ナナ捉えられる
世界和平会議が終了してからは、それこそ大騒ぎになってしまいました。
三カ国和平だけではなく、なんと天球を巻き込んでの国際連盟構想に、併合されていた国の独立または自治区としての主権確立というような大きな話になったからです。
朝一番の和平会議のあとには、様々なレセプションが予定されていましたが、それらは全てキャンセルとなり、各国首脳はゴルトレス帝国を即時退去するように要請を受けています。
ゴルトレス帝国としても社交どころではなく、この展開に不満をもつであろう国民や騎士団を抑える必要もあります。
トラブルがおきる前にさっさと退去して欲しいというのが本当のところでしょう。
すでに砂漠の長たち一行はゴルトレス帝国を出立していました。
ノリスとのお別れは、お父さまとレイがまだおかんむりなので、儀礼的なものになってしまいました。
センとサクラも先ほど挨拶をすませましたから、もうお城は出てしまったでしょう。
「姫さま、お急ぎ下さい。」
メリーベルに出立を急がされている最中にムラサキさまがいらっしゃいました。
「悪かったわね、カナリア。」
ムラサキさまは、ちょっとぶっきらぼうにそう言いました。
まるで怒ってでもいるみたいに。
「気にしてないわ、ムラサキさま。それより婚約おめでとう。ミドリさまとお幸せにね。」
「まぁ、ミドリがどうしてもって言うからさ。」
ムラサキさまは相変わらず素直ではありません。
でもとても可愛らしいですね。
「なぁカナリア。夕べ癒しのフルートを吹いたろう。私はいつも人を治療するばかりで、自分が癒されたことなんてなかった。夕べは少し自分の力もいいもんだなぁって思ったよ。」
少し遠い目をしてムラサキさまは言いました。
ずっと戦争ばかりしていたこの国で、ムラサキさまは、少し疲れていたのかもしれません。
「カナリア、帰る前に一緒に癒しをやってみないか。せっかくゴルトレス帝国に来てくれた兵たちを、私としてもねぎらいたいんだ。霊獣2人の合同演奏。新しい出発に相応しいと思わないか?」
なんてすばらしいお話なのでしょう。
きっとここにいる人がみんな、和平を実感できるに違いありません。
「ありがとう、ムラサキさま。素敵ですね。」
そこへメリーベルが割って入りました。
「恐れいります。紫の鷹さま。姫は出立の時間が迫っておりますので……」
メリーベルが断りを入れる前に、ムラサキさまが断言しました。
「霊獣同士の話に割ってはいるとは、ウィンディア王国は侍女にどういう躾をしているの?心配しなくても草原の天幕までは、私が送っていく。大人しく待つがよい。」
霊獣にきっぱりと言われてしまっては、メリーベルも止めることはできませんでした。
すぐにレイに知らせを走らせるのが精一杯です。
「大丈夫よメリーベル。そんなに時間はかからないわ。」
でもさすがにお城の一番高い塔のそのまたてっぺんというのは、やりすぎじゃないでしょうか?
「お前は飛べねぇんだろう。カナリア。安心しろ。もし落っこちたら私が助けてやるよ。一応お前も客だからな。」
そう言ってムラサキさまは笑っていますが、ここは塔の屋根の上なのですよ。
下を覗くとあまりの高さに足が、がくがく震えてしまいます。
「さぁ、始めろカナリア。」
ムラサキさまの合図で、わたしはゆっくりと緩やかな曲を奏で始めました。
ムラサキさまは静かに曲に耳を傾けていましたが、やがて即興の唄を歌いはじめます。
凄い声量です。
全く打ち合わせしていないのにも関わらず、自分の声をきちんと曲にあわせていますよ。
紫の鷹の霊力と金糸雀の霊力が綺麗に重なって、ゴルトレスの草原にオーロラのような薄紫の帯が漂よいはじめました。
「綺麗だなぁ!」
フルートを奏でながら、天空に広がる神秘のオーロラを見つめて思いました。
ふっと気づくをムラサキさまが、いたずらっ子みたいな目をこちらに向けています。
「ムラサキさま?」
不審に思って声をかけた瞬間。
「カナリア!それじゃぁそろそろ空の散歩の時間ですわよ!」
そんな声と共に私の身体は塔から落っこちました。
ムラサキさまが突き飛ばしたのです。
ぐんぐんと地面に吸い込まれていくかと思ったとき、一瞬でムラサキさまが私の周囲に防御の結界を張ったらしく、私は緩やかに空に浮いています。
その状態で鷹に姿を変えたムラサキさまがゆっくりと運んでいるのです。
私はすっかり腰が抜けてしまって、ヘナヘナと崩れ落ちているのですが、まるで透明な檻の中にいるようにそんな情けない恰好のまま運ばれています。
ゴルトレス帝国の街の人々や草原の兵士たちは、突然空に現れたオーロラに騒然となりました。
そのオーロラを目撃した人びとの病や古傷それに欠損が癒されたのですから、騒ぎにならないほうがおかしいでしょう。
おかしいですね。
ウィンディア王国の騎士団に送ってくれるなら、ムラサキは草原に向かう筈です。
しかしムラサキはまるで逆の方向に飛んでいるように見えます。
ゴルトレスの城壁が連なる最奥にある神殿。
その神殿の高い塔の一番上の部屋にムラサキは降り立ちました。
「ムラサキさま、いったいどういうことですの?」
私はふらふらになりながらもムラサキさまに詰め寄りましたが、ムラサキさまは馬鹿にしたように笑いだしました。
「カナリア、お前ってとことん甘ちゃんなんだねぇ。ここはカナリアに相応しい鳥かごさ。お前は生涯ここで暮らすことになる。たまにさっきのように私の唄の伴奏はしてもらうがね。」
「これはムラサキ、あなたが仕組んだの。まさか……。」
「そのまさかさ、我が主どのは人からコケにされて黙っておさまるお方じゃない。すでに天球の平和は約束された。ウィンディア国王その人の手によってね。」
「つまりカナリア、ウィンディア王国は表立って戦争をしかける訳にはいかないのさ。例え娘を連れ去ったのが明らかに私だとしてもさ。」
「会議でカナリアの返還請求でも議決するかい?こちらには拒否権があるんだよ。」
私が黙り込んだのを見てムラサキさまは憐れむように言い捨てました。
「世の中は強いものが勝つのさ。和平だって?まるで弱者の世迷いごとさね。まぁ今回はせいぜい利用させてもらうがね。」
そういうなりムラサキが合図をおくると、大勢の巫女たちがわらわらと私を取り囲み、すべての衣類や装飾品をはぎ取っていきました。
その後に着せられたのは、白い簡素なローブでまるで聖職者のようです。
「聖女さま、お顔色がすぐれませんね。少しおやすみ下さい。」
そう言われた私は、もはや抗うことも忘れぐったりとその身を巫女に預けてしまいました。
そんな姿をみて不憫におもったのでしょう。
ムラサキが言い訳するように言いました。
「私がいれば防御の術式でお前の気配をけせるが、ずっと術式を使うわけにもいかないのでね。悪いがお前の持ち物にはどのような付与の術式が組み込まれているかわからない。だから着替えてもらったのさ。心配しなくても姫君に相応しい対応はさせてもらう。」
私はムラサキの手前いかにも力なく振る舞っていましたが、瘴気を受けた時のように身体が動かなくなることがないことを確認しました。
しかも熱もないので、確かにムラサキにもここにいる巫女たちにもいささかの害意もないのでしょう。
ゴルトレスの女帝はカナリアを害することを嫌って、ここまでは来ない筈ですよね。
アイオロス王が憎くても、カナリアの力は欲しい筈です。
それならきっと逃げ出すチャンスはあります。
そのためにもいかにもか弱い、いたいけな姫を演じきって、ここにいる巫女たちを取りこむ必要がありますね。
私は弱弱しく頼んでみました。
「咽喉がかわいたのです。お水をいただけませんか?」
巫女たちはそんなナナを痛ましそうにみると、すぐさまかいがいしく世話を焼きはじめました。
うん、これでいい。
こうやって、なるべくたくさん会話をすることで親密度を上げていきましょう。
ゴルトレス帝国め!そっちがその気なら、純粋な好意すら利用してやる!
私の胸では負けず嫌いの焔が、ごうごうと火を噴いていたのです。
メリーベルは優秀な護衛ですから少なくとも塔の屋根までは追ってきたはずです。
しかしそこから先はムラサキの防御結界に阻まれて私を見失ったとみていいでしょう。
死体がないから拉致されたと考えてレイやお父さまに報告に行くはずです。
レイやセンが仕込んだ筈の追跡装置や位置情報が働かないことから、ゴルトレスの女帝の本気度を読み取ったころでしょうか?
たぶん塔から気配が消えたことから、ムラサキの防御が私の気配を完全に遮断できることにも気づくでしょう。
そうするとゴルトレス帝国が行う筈の次の癒しの奇跡を待っても、私の位置が特定できないこともわかった筈です。
そうなるとレイが、情報収集や隠密行動のためにゴルトレス帝国に潜んでいますよね。
なにしろこのような隠密行動や情報収集はレイの十八番ですからね
お父さまならここは動きません。
私の身代わりを立てて粛々と撤退するとして……。
お父さまには申し訳ないことになりそうです。
国際連盟立ち上げや独立支援の仕事はモラルが受け持つことになるんだろうなぁ。
猫の手も借りたくなるほど忙しくなるのは目に見えていますよねぇ。
と言う訳で霊獣たちには、つなぎをつける筈です。
私の奪還に霊獣の力は欠かせませんからね。
問題なのは、たぶん怒り狂ってしまうであろうノリスやセンですよね。
あの2人はしっかり手綱を握らないと、何をしでかすかわかりませんよ。
センやノリスの手綱を握るのはお父さまにしかできません。
お父さまは、あの2人の手綱を握りながらレイの穴を埋めて、仕事をこなしつつ私の奪還。
うわぁ!
ヤバイですよ。
お父さまの獰猛な笑顔と、レイの凄惨な笑顔が頭に浮かんできます。
今回は不可抗力ですよね。
誰かそーだと言って下さい。
恐ろしすぎます。
とにかくとっとと逃げ出すしかないんですけど、急いては事を仕損じるですからね。
完全にここにいる巫女を味方につけるまでは下手はうてません。
どーせ女帝のスパイも紛れ込んでいる筈ですから、チャンスは1回きりです。
お父さま、レイ、ごめんなさい。
本当なら、今頃レイの結婚式の準備をしているはずだったのに……。
そこまで考えて、あのアンジェリカ王女の顔が浮かんできたので、私は恐怖で身震いしました。
それを巫女たちが、痛ましそうに見つめています。




