マーシャル王国での休暇
「それでノリス。私たちこのままサクラの転移でウィンディア王国に帰国するのかなぁ。」
もともと晩餐会終了後にサクラに転移を頼んでいたので、私は今後の予定をノリスに確認してみました。
ノリスがいるのですから、できたらもう少しノリスと旅を楽しみたいんですよね。
「あぁ、それなんだが帰りにマーシャル王国によって、アンジェリカ王女を一緒にウィンディア王国まで連れて帰ってくれってレイに頼まれてるんだ。オレの倉庫なら安心だからな。」
なんてことでしょう。
霊獣持ちの男たちは、すっかり女性を倉庫に押し込んでおくことに慣れてしまったようです。
私ひとりで倉庫のお家にいるよりは、アンジェリカ王女といる方が気が紛れますけどね。
「レイが2~3日離宮の温泉を楽しんでこいってさ。 アカツキから離宮を貰ったらしい。」
「温泉かぁ~。嬉しいけどいいのかなぁ。」
「氷の帝国でがんばったご褒美だってさ。アンジェリカがお目付け役だそうだよ。」
そう言ってノリスは少し渋い顔になりました。
確かにお目付け役が付いていては、嵌めを外すことはできませんものね。
マーシャル王国では、外国に嫁いだとしてもプリンセスの称号はそのまま使えます。
ですからアンジェリカは、ギルモア侯爵夫人という称号の他にアンジェリカ王女の称号も保持しているのです。
それに対してウィンディア王国は男系主義なので、王女が結婚すればプリンセスの称号は使えなくなるんです。
国によって少しづつ風習が変わっているのも面白いですね。
「それじゃぁマーシャル王国までは、ノリスの倉庫でいくことになるの?」
「マーシャルで休暇が貰えるんだから、倉庫の家でおとなしくしてるんだ。だけどマーシャルについたら離宮に行く前に、王都で買い物をさせてやるよ。プレスベル皇国では結局なにも買えなかったからな。」
ノリスはこのごろ少しでも私の自由を確保してあげようとしてくれるんです。
そんな気持ちだけでもう十分なんですけれど。
マーシャルの王都はレンガ作りの可愛らしい家が並び、どの家の窓辺にも花が飾られています。
それはどんなに薄汚い裏通りでも同じで、かえってこんなところにまでと思う様なわずかな隙間にも花々が植えられていました。
それを見るとアカツキの治世が隅々にまで行き渡っているのがわかるので、なんだか嬉しくなりますね。
このように美しい花々を育てている場所というのは、不思議なくらいに治安もいいものです。
逆に落書きや荒れた建物を放置していくと、たちまち人々の心も荒れ果てて治安も悪くなっていきます。
このマーシャル王国なら、女性のひとり歩きも出来ることでしょう。
さすがに夜や、人通りの少ないところは無理でしょうけれど。
マーシャル王国の名物は、楽器です。
バイオリンなどの弦楽器はほとんどこのマーシャル王国で作られていますし、ピアノなどの打楽器もたくさん作られます。
ですからマーシャル王国では室内楽が盛んにおこなわれていて、町の小さな食堂ででも愉快なバイオリニストが軽快な音楽を奏でていたり、少し洒落たお店にはピアノの音が流れていたりもします。
「ねぇ、ノリス。この町はとても暖かくて素敵だと思わない?」
「そうだなぁ。千年もの間先代の金糸雀が住んでいた町だ。きっとカナリアってのは音楽が好きだったんだろうなぁ。それでアカツキも音楽家を守っているんだろう。」
ノリスも感心したように言います。
そのような優しい街をそぞろ歩きしているうちに、私は一軒の少し古びた趣のある店をみつけました。
扉には、色ガラスが組み込まれていますから、店の中には色とりどりの光が差し込んでいることでしょう。
わくわくしながら店に入ってみると、そこはオルゴールのお店でした。
私は昔からオルゴールが大好きなのです。
からくり人形が室内楽を演奏するものもあれば、豊かな森で小さな妖精が音楽を奏でているものもあります。
そのなか大きなぬいぐるみが、集まっているコーナーがあります。
オルゴールのお店になぜぬいぐるみが?
不思議に思ってそのぬいぐるみに触れてみると、ちょうど胸あたりにボタンが隠されているのを発見しました。
なるほどそうだったのですね。
私がそのボタンを押すと、果たしてそのぬいぐるみからは美しいオルゴールの調べが流れてきました。
私はそれを聞くとすぐさまぬいぐるみの群の中に突進しました。
そしてしばらくごそごそと探していましたが、ようやくお目当ての物が見つかりましたよ。
私が見つけ出したのは白い狐のぬいぐるみで、魔術師のローブを纏っています。
ちょっと気取った様子はレイに似ていますよね。
ノリスにも私の狙いはわかったらしく、その狐は綺麗にラッピングをしてもらうことになりました。
私が嬉し気にプレゼントを抱えあげたとたん、お楽しみはここまでとばかりにノリスは私を倉庫に収納してしまいました。
湖の離宮ではレイから連絡があったらしく、アンジェリカ王女が待ってくれています。
「寄り道でもしていたのでしょうノリス。待ちわびてしまったわ。」
アンジェリカ王女が少しばかりノリスを睨みました。
「これはお待たせして申し訳ありませんでした。ギルモア侯爵夫人。」
そういってノリスが恭しくアンジェの指先に口づけをおとしましたから、アンジェは思わず顔を赤らめてしまいました。
アンジェは結婚式を挙げてすぐにまた氷の帝国支援のためにマーシャル王国に戻っていましたから、公爵夫人と呼ばれるのに慣れていないのです。
もちろんノリスはそんなことは承知のうえでアンジェをからかったのです。
おバカノリス、そんな風にアンジェをからかうとあとで手ひどいしっぺ返しを食らうわよ。
私はノリスの蛮勇にあきれ果ててしまいました。
「アンジェ。これお土産よ。婚約パーティを台無しにしたお詫びも兼ねてね。」
私が先ほどの狐のオルゴールを手渡しますと、アンジェはじっとその狐を見つめていましたが、やがて楽しそうに笑いだしました。
「なるほど、レイに似ているわね。ご丁寧にローブまでそっくりとはね。ありがとうレティ。大事にするわ。」
アンジェはどうやら気に入ってくれたようです。
レイがわざわざ保養を勧めるだけあって、この離宮は素晴らしいものでした。
湖に落ちる夕日、かけ流しの温泉、森を渡る風の匂い。
私たちは、あの氷の帝国での厳しい生活を思い出してため息をつきました。
あまりにものんびりと暮らせるマーシャル王国と、つねに厳しい自然と向き合っている氷の帝国。
氷の帝国の霊獣が、自分の国を閉ざしてしまった気持ちもわかるような気がします。
私たちが思わず氷の帝国を思ってしまったことに気が付いたのでしょう。
「そんなにも厳しい場所なのか?」
アンジェが問いかけました。
「そうね。けれども空にはオーロラが美しい模様を描き出すし、星々はまるでこの手で掴めそうなぐらいに近くに感じるの。スケートや雪遊びを楽しむ子供たちもいるし、どの家にも暖炉があって燃える石で暖をとるのよ。」
私は氷の国の人々の、美しい思い出を語りました。
「それにあの国の酒は恐ろしく強い。火酒というのだが確かに咽喉が焼けるようだ。レイやアイオロス王の分もたっぷり持って帰ってきたから、ウィンディア王国に帰ったら宴会をしようぜ。」
ノリスも陽気に返事をしました。
そんな2人をみてアンジェは、自分が想像した以上に厳しい世界だったのだろうと思うのでした。
私はいま、アンジェを次元倉庫にある自分の家に案内しているところです。
「ところでアンジェ。アンジェがレイの倉庫に放り込まれた時は、家なんて準備していなかったんでしょう。倉庫の中でどうしていたの?」
「真夜中にいきなりベッドごと放りこまれたんだ。ふて寝以外にやれることがあると思うか?」
アンジェはその時のことを思い出したらしく、忌々しそうにいいました。
私はアンジェにお茶とお菓子を勧めおわると、ちょっぴり真面目な顔になってアンジェを見つめました。
私がこんな顔をする時はなにか相談したい時だって、アンジェはよ良く知っています。
「どうしたレティ。何がしりたい?」
私は自分が疑問に思っていることをアンジェに訴えました。
マリウスがノリスを呼び出したこと。
ノリスがマリウスに何かしないか心配で、こっそりとサイモンにお願いしてその様子を覗いていたこと。
2人の対話の内容と、どうやらあの2人が友情を結んだらしいこと。
「それで、いったい何が疑問なんだ?」
アンジェは私が何を疑問に思ったのかわからないようでした。
私の疑問は、ノリスが一度はマリウスと同じように私を攫ったにもかかわらす、マリウスもノリスもそして私自身ですら、ノリスがアイオロス王と同じように決してマリウスのようにか弱い姫を攫う筈がないと断言してしまったことです。
これはどう考えても矛盾しています。
それでも私には、ノリスなら王と対峙するという確信があるのです。
いったいこれはどうしたことでしょうか?
「お前は幼いなぁ。レティ。ノリスがお前を攫ったのは単純にお前が必要だと思ったからだ。ノリスは幼い。霊獣としてはセンよりもまだ若い年齢なんだ。」
「そしてマリウスがお前を攫ったのは、アイオロス王のやり口が気に入らなかったためだ。ノリスが同じような場面に出くわしたなら、アイオロス王と対峙することを選んだだろう。」
「弱さと出会ったのは、お前が初めてじゃないのか? ノリスの周りには庇護しなければならない存在がいなかったのだろう。しかも砂漠の国は女を攫う風習がある。女とは攫って自分のものにするのだと、ノリスは信じていたはずだ。」
そーか。
単純に事実だけみても物事の本質はつかめないんだ。
私もノリスもマリウスも、ノリスの本質がアイオロス王と同じだと感じたのは、ノリスの本質を知っていたからなんだ。
ナナは胸のもやもやが晴れました。
「しっかしレティ。わかっていないようだが、マリウスはお前の結婚相手としてノリスに名乗りを上げたんだぞ。」
「えー! うそー!」
ナナが悲鳴をあげると、アンジェはクスリと笑いました。
「そんなに驚かなくても、マリウスは敗北を覚悟しているさ。それにマリウスの宣言はお前への恋慕と言うよりはノリスへのライバル意識の方が大きそうだ。本当に惚れたのはアイオロス王だろうさ。」
ああ、つまりお父さまに憧れてるってことですよね。
まったくアンジェったら、なんてまわりくどい言い方をするんでしょう。
ナナがそう思っているのをアンジェは横目で見ながら、なんて男心に疎い娘だろうと思いました。
マリウスは半ば本気でノリスに宣戦布告したのでしょう。
この様子ではマリウスはまったく勝ち目などありませんけれどもね。




