦笑して言いました。
「言い訳する訳じゃないんですけれど、住んでいるのはごく普通の人間なんですよ。まぁこれを考えついたのが下種野郎だってことには同意しますけれどね。」
「それよりも、災いがおこる日までに、なるべく多くの霊獣の協力を取り付ける必要があるな。」
いつも冷静なモリスらしい発言です。
「それはオレが引き受けよう。霊獣としての知名度はあるからな。灰色の賢者どのは、まだ霊山入りしてないんだろう? できれば灰色の賢者どのの後押しが欲しい。」
ノリスがメッセンジャーを引き受けました。
「それならミドリに繋ぎを頼むといいな。しっかしノリスお前、ゴルトレス帝国では恨まれてるだろう。」
ゴードンが茶々を入れてきます。
「よし、ナナ。お前ムラサキと仲良しだろ。ノリスとゴルトレスへ行ってこい。」
お父さま、どーしてムラサキと私が仲良しだなんておもうんでしょうか?
私は首をかしげましたが、それでもはいと返事をしました。
婚約者と大手を振ってデート出来るチャンスですからね。
誰ですか? しょっちゅうデートしてるだろうって言ったのは!




