厄介な恋心
砂漠の大迷宮をほんの少し、それが例えノリスの背中ごしとはいえ探検できたことで、異世界トリップの醍醐味を感じてしまった。
だってこっちの世界に来て私が知っているのは、王宮とか神殿ばっかりなんですもの。
異世界といえば、ダンジョンや冒険者それに剣と魔法ですよね。
ノリスのいいところは私の運命を知っても、決して過保護にはしないところです。
この砂漠の国では、どこでも好きなところに行くことができます。
前もってスケジュールは報告しておかなければいけないけれど、そしてたぶんあの爺なみに優れた陰が私にもついてはいるのだろうけれど、それでも制限なく動けるのは嬉しいものです。
いづれこの国に住むようになったら、私にもライフワークといえるようなお仕事がしたいですね。
それを模索することも兼ねて、いろいろな人に会うようにしているんです。
けれども見知らぬ人と会うとそのあとどっと疲れてしまうので午前中は面会希望者との面談、ノリスと昼食のあと草原を散策するというのが近ごろの私の日課です。
あれ、こうしてみると王宮にいる時とさほど変わらない気がしますが、まあいいでしょう。
ノリスの手のひらで転がされている訳じゃないですよ。
ただ私がとっても疲れやすいだけなんですからね。
いつものように私のお気に入りである川辺を散策していると、頭上を影が通りすぎ羽ばたきとともに紫の鷹が舞い降りた。
鷹は瞬く間に男装の麗人へとその姿を変えると文句を言い始めました。
「まさかとは思ったが、なんて図々しい子なんだろう。こんなところまで入り込むなんて!」
「私の忠告を無視するなんて、金糸雀のくせに随分なめた真似をしてくれるんだね」
ムラサキさまは、かなりお怒りのようですね。
こーゆーのあったなぁ。
私は中学時代の一コマを思い出していた。
あの頃私には、結構仲が良い男友達がいた
彼は私が本が好きなのを知って、自分でお話を書いては私に読ませてくれた。
それはドキドキするようなアクションもので、確かその時のシーンは主人公が物陰から狙われているところだった。
私は彼に主人公がどうなってしまうのか質問していて、彼は嬉しそうにニコニコしていたんだっけ。
その時、私は女の子の集団に呼び出された。
集団の真ん中には恥ずかしそうな女の子がいて、取り巻きの子たちが次々と
「あんた、いったいどうゆうつもりなの?」
「この子は、彼を愛してるのよ。」
「本気なのよ。凄く好きなんだから」
「いい加減な気持ちで、彼に近づかないで」
「この子がどんなに傷ついたと、思ってんのよ」
つまりは、つるしあげにあったんだ。
まだ中学生の私にはそれはショックでどうしていいかわからないまま、教室に飛び込んで彼に向かって叫んだ。
「私、あんたなんか好きじゃない!」
彼は何にも云わず、ノートを持って教室を出て行った。
その後、彼のお話の続きを聞くことはもうなかった。
ほろ苦いエピソードだけどその一件はけっこう深くトラウマとして残り、私は男性を避けるようになってしまいました。
どこにこの男が好きな子がいるかわからないし、糾弾されるのはゴメンだった。
そのくらいなら、本を読んでいる方がずっといい。
ノリスにあうまで、私は男の子と付き合ったことがなかった。
今のムラサキは、あの時の女の子だ。
ノリスが好きなんだろう。
もしかしたら、私よりも何倍も。
「何かいいなさいよ。あなたのお役目は聞いてるわ。でもそれなら真の王を選んだんだから、お役目は終わりよ。後は王に相応しい人に譲りなさいよ」
「ノリスを愛しているんだ」
と私は聞いてみた。
ムラサキはちょっとひるんだが、
「そうよ、愛しているわ、悪い?]
と、聞き返す。
最後の言葉は疑問形だったけれど、ちっとも悪くないと思っていることはよくわかる。
「婚約者がいても?」
私の言葉にムラサキはいきり立った。
私が有利な立場から、話をしていると思ったようだ。
「悪くないわよ、全然ね。誰でも人を好きになっていいはずだもの」
私はムラサキをなだめるようにそう言った。
実際人を好きになることが悪いなんてことがある訳はなかった。
ムラサキは少し肩の力を抜いた。
「だからこそ、ムラサキさまも同じように相手の自由を認めなきゃいけない。私が愛しているんだから、あなたも愛するべきだというのは、とても傲慢だわ」
「傲慢で何がいけないのよ。私は私の欲しいものは自分の力で奪いとるだけよ」
「そうね、そうかもしれない。愛や恋といったものさえ、欲し続けるなら手に入れられるかもしれないわね」
そうなんだ。
恋に理屈が通用するならどんなに楽だろう。
あの女の子は、必死に勉強して高校も大学も彼と同じところへいった。
彼は相手にしなかったし散々陰口も言われたけれども……。
どんな女の子が来ても、愛しているのは私の方だと言い続けて最後には彼と結婚したんだ。
本気だとあの子は言った。
恋のためなら恥も外聞も捨てていた。
ただひたすら追いかけて、そしてそれに彼は応えたんだ。
「それならムラサキ、それを貫けばいいわ。それはあなたの自由なのだから」
「馬鹿にしてるの?」
「恋する乙女を馬鹿にするほど、私も傲慢じゃぁないわ。それにムラサキさまは十分に醜態をさらしていらっしゃるじゃありませんか」
怒るべきかどうか戸惑うようにムラサキは視線をさまよわせた。
とっくに怒気は消えていたのに。
「金糸雀、あんた思ってたより骨があるね」
「最弱の霊獣ですから」
そういって私は微笑んだ。
「何か御用がおありなんじゃないんですか?」
「そうだった、女帝陛下からの招待状を青の竜に届けるんだった。皇帝と王と女帝、そして守護霊獣とで会談をするんだ。砂漠の王も呼ばれているから、そのメッセンジャーできたのよ。それに和平会議前に霊獣だけで集まろうって緑からの招待状もあるしね」
「そして、青の竜とも会えますしね」
私がそう言うと
「ちょ!なんてこというのよ金糸雀、いいこと。青の竜は必ず私のものにして見せますからね」
そういって紫の鷹は飛んでいった。
「やれやれ、無粋な鷹ですね」
木立からノリスが現れてそういった。
女の闘いに口を挟まなかったのは、少しは私を認めてくれたのかな。
そう思いながら、波乱含みの会談に思いをはせた。
「ノリス」
そう呼びかけるだけで、ノリスは私を抱えると川のせせらぎが聞こえる大好きな茶屋まで運んでくれる。
たったあれぽっちの応酬ですら、すでに体力が削られてしまっているのがわかるみたいに。
王宮にいる時はこの役目はほとんどレイが担っていた。
私が熱をだして倒れる前に、うまい具合に休息をとらせてしまうのだ。
ノリスもまったく同じことを自然にやってしまう。
レイとの違いはお小言がついてこないこと。
お小言はいわないけれど、すぐに甘いムードにもっていきたがるからこれはこれでやっかいなのだけれどね。
「ノリス、何か言いたいことがあるんじゃないの?」
「そうだね、さあやの初めての男だとわかって嬉しかったかな」
「なによ、それ。私だってモテたんですからね」
「わかってますよ。僕のお姫さま」
額に口づけを落としながらノリスは言う。
「そうじゃなくてね。なんか変じゃない?」
「ムラサキのこと?そうだね、あれはオレが好きな訳じゃなさそうだがね」
「やっぱりノリスもそう思う?確かにムラサキさまは恋をしているようだけど、でも恋する相手がノリスなら私よりも先にノリスが目に入る筈なんだよね」
そうなんだよね。
確かにムラサキさまには恋する乙女に通じるものがあった。
けれど相手はノリスじゃない。
もしも恋してるなら、あんなに近くにいたノリスに気が付かない訳がない。
ムラサキの目は私だけを捉えていた。
どういう事だろう?
ムラサキが私に執着してしまった理由は何だろう。
どちらにしても霊獣の集まりで確かめられますね。
緑のペガサスさまかぁ、どんな方なんでしょうね。
「ねぇ、ノリス。緑のペガサスさまってどんな方?」
「さぁね。かなりの長老だと思うぞ。ピンクと変わらないんじゃないかなぁ」
「すると八百歳だね。ムラサキさまはまだ若そうだよね」
「それでもオレよりは年上だな。三百歳ぐらいだって聞いたぞ」
「じゃぁノリスはいくつなの?」
「オレはまだ三十歳だよ。霊獣としてはひよっこだけどおかげで千年さあやと一緒にいられるよ」
「そっかぁ。霊獣の寿命は千年って決まってるものね。年齢差があると辛いことが待ってるんだね。アカツキとカナリアみたいに……」
「そうだなぁ、アカツキはまだ三百歳ぐらいだろう。番を亡くしてあと七百年も生きるなんてオレには耐えられそうもないな」
しみじみとノリスが言う。
竜が自分の番にちょっかいをかけた相手を許すことはない。
なのにノリスはアカツキを許した。
それは番を失う恐ろしさを知っていたからなんだろう。
「ノリス、番が死んじゃったらもう次の番は見つけられないの?」
「そんなことはないさ。転生してくることもあるし、別の番を見つけることもある。オレにはさあやだけだけどね」
「馬鹿ノリス。約束してよ。もしも私が先に死んだら、ちゃんと次の番を見つけて頂戴」
「お前はオレが絶対に守る。だから死ぬことはないよ。そんなこと言うんじゃない。バカなことを言うのはこの口か?」
ノリスは狂ったように口づけを求めてきた。
おセンチになり過ぎて馬鹿を言ったとつくづく後悔したけれど、本心なんだよね。
カナリアは死にやすい。
いくら守ってくれたって、無理な時はあるんじゃないかなぁ。
そんな時に、アカツキみたいな哀しい目をして欲しくなかったんです。
恋心って厄介なものですね。




