砂漠の大迷宮
「すっご~い……」
そのまま、言葉もなく黙り込んでしまいました。
ここは昨日上からみた大河のほとりです。
ここが大迷宮の入り口であり、砂漠から辿りついた人にとっては地底都市の入り口になります。
サラサラと流れ続ける水は、透き通ってどこまでも流れていきます。
ノリスは、私の手を引くと、川のほとりにある小さな水盤のような場所まで、案内してくれました。
水盤からも、さらさらと水が溢れて、その水もやがて川へと合流していきます。
「飲んでごらん」
そういうと水をグラスにたっぷりとすくって渡してくれました。
ノリスが倉庫からだしたらしいグラスは、とても薄くて、水をいれると透き通った光が零れ落ちます。
「綺麗だな」
こくりと飲んだ水は、身体の中に染みわたっていくようです。
「あ~、美味しい」
この世のどんな甘露でも、この水にはかなわないと思わせるぐらい、その水は、清涼でありながらまろやかな口当たりでした。
ごくごくと水を飲みほした私は、はっとして聞きました。
「もしかして、この水はノリスの力で生み出したものなの?」
「違うよ。これは大自然から生み出されたものだよ。長い年月をかけて地下に染み込んだ水が、大河となって、流れているんだ」
「そうなのね。でも、ここが地下だとは信じられないわ。天からはあんなにも美しい光が差し込んでいるのですもの」
「そうさ、ここは砂漠の民のふるさと。本当の意味でオアシスだからね。地上のオアシスは、これに比べれば頼りない蜃気楼のようなものさ」
「砂漠の民の女性たちは、めったに外にはでないと聞いたわ。この都市で暮らしているのね」
「そうだね。さあやも経験しただろうけれど、砂漠は男たちの戦場なんだ。狩りをしたり貴重な砂漠の草を集めたりね。それに砂漠の生き物は獰猛で人も喰いころしてしまう」
「蟻地獄とかサソリとかが、いるんでしょう」
クスクスと笑うとノリスはもったいぶって言いました。
「君が見たこともないような生物がいるんだよ。とても危険な奴らがね。さあや、じゃぁそろそろ迷宮に入る準備をはじめようかな」
そういうノリスの顔は例のいたずらっ子みたいな悪い顔になっていました。
確かに、確かに、私は砂漠の迷宮を探検したいと言いましたよ。
探検のそなえて、シャツとパンツも履きました。
けれど、これはないでしょう。
なんだか、随分長い紐を持っているなぁとは思っていたんです。
ロープ代わりに使うには、柔らかな素材でできてるし幅も30センチぐらいありますし……。
いま、その紐でノリスの背中にくくりつけられています。
完全に赤ちゃんのおんぶの姿勢ですね。
探検ですよ。
今から探検にいくのですよ。
なのに、何故こんな格好をしなければならないんでしょう?
「さあやが迷宮に足を1歩でも踏み入れたら、あっという間にあの世いきですよ。迷宮を見たいのならこーするしかありませんね」
「そんなに、危険なんですか?」
「可愛いさあや、しっかり捕まってるんですよ。私がいれば危険なんてありません」
最近なぜかオレよびから私よびになったノリスが、自信満々で応える。
なんでオレって言わなくなったのか聞いたら、子供っぽいからといってたけど丁寧にしゃべろうとしてくれてるんだよね。
ここが迷宮かぁーなんて感慨は、これっぽっちも起きません。
だって通路に入ったとたん、大きな丸い石が轟音をたててこっちに転がってきてるんです。
「キャァー!岩が~。潰されちゃう~」
ぎゃんぎゃん悲鳴をあげているのに、ノリスは動こうともしない。
もう巨大石が目の前!思わず目をつぶったら、ノリスはひょいと岩の上に飛んで、呑気に石を転がしています。
すごい!サーカスの大玉転がしみたい。
適当なところで石からおりて、ひょいと横道にはいると、
「蜘蛛―。おーきな蜘蛛~。蜘蛛はイヤー!」
半泣きになって騒いでいるうちに、ノリスはというと蜘蛛が吐き出す糸の攻撃をひょいひょい避けると、剣で蜘蛛の頭を切り落としてしまいました。
迷宮ってもう少し何というか穏やかというか、俺たち迷ったんじゃないか?なんて言いながら進むんじゃありませんかね。
と、いきなり足元に大穴があいて中からなんか出てきたァー。
サソリですか?サソリみたいですけど……。
大きいのですよ!マジで怪獣じゃないかと思いましたもん。
それが尻尾をぶっつけてくるわ、鋏は振る舞わすわ、毒を吐くわの大騒ぎです。
とーぜんノリスはそれをひょいひょい躱すわけで、背中の私はぶうんぶうんと振り回されてめまいがおきそうです。
ギャー!ノリスさん、お願いだからサソリの上でくつろがないでください。
昆虫なんて大っ嫌いなんですよ。
ノリスさんはどうやらせっせとサソリの毒を集めているみたいですね。
ちょっかいをかけちゃ、さそりが吐いた毒を次元倉庫の樽の中に転移させてます。
「ノリス!ひどい、採取なら今でなくてもいいでしょ!」
「でもさあや、こいつの毒は貴重なんだぜ。仕方ねぇなぁ。お姫さまの頼みだ。おとなしく往生しなよ」
ノリスはさっさとサソリをやっつけてしまいました。
「ノリス、ここってもしかして虫しかいないの?私、虫すっごーく苦手なんですけど」
「別にそうでもねぇぞ。まぁ虫もけっこういるにはいるが……」
フラグです。
馬鹿なフラグをたてた私を、お許しください。
ゲテモノではなく、化け物がでてきました。
おーきな、おーきな鵺みたいなやつです。
ものすっごーく存在感と威圧感を放ってますよ。
こんなの、どーすればいいの?
なのに、なのに。
「下がれ、迷宮の鵺よ!」
ノリスが低い声で命令すると、鵺はすっといなくなやいましたよ。
「ノリス、ノリス、あの鵺知り合いなの?」
「知り合いって。別にそーじゃねぇよ。オレの方が強いってわかったんだ。あれだけ知能も能力も高いと、案外無茶な攻撃はしてこねぇんだよ」
それってもしかして鵺より強くないと出来ない芸当ですよね。
あ~鵺の圧迫感から解放されたら、なんだか気が抜けてしまいましたよ……。
「さあや、どうした?疲れたのか、まだ迷宮に入ったとはいえねぇぐらいしか進んでないが、休憩するか?」
「オイ、さあや、さあや……」
ノリスが背中から大急ぎでぐったりとしたナナを降ろすと、ナナはとっくに気を失っていました。
私が目を覚ましたらいきなりブウンという大きな風切り音がして、大木がどさりと倒れてきました!
「ヒューヒュー」
思わず悲鳴をあげたら声はでないで、情けない呼吸がもれてしまいました。
どうやら悲鳴をあげすぎて咽喉を潰してしまったようです。
「さあや、大丈夫か」
鉈のようなものを手に、ノリスが声をかけてきます。
こんなに凄いところを砂漠の民は平気で通り抜けてしまうんですねぇ。
こんな迷宮、冒険者でも一流どこじゃなきゃ無理だと思う。
なのに砂漠の民にとっては、ここは家への帰り道なのだ。
「さあやがあんまり怖がるから、帰りは川をのんびり下ろう。待ってろ。今船を作るからな」
船を作るって言いましたよね。
で、木を伐りましたね。
丸木船じゃありませんよね。
まさか筏とか?
ちっとものんびりする気がしないのは、何故でしょう。
丸木船ではありませんでした。
カヌーでした。
ノリスが切り倒した木は、とても軽くて中身はウレタンみたいにふかふかしています。
これなら快適な船旅が出来そうですねって、ノリスさん、ノリスさん、なに紐を持って近づいてくるんですか?
カヌーに縛りつけられて、川面を下っております。
これなら絶対落ちないというノリスさんのお墨付きですが、私のプライドはズタボロです。
でも綺麗ですね。
そこかしこに水晶や輝石が連なっていて、お宝の山です。
それに天井も綺麗なんですよ。
なんだか、緑の光が点滅して幻想的です。
「ノリス、天井を見て見て。とっても綺麗な光が点滅しているわよ」
「あれか?あれは緑光虫だ。怪我をすれば血の匂いを嗅ぎつけて襲ってくる。数が多いから、あれでもけっこう厄介なんだぞ」
いいです。
もういいです。
迷宮にロマンを感じた私が馬鹿なんです。
ちょっと拗ねていると、
「しっかり船べりにつかまって、口を閉じろ、舌を噛むぞ」
あっと思う間もなく、カヌーはすさまじい勢いで波にのまれていきます。
急流すべりなんてかわいいものです。
こっちは滝すべりと、トルネードが合体したみたいな感じです。
気がついたら、ベッドの中でした。
侍女さんが
「姫、ここがどこだかわかりますか?」
と、聞くので大きく頷きました。
「お声がでませんか。」
どうかな?やってみよう。
「あ・り・が、ゲホ、ゲホ」
せき込んでしまった。
「無理をなさらないでくださいね。お医者をよびますね」
水に濡れて風邪をひいたんですって。
熱で頭がぼんやりするので、お薬を貰って寝てしまった。
次に目をさました時には熱はすっかりひいていたけど、側についてくれていたらしいノリスが憔悴した顔をしていました。
自分がついていて酷い目にあわせたと、族長にも爺にもきついお灸をすえられたらしいのです。
前回、私を攫った時にも殺しかけたので、学習能力がないって散々叱られたんですって。
けれどノリスまで過保護になったら、私は何も経験できくなってしまいます。
過保護はお父さまとレイがいれば十分ですよね。
私はノリスの手を取って
「あ・り・が・と・う。た・の・し・か・つ・た」
と言いました。
私の気持ちが伝わったらしく、ノリスは私の手をしっかり握って笑い出しました。
「そうだね、オレも楽しかった」




