平和への第一歩
世界和平会議当日がやってきました。ゴルトレスの草原に柔らかな日差しが落ち、草原の草花をさやさやと風が吹き抜ける、そんな朝です。
今日は出席者全員が、自国の第一礼装を纏っているので、誰もがとても凛々しく秀麗に見えました。
ナナが一番注目していたのは、初めて目にするゴルトレス帝国の女帝の姿です。
どれほど男勝りな女性なんだろうと思っていましたが、実物は小柄で可愛らしいイメージだったからです。
見た目はとてもこのゴルトレス帝国の草原の騎士団を率いているようにはみえません。
なるほどなぁ~。
私はかってテレビで見た国際機関や行政機関で活躍する女性たちの姿を、ゴルトレスの女帝に重ねていました。
トップにたつような女性にはこのタイプがいます。
たおやかでおとなしく見えながら、人心集約術にたけており、ある面では男性よりも冷徹に決断を下すのでしょう。
お父さまが普段はほとんどいたずらっ子のような稚気に満ちて見えるのと、似たものがありますね。
お父さまとの違いは、お父さまが心底王様という仕事よりは、冒険やロマンを求めているのにたいして、ずっと名誉や他人からの賞賛を欲していることでしょうか?
けれども他人の評価を気にする人は、扱いに気を付けなければならないでしょう。
面子を潰されると、いつまでも執念深く恨みを持つ可能性がありますからね。
ゴルトレスの女帝の佇まいから、取れるだけの情報を読み取ろうと熱心に観察していた私はすっかり忘れていました。
相手もやはりこちらを同じように観察する筈だということを……。
アイオロス王が己の懐深く庇護しその行く末をあえて青の竜に託すほどのひ弱な姫を、いったいその時のゴルトレス女帝はどのような目でみていたのでしょうか?
和平会議のテーブルは円形になっていたので、私は思わずあの有名な円卓を思い出してしまいました。
円卓に並ぶのは騎士さまではなく、この天球で最も権力と力を持つ覇王さま方です。
ナナたち霊獣にはそれぞれの王の後方に席が与えられていて、自国の王が許せば発言することが出来ることになっています。
このような恐ろし気な人物がそろう場面で発言するなんてことは私にはできっこないんだけどね。
司会進行役は、大陸との利害関係がなく霊獣として最古参の灰色の狼が勤めることになっています。
昨日の威風堂々とした姿からも、十分にその大役を果たせそうです。
灰色の狼を辺境の離島から呼び寄せたのはゴルトレス帝国ですが、既に霊山に帰る日も間近である霊獣さまですから、完全に公平に進行してもらえるんじゃないかなぁとナナは希望的観測をしていました。
「さて、人間の王たちよ。ワシはこの大陸に和平をもたらすために、ゴルトレス帝国の要請によりこの場におる。ここに列席の王諸兄は、既に和平を結ぶことに同意しているとみるが、相違ないか?」
しょっぱなから思いっきりゴルトレス帝国よりの発言が来ました!
もとはといえば、ゴルトレス帝国が近隣諸国を容赦なく切り取っていたというのに、平和を望んで努力してきたのはアイオロス王なのに、まるでゴルトレスの女帝の提案みたいです。
私は灰色の狼さまの発言にムッとしましたが、レイは表情ひとつ変えません。
私の座っている場所からはお父さまの顔はみえませんが、お父さまもそうなのでしょう。
「ウィンディア王国は、同意する。」
「プレスペル皇国も、同意致す。」
「砂漠の民も、この和平を支持する。」
「ゴルトレス帝国は、和平の提唱者として諸王に感謝の意を表す。ゴルトレス帝国も、同意しましょう。」
驚いたことにゴルトレス帝国の女帝は、さらっと和平の提唱者の立場を確立することに成功しました。
ゴルトレスの女帝にやられっぱなしじゃないですか!
「うむ、ワシが遠方からわざわざ足を運んだかいがあったというもの。ではここに全会一致で、和平条約を結ぶこととする。もしもこの条約を破り同盟国を襲う国があれば、我ら霊獣すべてを敵にすると心得よ。」
灰色の狼さまは満足気に言いました。
心なしかゴルトレス女帝の口が、まるでしてやったりというように吊り上がるのが見えます。
「灰色の狼さま、ウィンディア王国より提案があります。この場において天球国際連盟発足を提唱致します。」
アイオロス王のいきなりの爆弾発言に、女帝がアイオロス王を凄い目で睨みつけています。
さすがお父さま、このタイミングで仕掛けてきましたよ。
「灰色の霊獣さま、この場は和平条約締結の場であるはず。アイオロス王の発言は条約とば別のもの。却下されますように。」
「灰色の霊獣さま、霊獣さまの願いは民の安寧のはず。そのためには和平条約だけでは片手落ちでございまする。」
お父さまとしてもここは引くつもりがないらしく、灰色の霊獣さまの目をしっかりと捉えて、断言しました。
「もとより我ら霊獣の願いは、人間が安穏に暮らせる世界じゃ。ウィンディア国王よ、発言を許可する。」
「ありがとうございます。霊獣さま、この国際連盟は、ここに集いし国だけではなく、天球におけるいかなる小国の安寧をも、確立するものでございます。詳しくは発案者である銀の狐の霊獣を宿し者より説明いたします。レイ頼むぞ!」
レイが進みでると、国際連盟の概要を説明しました。
全ての国が1票の投票権を持ち紛争がおきれば、連盟内で裁定を行うこと。
連盟の許可なく軍を動かすことができないことなどです。
「それでは、お主たち大国に利はあるまい。どれほどな小国にも同等の権利を与えるというか?」
灰色の狼は、あまりにも革命的な考え方に驚いたようです。
「さようでございます灰色の賢者よ。どれほど小さな国にも固有の文化、文明がございましょう。無理にひとつの国に統合しようとすれば、いわれなき差別や搾取による憎悪や反乱の原因になりましょう。」
これは近隣諸国を自国に併合しているゴルトレス帝国への強烈な皮肉でした。
ゴルトレス帝国では占領地の民は帝国民とは劣る民族として差別され、一見盤石に見える帝国は、つねに反乱の火種がくすぶり続けているのです。
火種どころではなく、いたるところでゴルトレス帝国がどれほどおさえつけても民族の独立を叫ぶ人々の声を抑えきれずにいる状態です。
「我がプレスペル皇国におきましては、12地域がプレスペル皇国より分離し、国際連盟の庇護のもと、自主独立することを願い出ております。」
「我らウィンディア王国におきましても、すでに10地域において、独立の方向に向かっております。これら小国の安寧を担保するのが、国際連盟の骨子でございます。」
「なるほどのう、さすがは賢王の異名をとるだけのことがあるの。アイオロス王よ。確かに和平条約だけでは、小さき者共の息吹を吹き消すところであったわ。ゴルトレス帝よ、帝国にも依存はないか?」
「帝国とて依存はございませぬ。灰色の霊獣さま。我が国においても、交際連盟の発足後には、自ら国を建てる者どもも続きましょう。ただ1つだけ条件がございます。」
「さて、条件とは?」
「その条件とは、ここに集いし3ヵ国1地域におきましては国際連盟発足の提唱国として、拒否権を持つものとすることでございます。」
「もしも連盟の多数決によって決定されたことでも、拒否権を発動することによりその決定を覆すことができることとします。これは数の暴力から我ら大国を守ることになります。」
さすがは女帝さま、自国に不利とみるやすぐさま話に乗ってきました。
それに1ヵ国1票のカラクリにも気づいたようです。
このままではプレスペル皇国は14票、ウィンディア王国10票に対し、ゴルトレス帝国は1票しか持たないことになります。
そのハンディを覆すには拒否権をもつことが、最も簡単な方法です。
しかしこの短時間ですぐさまこのような逆提案をしてくるとは、さすがにゴルトレスの女帝の名はだてではないようです。
「なるほど、拒否権か?諸国の王よ。異議はないか?」
灰色の狼さまの問いかけに対し全ての国の代表者が同意しました。
ここまでの会議の流れは大まかなところで、お父さまの思惑通りに進んでいるみたいです。
たぶんお父様のことですから、ゴルトレス帝国を落とす切り札として拒否権については考えていたことでしょう。
それを提案する前に、自ら提唱してくるとはさすがにゴルトレス帝国を統べ、世界への覇権を狙う女帝だけのことはあります。
しかしこれからの道も決して平穏ではないでしょうね。
地球においても冷たい戦争と言われた時代がありましたが、これからの天球にも同じことが起きてくることは容易に想像できるからです。
今回の件でゴルトレス帝国のウィンディア王国憎しとの気持ちは、高まるでしょうし、どれだけ多くの国を自分の派閥に付けるかの戦争がはじまります。
でもきっとレイはそういうことが得意だろうなぁと私は苦笑しました。
独立を希望するに資金援助しながら、援助金以上の利益還元を受け取ってしまうでしょうね。
国際連盟発足と併合国が再び独立国となる可能性が伝わると、特に圧制に泣いていた民は狂喜乱舞しました。
しかし大国の民は和平は喜んだものの、騎士さまがたには不満がでてきました。
命をかけて切り取った国を、ただでくれてやるのですから、不満にならない筈はありませんよね。
その不満も新たに独立する国々にたいして独立の支援を目的とした進駐軍派遣の勅命がでると、潮がひくようにおさまりました。
なぜならこの進駐軍の責任者は実質は、独立国の支配権を握ることができるからです。
小さいとはいえ王さながらの権力を握り、しかもウィンディア王国からの支援金の采配も握れるとあってはそのうまみははかりしれません。
しかしお父様を侮ってはいけませんよ。
人の器を選別する方法として、権力を与えるのが一番わかりやすいからです。
権力というのは恐ろしい魔性が潜んでいるので、器がない者が器以上のものを与えられると必死に努力して器を大きくするか、潰れるかの二択になってしまうのです。
なにしろ日本には位打ちという言葉があるように、あえて器以上の位を与えて自滅させるというような陰険な方法を取ることも結構あったのですから。
騎士様方には今まで以上に自らを律し、公平で高邁な精神が求められることになるでしょう。
赴任地での振る舞いが、騎士さまがたの今後に大きく影響を与える事になります。
それに密かに査察官を派遣しないアイオロス王でもないでしょう。
進駐軍の不人気はそのままウィンディア王国の不満となってしまうのですから、下手をうった騎士さまが、そのまま安泰であることはない筈なんです。
王も騎士もそして人々も、新たな時代を築くためにまだまだ汗を流さなければなりません。




