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ナナの休暇

 

 お父さまがノリスにしてやられるなんて珍しいことだわ。


 でも、もしかしたらお父さまは三ヵ国和平会議にむけて忙しい最中、娘の警備を婚約者に押し付けたのかもしれません。


 そう思うと私はせっかく貰った休暇をたっぷり楽しむことにしました。


「さあや、先ずは地底の大河見学にいかないか?とっても豪快なんだよ」


「ええ、ノリス。それって私とっても興味があるわ。でもその前に少しだけ腹ごしらえしない?私セーラと食べようと思っていっぱい持って来てるのよ」


 ノリスはクスクス笑うと

「相変わらずだね、君は。それはとっておくといいよ。じつはオレもさあやと食べるためにバスケットを準備していたんだ。すぐに用意するから待ってて」


 そう言うなりノリスは大きな木陰にテーブルや椅子、ランチョンマットやお皿など細々と準備をすると、真ん中にドンとばかりにバスケットをおきました。


「うわぁー、すごいわねぇノリス。サンドイッチ・ミモザサラダ・ポットシチュー・ローストビーフにシュリンプカクテル・スコーンにベリーパイ。こっちにあるのはコーヒーね。あら、冷たいミルクもあるのね。ステックサラダにディップがたくさん。ジャムやクリームまで。食べきれないわ!」


「ほら、お姫様。お席にどうぞ」


 ノリスがエスコートして座らせてくれると、お皿にすこしづつ取り分けてくれました。

 しかもカップにコーヒーとミルクをかっきり半分づづいれたカフェオレまで用意してくれます。


「ノリス凄いわ!ありがとう!」

 私がいそいそと食べはじめると、ノリスは愛おしそうにそれを見ています。


「ノリスってば、ちゃんと食べなさいよ。」

 

 ノリスは苦笑すると

「センに聞いたんだ。さあやがこの天球の町にはじめて降りた時のこと。君ってあのおやじ殿にからかわれたのにケーキで機嫌を直したんだってね。」


「だって、美味しいは正義なのよ!」


 それは間違いない筈なんです。

 誰だって美味しいものを食べて怒ることはありませんよね。


「私のいた国では、美味しい料理が出来る人って凄く尊敬されているんですからね」


 ノリスはそれを聞くと、とても素敵な話を聞いたような顔をしました。


「それはいいねぇ、さあや。天球にもそんな日がくるといいね。そのためにもおやじ殿にはちゃんと協力しなくちゃね」


 私は上目づかいにノリスを睨みつけると言いました。


「ノリス、もしかしてお父さまに私の子守を頼まれたわね。正直に言わないと私勘は抜群にいいんですから。」


「君の勘がいいのは知ってるさ、おやじ殿だってばれるのは承知だろうよ。でもせっかくの休暇なんだぜ、楽しまなきゃ損じゃないか」


「もちろん休暇は楽しみますよ。でもちゃんと白状しなさいよ。あのアカツキの一件でお父さまと取引したんでしょう?センとは何で取引したの?」


「オイオイ、なんでここでセンが出てくるんだよ」


 まだ誤魔化す気ですよ。

 私はチョロ子でも勘は良いって、何度言えばわかるのかしら?


「サクラの性格はよく知っているわ。自分の術式がいじられたら大騒ぎする筈よ。セーラに言わない筈がないのよね。そしてセーラがそれを知っていてなおかつアンクレットを使ったとしたら、センの説得があったはず。白状しなさいよ」


 ノリスは心底困ったような顔をしました。

「ごめん、センと約束をしていてまだ言えないことがあるんだ。でも戻ったらセンがきっと自分で言う筈なんだ。だからごめん。今は言えないよ」


 ノリスがそう言ったので、私にはセンの事情が透けてみえました。

 これは帰ったらセンとセーラを2人並べて締め上げないといけませんね。

 

 とりあえずナリスを許してあげると、ゆっくりとランチを楽しみます。

 柔らかな木漏れ日、さわやかに吹き抜ける風には緑の香気が宿っています。


 その時

「若、お楽しみのところ申し訳ないが、王がお呼びですじゃ」


「爺か、無粋な奴だな、さっさと消えろ」


「そうはいきませぬでな。王が金の姫に会いたがっておられますので」


「あのくそおやじ、もう嗅ぎつけやがった!わかった爺、姫は今夜の夕食会でお披露目する。おやじにはそう伝えろ」


「御意。」

 そういうなり爺の姿は跡形もなく消えてしまった。

 あの天幕でもカナリアの私ですら、入り込まれてからしか気づけなかったぐらいですからね。


「ねぇ、ノリス。爺って忍者なの?」


「忍者っていうことばは初めてきいたなぁ。どういうこと?」


「う~ん、私も本物は見た事ないんだけどね。気配もなく敵の懐に忍びこんで情報とか盗んだりするんだよ」


「なるほどねぇ。爺の念能力は陰なんだよ。いるけれどいないというか、限りなく気配を消せてしまうんだね。だからスパイや暗殺もしていたんじゃないかなぁ。昔のことは何も言わないからね。オレも聞かないし。爺はじいさ。」


 ノリスはあっけらかんとしていいました。

 なんかいいなぁ、そーゆーの。


 女の子は聞きたがりだから、言ってもらえないと安心できないけれど、男の子ってなんにも言わないでそれで分かり合えるみたいなところがあるように思う。


 時々そんな男たちが羨ましく思えるのです。


「さぁ、おやじにバレちゃしかたない。少し急いで大河に行きたいからしっかりとつかまってろよ」


 そういうなり私を軽々と担ぎあげると、ノリスは走りだしました。

 私はそんなノリスにしがみつきながら、ノリスとの出会いと砂漠の出来事を思い出していました。


 あの時もノリスはいつも私を抱えていたんだっけ。

 そう思うと不思議な気分になりました。


 空気がどんどんと冷えて、風には水の気配がまとわりつくようになってきました。


「さぁ、ここだ」

 ノリスが降ろしてくれた場所は、三方からごうごうと水が流れ落ちる巨大な滝でした。

 広大な滝壺からは、滔々とした大河がゆったりと流れていきます。


 広大な滝には光が降り注ぎ、多くの虹がかかっています。

 こんなにも沢山の虹を見るのも初めてなら、これほどの量の水をみたこともありません。


 まるですべての水はここから始まっているようです。


「始りの地、太古の源」


 私が思わず呟くと、呆然としてノリスが私を見つめています。


「どういうことだ、さあや。それは砂漠の竜と砂漠の王だけにつたわる言葉。なぜ君が知っている」


「いいえ、知らないわ。ただふっと思いついただけよ」


「このことは2人の秘密だ。おやじどのにも言うなよ。悪い予感がするんだ。絶対に誰にも気づかれるな」


 ノリスの真剣な眼差しに、私は大きくこくりと頷きました。


 もしかしたらこの砂漠には、私たちがこの地に来ることになった理由が隠されているのかも知れません。


 けれど今はまだ時がきていないのではないでしょうか。

 その時がくれば全てが明らかになるようなそんな予感がするのです。




 ノリスと私は少し厳かな気分になると、砂漠の城に入りました。

 砂漠の城は、面白いことに平屋作りになっています。


 この地底都市は、あまりにも広大なので、広々と土地が使えるのでしょう。

 多くの建物が渡り廊下でつながれており、それはまるで日本のお屋敷のようでした。


 問題なのはあまりにも広いことと、ひとつひとつのお部屋が独立した家になっているために、迷子になってしまうことです。


 私のお部屋は、王女宮といわれる一帯にあるようです。


 ここはその名前のとおり、王様の成人した娘たちが住まう場所みたいなんですが、広すぎて人の気配がしないので、王女さまがいるかどうかもわかりません。


 ともかくも、お風呂に入ってこちらの服を着せてもらいました。

 薄絹を何枚も重ねるような仕様で、とても雅です。


 侍女の方に手を引いてもらって、夕餉の間に向かいます。

 庭にはところどころに灯が置かれていて、夕やみにぼんやりと浮かぶ庭園もそれは見事なものです。


 その庭ごとの趣向を楽しみながらいくつも折れ曲がって進むと、ようやく広間についたようで煌々とした明かりがもれてきます。


「金の姫君のお渡りでございます」


との口上を聞きつけてすぐにノリスが迎えにきてくれました。


 ノリスの顔を見てほっとするなんて、私もだんだんノリスがいるのに慣れてきたのでしょうか。

 今度はノリスに手を引いてもらって、正面に用意されていた砂漠の長の近くに座ります。


 砂漠の民は椅子ではなく、クッションやじゅうたんにそのまま座ります。

 ですから食事も大皿にたっぷりと用意されたものが、見やすい場所に並べられています。


 そして食べるほうは、欲しいものを言えば、給仕が取り分けてくれるんです。

 バイキング形式みたいな感じですかね。


 今回はノリスがどんどん私の好みのものを注文してくれるので、私は黙って食べるだけです。


 香辛料が効いてスパイシーなものが多いので、ランチバスケットはきっとノリスが気遣って私の好みのものを用意してくれたんですね。


「金の姫、砂漠の国はお気に召しましたかな?」

 長さまがそう尋ねたので


「はい、素晴らしい滝と大河を見学させていただきました。見たこともない雄大な景色に感動いたしましたわ。」


 そう答えると砂漠の長はギロリとした目でノリスを見るとにっこり笑って


「それはようございました。金の姫君には、あの大河に覚えはございませんか?」

 とさらに尋ねてきました。


 私が首をかしげて

「天球にきてすらまだ1年たっておりません。まして砂漠の国にくるのは初めてですもの。見覚えがある筈はありません」


そのように答えましたら、砂漠の長は大いに満足したようで


「それはそうですのう。お気に召して良かった、よかった」

と頷くのです。 


 その様子を見て私は何か大切なことを忘れているような気がしてなりませんでした。

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