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ナナの危険な旅

「馬鹿じゃねぇの。さあやはオレの次元倉庫に入っているだけで、2日もかからずにウィンディア王国に帰る事が出来るんだぜ。なのになんで一般の人に混じって旅なんてしたいのさ。」


 そう言ってむくれるノリスを、私は言葉を尽くして説得しました。

 だってこの機会を逃せば、もう二度とこの世界をのんびりと歩くことなんて出来ないに違いないから。


「しかたねぇ。レイたちよりも先にたどり着いてなきゃならないんだからな。遅れそうになった時と、さあやの体調が少しでも悪くなれば次元倉庫におとなしく入るんだぞ。約束できるならしばらくは付きやってやるさ。」


 やれやれと呆れたようにノリスは承知しました。

 私は町娘に相応しい恰好に着替えると、ノリスとは兄妹ということにして乗り合い馬車に乗り込みます。


 髪の毛をおさげに結って、生成り色の麻のワンピースに編み上げ靴を履いた私は、せいぜい10歳くらいにしか見えません。


「どこにいくんだいお嬢ちゃん?」

 恰幅のよい、いかにも商家のおかみさんらしい人が気軽に声をかけてきました。


「家に帰るところなの。マーシャルには姉が嫁いでいるんだけれど、私たちの家がウィンディアにあるのよ。」


「そうかい、ウィンディアといえばカナリアの姫さまがいらっしゃる国だ。きっと暮らしやすいんだろうねぇ。」


「どうかな? マーシャルもいい国だと思うがな。」


 ノリスが会話に入ってきました。

 ノリスの言葉に、うれしそうに同意したおかみさんは、私たちに飴をくれました。


「兄妹が仲が良いのはいいことさね。まだまだ長い旅になるからね。飴でも舐めておくといいよ。」


 ノリスが自分の分まで私によこしたので、私はさっそく1つほおばりました。


「あま~い。」


 こうやって乗り合い馬車にゆられて、口のなかで飴をコロコロと転がしていると、聖女だの姫だのと祭り上げられていることが嘘のようです。


 同じように異世界にやってきても、こんなのんびりとした暮らし方もあったんだなぁ。


 疲れるとノリスの寄りかかって眠り、宿場町につけばそれぞれが宿に散っていく。

 そんな気楽な旅に、最初は緊張していたノリスもすっかり肩の力を抜いていました。


「さあやはこんな風に、のんびりと旅がしたかったんだな。」


「大丈夫よノリス。自分の立場は弁えているわ。それでもとっても面白いわね。乗り合い馬車も宿屋を探したりすることも、何もかもが新鮮だわ。」


 そんなことを話しながら歩いていると、乗合馬車の客目当ての客引きたちが、せっせと自分の宿を宣伝しています。

 私はノリスの手をしっかりと握って、はぐれないように人込みの中を通りぬけようと奮闘しました。


 どれだけ楽しい旅でも、人込みはやっぱり苦手です。


 そこに土煙をあげて数騎の兵が踊り込んできました。

 門の向う側では唸り声や悲鳴などがしています。


「魔獣が1体暴れている! もう門は目の前なんだ。町に入り込まれたら大勢に被害が及ぶだろう。腕に覚えがあるものは、全員一緒に来てくれ!。」


 その言葉にその場にいた男性たちは、何もいわずにそれぞれが近くから武器になりそうなものを調達して門へと向かいます。


 そんなことに慣れているのか、町の人たちもだれかれ構わず家にある武器を手渡しているのです。


「お嬢ちゃん、旅の人だろ。こっちで待っておいで。大丈夫さ。この町の連中はこういうあらくれ事には慣れているからね。魔獣なんてすぐにやっつけてくれるさね。」


 近くの店から女性が飛び出してくると、私をまもるように店に押し込みました。


「ノリス!」


 私が叫ぶとノリスはにやりとして


「しゃねぇな。ちょっといってくる。おい、姉さん。その娘はオレの大事な妹だ。しっかり預かっててくれよ。」


「旅の人も参加してくれるのかい? ありがたいねぇ。そういうことなら任しておきな。妹さんは誰にも手出しさせないからね。」


 わらわらと大ぜいの男たちが門の外に向かっていきました。

 老人と子供、それに女たちが残っているだけです。


「何だい、お嬢ちゃんもこの宿屋なのかい。奇遇だねぇ。」


 そう言って姿を現したのは、先ほどの恰幅のよいおかみさんでした。


 私はおかみさんに返事をしようとしたのですが、なんだか意識がぼんやりとしてうまく目を開けていられません。


「飴に仕込んだ薬が効いてきたようだねぇ。」


「しかし本当にこれがカナリアなんですかい? カナリアなら悪意はすぐにかぎ分けるはずだのに。」


「自己暗示をかけておくのさ。そのあいだ自分でも善意で振る舞うからね。見ぬけっこないさ。それより娘に遮蔽の術をかけとくれ。竜が戻ればこのままじゃすぐにばれちまうからね。」


 私は宿の奥に隠れていた男によってまじないを施されてしまいました。


「これで霊気はこれぽっちも洩れないよ。その衣装箱に入れるのかい。」


「あぁ、空気穴もあけてある。窒息する心配はないさね。 このまま地下通路を通って山を抜けるよ。出口まで行けば買い手が待っている。カナリアの情報は恐ろしく高くついたからね。しかしこれで一生遊んでくらせるよ。」


 衣装箱というよりはまるで西洋の棺のように、中にはたっぷりのふわふわした布が敷き詰められていて、小さなベッドのようでした。


 そして目の前と四隅に穴があけられているので空気の流れはよく、しかもぼんやりとでも外の様子がうかがえます。


 そうは言ってもぼんやりとして声すら出せない私にはできることはなにも有りませんでした。


 なんだか急いで棺を押し込んで周りの人たちが気配を消したのがわかりました。


「姉さん、待たせたな。妹はどこだい?」


 ノリスが宿屋に戻ったみたいです。

 早過ぎたので、棺を移動する時間がなかったのでしょう。


 ノリス! 私はここにいるのよ!

 一生懸命に心の中で叫びました。


「どなたさんか知りませんがのう。ここはもう宿はやっておりませんのじゃ。みての通り年を取りましたのでなぁ。宿なら別をあたってくだされ。」


 しゃがれたおばあさんみたいな声が返事をしています。


「そんなバカな!さっきはキップのいい姉さんがいたろうが!」


「細っこい茶色の髪の元気のよいお姉さんかね?」


「あぁ、そうだ。何だ、知ってるんじゃねえか。」


「そのお姉さんなら、2~3日この店を貸してくれと言いなすって大層なお金をくれただけじゃなく、私を温泉に招待してくんなさったんだよ。先ほど帰ってきたばかりさ。」


 その言葉をノリスは信じ込んでしまいました。


「くっそう!。あの時さあやをすぐに次元倉庫に放り込めばよかった。さあやの正体がばれるのを恐れたばかりに。」


「どうかなさいましたのか?」

 しゃぁしゃぁとおばあさんが聞いています。


「妹が誘拐されちまった。この町の出入り口は、あの門だけかい?」


「いいや、裏側にも門があるがねぇ。街道に面していないからあまり使う人もいながなぁ。」


「それだ! ありがとうばあさん。」


 そう叫んでノリスはいってしまいました。



 私はこの後のことを思うと、自分の我儘がどれだけの人に迷惑をかけるかを思って、涙がでてきました。


 裏門の探索に失敗したノリスは、すぐにレイのところにいくはずです。


 新婚の邪魔になろうが、どれだけ罵倒されようが少しでも情報を入手できるのはレイだけだからです。


 ノリスがマーシャルのレイのいる離宮につくのは多分、レイの結婚式が終わった2日目の真夜中を過ぎた時間帯になることでしょう。


 きっとレイはけだるげなガウン姿で現れて眼光はすさまじくノリスを睨むんでしょうね。

 それでもノリスは私の為に醜態をさらす勇気を持つ筈なんです。


 お小言を言う時間も惜しむようにして、レイは自分の持つ通信装置を全て起動させるでしょうし、ノリスは恥を忍んで端的に知りうる限りの情報を、多くの人の聞いているところで話すことになります。


「こんなバカ息子で申し訳ない。」

 砂漠の長ならそう言うに違いありません


 お父さまはきっと

「ノリス。2度はありませんよ。」

と脅かすでしょうね。

 


「兄貴! オレもすぐに行くからな。」

 センならそう言ってくれるでしょう。


「あの姫さまには学習能力がないんですかね。」

 と嘆くのはダン。


「ナナが鳥頭なのは、全員が承知していることです。今回はこの色ボケ竜の責任ですが、情報が欲しい。私たちはノリスの背中に乗って3時間でウィンディア王国に帰国します。ダンはセンとともにピンクの転移術を利用しなさい。3時間後にアイオロス王の執務室に集合します。」


 レイの命令はこんなところでしょうか?

 どちらにしてもレイとアンジェリカ王女の結婚披露パーティは中止です。


 アンジェリカ王女はベッドごと、次元倉庫に放り込んでしまうんでしょうね。

 今度のことでアンジェリカ王女も、霊獣を夫とした意味を知ることになってしまいましたね。


 お父さまは直ぐにも執務室を作戦室に変えてしまうでしょう。

 それにしても、いったいどういう事なのでしょうか?


 これは絶対にゴルトレス帝国の仕業ではありません。

 一応とはいえ、ゴルトレス帝国との和解は成立しているのです。


 ゴルトレスの女帝は、こんなに乱暴な仕事はしない人です。

 

 平和ボケと言われればそれまでですが、私たちは今の情勢に危険がないと判断して、今回の旅を決行したのです。


 この大陸で、ここまでの強硬策を進めるような国が思い当たりません。


「しかしどこまで運ぶんだい? 山を越えるって言っても、さすがに魔の山を越えるなんてことはできっこないぜ。」


「それは氷の帝国だってわかっているさね。この山を登り切れば、物の受け渡しに人を寄越してもらえるのさ。私らはそのまま分け前を分配して逃げるんだよ。」


「なんと!その場で山分けか? どれだけ危険なんだ。」


「アイオロス王だけじゃない。プレスペル皇国・砂漠の国・マーシャル王国を敵に回したのさ。しかもゴルトレス帝国には逃げこめないよ。あの国はどう動くか読めないからね。散り散りに小さな国の片隅で、息を潜めるだね。」


「それじゃぁ金があってもつまらないじゃないか!」


「いいかい。ほとぼりを冷まさずに豪遊して捕まった奴が出ても、居所がわからないように散り散りになるのさ。警告はしたからね。好きにするがいいさ。」


『氷の帝国』

 それは1年の半分を氷と闇に閉ざされている国です。


 しかも標高4千メートルから6千メートル級の山々に囲まれているので、よほどの命知らずしか氷の国に向かう者はいません。


 天球の歴史に顔を出すことの少ない、未知の帝国なのです。

 そんな国に連れ去られるなんて!


 私はこの天球に来て初めて、助けがこないかもしれないと覚悟しました。


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